本記事は、zonari合同会社代表執行役社長/電通総研パートナー・プロデューサーの有園雄一氏による寄稿コラムとなります。
アル・ゴア元米国副大統領に一方的に話しかけて、アルビン・トフラーやマーシャル・マクルーハンについて、これまた一方的に、意見を求めたことがある。その日、同じパーティー会場にいた私は、元副大統領に話しかけるチャンスを窺っていた。握手の列が途切れた一瞬の隙に、私は大声で言った。
「あなたのお陰で私は、Googleで働いているのです!」と同時に、右手を差し出し握手を求めた。元副大統領は、私の右手を両手で握り返し、「ありがとう。それは嬉しい話だ」と返してくれた。
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あれは、2008年、「Google Zeitgeist(ツァイトガイスト)」というイベントに参加するため、カリフォルニアのGoogle本社に出張した時だ。そのイベントのパーティー会場に、アル・ゴア元副大統領もいたのだ。(ちなみに、2008年当時のZeitgeistの動画はなかったが、クリントン元大統領がZeitgeistでスピーチしている動画はあった)
このイベントは招待制で日本からも、Google日本法人の取引先企業の役員の方々が招待された。私はその随行スタッフのひとりだった。たとえば、日本からの来賓者のなかには、楽天の三木谷浩史代表取締役社長兼会長もいた。
Google側も、エリック・シュミットCEO(当時)、創業者のラリー・ペイジ、セルゲイ・ブリンをはじめ、本社役員たちが勢ぞろいしていた。今から思えば豪華な顔ぶれだが、シェリル・サンドバーグ(Facebook COO)、マリッサ・メイヤー(元Yahoo! CEO)、村上憲郎元Google米国本社副社長兼Google日本法人代表取締役社長、オミッド・コーデスタニ(Twitter会長)、ティム・アームストロング(元AOL会長兼CEO)などが、Google本社役員として出迎えた。
バックキャストとフォーキャスト
1993年に当時のクリントン政権で、ゴア副大統領が「情報スーパーハイウェイ構想」を掲げた。2015年までに光ファイバーの高速デジタル通信網を全米に構築し、インターネットを普及させる構想だ。1990年代初頭に学生だった私は、「情報スーパーハイウェイ構想」関連の資料を翻訳した。英文翻訳のアルバイトをしていたのだが、そのアルバイト先から命じられた仕事のひとつが、「情報スーパーハイウェイ構想」に関する英文だった。
この資料はA4で50ページほどだった。未来学者アルビン・トフラーやメディア論で有名なマーシャル・マクルーハンの著作の概要、彼らが見通す未来予測などにはじまり、インターネット・プロトコルやTCP/IPなどの技術的解説なども含まれ、学生の私には、正直いって手に負えなかった。
大学の図書館に通って、朝から晩まで専門書を漁り、翻訳した。なにせ、当時の英和辞典には「Internet」の項目すらなかった。そんな状況だから、「Inter – 」「net」って? 「相互の網?」って何だろう? そんな感じだった。私は、そのバイトではじめて、「Internet」に触れ、その外延にワクワクしたのだ。振り返ると、私の人生へのインパクトは大きかった。
私はその翻訳の経験をゴア元副大統領に伝え、「だから、あなたのおかげです。ありがとう」と言った。
「アルビン・トフラーの予測のとおり、これからプロシューマーが登場する」とか、「マーシャル・マクルーハンの指摘では、ユビキタス社会のデータバンクが課題になる」とか、あるいは、ゴア元副大統領が著書『不都合な真実』で啓発したように、「環境に優しい経済を実現したい」とか、そんな話をした。
ゴア元副大統領はあきらかに困惑していた(笑)。だが、未来へのパースペクティブを正しく持って、バックキャストで政策を作り、より良い世界を実現するのが政治家の役目だ、と話してくれた。つまり、「バックキャストで未来を創るのが政治家の仕事なんだ」と。(バックキャストについては、次の記事を参考:「バックキャストとフォーキャスト」)
「我々の存在は危うくなる」という予言
アルビン・トフラーは、「プロシューマー」というコンセプトなど多くの造語を作り、デジタル革命や情報化社会の到来を予言した。その代表作『第三の波』 (1980年)で、リモートワークに対する反応を、まるで未来を見てきたかのように書いている。
まもなく、何百万という人びとが、オフィスや工場へ出かける代わりに、家庭で時を過ごすようになる、などと言いだすと、即座に激しい反論をまねくことになろう。また、懐疑的な見方がつぎつぎと出てきても、一向におかしくはない。
『たとえ家で働くことが可能でも、人びとはそれを好まない。世の女性が、なんとか家庭から抜けだし、職場へ出て働きたいと思っているのを見ても、よくわかるはずだ。』『こどもたちが走りまわるなかで、どうして仕事がはかどるのか。』『上役が監視していなければ、人間はやる気を起こさないものだ。』『仕事に必要な信頼や自信を育てるためには、互いに面と向かった接触が必要である。』『一般の家屋の構造は、仕事をする目的のためにはつくられていない。』『家庭で仕事をするとは、いったいどういうつもりか、地下室に小さな溶鉱炉でも設けろというのか。』『住宅を仕事場にするとなると、都市計画による制限や、地主の反対をどうすればよいのか。』『そんな考えは、組合が認めないだろう。』『家で働いた分の税額控除がますます厳しくなっているというのに、税金はどうなるのか。』そして最後のととどめはこうだ。『なに、一日じゅう、妻と顔をつきあわせていろだと。』もちろん、女性の立場からは逆の発言もあろう。」(p281『第三の波』日本放送出版協会)
新型コロナの影響でリモートワークが当たり前になったいま、皆さんはどう思うだろうか? アルビン・トフラーはタイムトラベルして書いたのか? なぜ、どうやって 1980年に、2021年のリモートワークの世界を見通すことができたのか? ゴア元副大統領のいうバックキャストとは、このような未来の物語を礎に現在の政策を考えて実行するということだ。
一方で、マーシャル・マクルーハンは1970年、共著『From Cliche to Archetype』のなかで、情報化時代には「the less we exist」(我々の存在は危うくなる)と予言した。
As information itself becomes the largest business in the world, data banks know more about individual people than the people do themselves. The more the data banks record about each one of us, the less we exist.
【意訳】「情報そのものが世界最大の産業になるとき、データバンクは個人について、本人以上に多くを知るようになる。データバンクが個人情報を集めるほど、我々の存在は危うくなる」(p13『From Cliche to Archetype』)
昨今、「情報銀行」(Information Bank/Data Bank)が注目されているが、マクルーハンが生きた時代、約50年前の「data bank」は少し意味が違う。当時はデータベースとほぼ同義で使っていた。
ただ、「情報銀行」にせよ「データバンク」にせよ、個人データを集めるとき、そこにリスクはある。それは、今も昔も同じだ。「the less we exist」(我々の存在は危うくなる)とは、個人データの収集を野放図にすると、社会は窮屈になり、我々の自由と人間性が失われていくという意味だ。
ヨーロッパでは2018年にGDPR施行、日本でも改正個人情報保護法が2022年4月施行予定だ。GoogleやFacebookなどが知らないあいだに、個人データや個人情報を大量に収集している。プライバシーの観点、あるいは、監視資本主義(中国共産党政権のように)など、個人の明確な同意なしでデータがビジネスに活用されている点も、大きな問題になっている。
アルビン・トフラーの指摘は40年前、マーシャル・マクルーハンの予言は50年前だ。
バックキャストとは、「未来を自ら創る」意志
ゴア元副大統領のいう「バックキャスト」という単語は、私がGoogle在籍時に頻繁に耳にした。未来へのパースペクティブをもち、そこから現在を振り返って、戦略を考える。つまり、未来起点の戦略構築の真髄は、「現在の延長線上に真の未来はない」と知ることだ。
「現在を起点に仕事をしてはならない」。エリック・シュミット(Google元CEO)も、村上憲郎氏(元Google米国本社副社長兼Google日本法人代表取締役社長)も、バックキャストを重視していた。
「パーソナルコンピュータ」の概念を提唱し、「ダイナブック構想」を掲げた、アメリカの計算機科学者のアラン・ケイは、「The best way to predict the future is to invent it(未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ)」という名言を残した。
どんな未来を発明したいのか、その未来を起点に振り返って(バックキャストして)、いま何をするべきかを考える。現在は未来の従属変数であり、発明する未来が、現在の存在と時間に意味を与える。そして、その結果、過去の意味も書き換えてしまう。
つまり、バックキャストとは、「未来を自ら創る」意志である。
その意志が、「存在と時間の意味」までも、可変にするのだ。「未来」は無限の可能性で充満している。なぜなら、何が起こるかわからないからだ。「未来」とは、純粋な潜在力であり、無限の可能性である。それが「現在」に無限の力を提供し、「過去」を無限に変換可能にしてしまう。
「未来を創造する力は、あなたにある」
Appleのティム・クックは2018年、「What kind of world do we want to live in?(我々は、どんな世界に住みたいのか?)」と、問いかけている。
2018年にブリュッセルで開催された「the 40th International Conference of Data Protection and Privacy Commissioners (ICDPPC)」のキーノートスピーチは、EUで絶賛された。
This crisis is real. It is not imagined, or exaggerated, or crazy. And those of us who believe in technology’s potential for good must not shrink from this moment.
Now, more than ever — as leaders of governments, as decision-makers in business and as citizens — we must ask ourselves a fundamental question: What kind of world do we want to live in?(参照)
【意訳】「この個人データの危機は、現実だ。空想でも誇張でも、あるいは、狂っている訳でもない。そして、テクノロジーの潜在力を信じている人たちは、ここで、ひるんではならない。今こそ、かつてないほどに、政府・企業・市民のリーダーとして、その意志決定者として、我々は、ファンダメンタルな問いを立てなければならない。その問いは、『What kind of world do we want to live in?(我々は、どんな世界に住みたいのか?)』だ」
我々は、どんな世界に住みたいだろうか? プライバシーのない監視社会を甘んじて受け入れるのか? そんな未来を自ら創りたいのか? ティム・クックの問いは、まさに、バックキャストして未来を自ら創るのだという、高邁な理想の宣言だった。
この1年半ほど、コロナの影響でオンライン会議が圧倒的に増えた。その良い点は、シリコンバレーやロンドンの昔の同僚などとも、オンラインで話をする時間が増えたことだ。以前に比べて、みんな普通に、オンラインで話をしてくれるようになった。
海外のIT業界・ネット業界の人とたちと話していて私が感じるのは、いま大きな地殻変動が起きている、ということだ。これは、中国が大国化し軍事力増強を進めていることも影響している。また、GAFAが独禁法などでバッシングされていることも影響している。そして、もちろん、コロナで世界が壊れてしまったことが所与の条件になっている。
「コロナ禍で世界が大きく変わろうとしている。今までの成功体験は、すぐに捨てたほうがいい」とみんな口を揃える。シリコンバレーでは、次の50年を見据えて動き出したようだ。
GAFAでもない、中国でもない、新しい世界を自ら創る。インターネットの在り方を根本的に変革する。50年後の未来を、あなたの力で自ら創るのだ。あらためて、インターネットが面白くなってきた。
バックキャストに正解はない。だが、過去からのトレンドラインの延長線上には、真の未来はない。「未来」とは、純粋な潜在力であり、無限の可能性である。「未来を創造する力は、あなたにある」。ますます、デジタルの仕事が、この業界が、魅力的になってきたと私は思っている。
Written by 有園雄一
Photo by gettyimages