反中世論に傾く米国外交の危うさ – 六辻彰二/MUTSUJI Shoji

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  • 民主主義サミットは、人権を尊重しているとも民主的とも言えない国も多数参加したもので、頭数優先だったとえる。
  • その多くの国は米中に二股をかけており、「民主主義サミット参加=反中」という理解は単純すぎる。
  • そのうえ、民主主義サミットに参加したことで「アメリカのお墨付きを得た」これらの国では、これまで以上に人権状況が悪化する恐れすらある。

 中国との差別化を意識して人権や民主主義を強調するほど、アメリカはドツボにハマる。いくら国際的に人権を力説しても、中身のほとんどない‘民主主義同盟’しかできないからだ。それは国内の反中世論を満足させたとしても、実行力ある中国包囲網からはほど遠い。

人権外交の限界

 北京五輪に日本も政府関係者を送らないことになったが、岸田首相は「外交的ボイコット」の用語を極力用いず、「政府関係者は派遣しない」といいながらも現職議員でもある橋本聖子JOC会長の出席を認めている。

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 こうしたグレーな対応はいつものことだが、今回に関してはやむを得ないかもしれない。アメリカ主導の人権外交には勝算が薄いからだ。

 大前提として、香港新疆ウイグル自治区での人権状況が深刻なことは疑いない。

 その一方で、「人権や民主主義を尊重する国の包囲網で中国を封じ込める」というアイデアはアメリカでも日本でも反中世論を満足させるものだろうが、実質的な効果をほとんど期待できない。

 その最大の理由は、そもそも「人権や民主主義を尊重する国」が結束したところで、世界の多数派にはなれないことだ。

名は体を表すか

 アメリカのシンクタンク、フリーダム・ハウスは毎年、世界各国を「自由な国」、「部分的に自由な国」、「自由でない国」に分類しているが、その最新版によると「自由な国」は世界全体で82カ国だった。これは国連加盟国(193)の半分にも満たない。

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 その一方で、12月9-10日にかけて開催された民主主義サミットには、アメリカの呼びかけに応じて112カ国が参加した。これだけみれば、世界の多数派が‘民主主義同盟’に与したかに映る。

 しかし、その内訳をみると、人権を尊重しているとも民主的とも言いにくい国が数多く参加していることがわかる。

 例えば、民主主義サミット参加国にはフリーダムハウスの評価で「部分的に自由な国」と評価されるハンガリー、インド、フィリピン、ケニア、コロンビア、ナイジェリアなども含まれた。その多くでは選挙が行われていても、ジャーナリストの拘束、治安部隊によるデモの強制排除、外国人ヘイトの扇動、LGBTの迫害、児童労働といった人権侵害が目立つ。

 これらのうち、例えば西アフリカのナイジェリアでは警察の対凶悪犯特殊部隊(SARS)が「テロ対策」や「暴動対策」の名の下に数多くの民間人を超法規的に殺傷しており、2017年から‘#EndSARS’ を掲げる抗議デモが頻繁に発生している。治安機関による暴力を受けて、バイデン政権自身、ナイジェリアから要請のあった武装ヘリAH-1コブラ12機の提供を停止した経緯がある。

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 民主主義サミットにはそればかりか、フリーダムハウスに「自由でない」と評価されるイラク、アンゴラ、コンゴ民主共和国さえも堂々と参加していた。民主主義サミットといいながらも、名が体を表すとは限らない

パフォーマンス以上のものではない

 さらに目を引くのは、民主主義サミットに参加した国に、伝統的に欧米と友好的な外交関係をもつ国が多いことは確かだが、それらが「反中」とは限らないことだ。

 例えば、ハンガリーでは極右的なオルバン首相が外国人ヘイトを煽り、報道規制を強めてきた一方、近年では中国との緊密さが目立つ。

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 フィリピンのドゥテルテ大統領、ケニアのケニヤッタ大統領などもまた、時には中国と外交的な衝突を演じながらも、投資・貿易、ワクチンなどで中国への依存度は大きい。それだけでなく、これらの首脳はしばしば、国内の人権問題に対するアメリカなど欧米諸国の「内政干渉」を批判してきた。

 つまり、民主主義サミットに参加したからといって「親米=反中」とは限らず、それはむしろ米中に二股をかけた結果といえる

 民主主義サミットに参加した国ですらそうなのだから、「中国ぬきのサプライチェーン」というアメリカの構想につき合う意思をもつ国は世界にほとんどないとみた方がよい。アメリカや日本との関係も深いシンガポールのリー・シェンロン首相(しかし民主主義サミットには出席していない)はアメリカメディアに「米中どちらかを選ぶのはとても難しい(つまりほぼ不可能)」と率直に述べている。

 だとすると、人権外交には外交的パフォーマンス以上の実質的な効果を期待できない。

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 そればかりか、民主主義サミットに参加した人権状況に問題のある国で、これまで以上に人権侵害が加速する恐れさえある。頭数を揃えることを重視した結果、バイデン政権が問題ある国の首脳も民主主義サミットに喜んで迎えたことで、これらの国の人権状況に暗黙の了解を与えることになりかねないからだ。

 その場合、敵失を待ち構える中国に「ダブルスタンダード」という批判の根拠を、これまで以上に与えることにもなる。

張り子のトラの‘民主主義同盟’

 実質的な効果が疑わしいにもかかわらず、バイデン政権が中国の人権問題にフォーカスするのは、貿易や安全保障での手詰まりから他に中国包囲網の糸口が乏しいというだけでなく、内政の事情もある。

 アメリカではトランプ政権時代に分裂が深刻化したが、コロナ感染拡大をきっかけに保守派とリベラル派の双方から嫌われる中国に厳しい態度を示すことは、支持率が下落するバイデン政権にとって抗い難い魅力をもつ。民主党議員でもあるナンシー・ペロシ下院議長が北京五輪の外交的ボイコットを言い始めたのは今年7月だったが、これは来年11月の下院選挙が視野に入ってきたタイミングに符合する。

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 「民主主義と独裁の対決」の構図は古代ギリシャとペルシャ帝国の間のペルシャ戦争以来、欧米世界でお馴染みのものだ。これに沿ったイメージを訴えることは、有権者に「正義は我にあり」とアピールするのに格好の手段かもしれない。

 アメリカがこの構図に訴えるのは初めてではない。

 第二次世界大戦でアメリカ政府は「民主主義とファシズムの戦い」を掲げたが、民主的とはいいにくい共産主義国家ソ連が連合国の一角を占めていたように、このアピールには政治的な色彩が濃かった(当時の日本が民主的だったわけでは全くないが)。つまり、アメリカの外交ではしばしば国際的な評価より国内有権者の反応が優先されてきたわけだが、米中対立のエスカレートにもそれは当てはまる

 しかも、第二次世界大戦の頃はすでに日独伊と衝突し、利害が一致していた各国を束ねる大義として「民主主義」が後付けで掲げられたが、今回の場合は利害も一致していない各国を「人権」だけでまとめようとするもろさがある。

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 それは国内にしか目の向かない有権者には響くかもしれないが、虚構のような‘民主主義同盟’しかできなくても驚くには値しない。

 中国に行動の変化を求めるのであれば、コロナ対策や経済振興など実利的な協力を増やすことで、中国の足場である多くの途上国や新興国を取り込むべきであって、これが不足したままイデオロギー的な主張だけ掲げても、ただ二股をかけられるだけだ。それでは中国の人権問題だけでなく、世界の人権問題も改善しない。

 実利的な協力で勢力を広げてきた中国の牙城を、イデオロギー過多の張り子のトラで突破するのは難しいといえるだろう。

※Yahoo!ニュースからの転載

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