九九があやふや? コロナ禍の学校 – 石川奈津美

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10年連続で減少していた自殺者数が2020年に増加に転じ、小中高生の自殺者は統計のある1980年以降で最多となったことがわかった(警察庁調べ)。これを受け、日本財団が今年4月にインターネット上で約2万人を対象に行った自殺意識調査では、若者(15〜19歳)がコロナ禍で抱えるストレスとして「同居する家族から感情的な暴言を吐かれること」「同居家族と一緒にいる時間が増加し一人の時間が減少した」などが挙がり、外出自粛など生活スタイルの変化が子どものメンタルヘルスに影響していることがうかがえる。少年問題アナリストで青少年支援事業を立ち上げた「遊び庭~あしびなぁ~」代表の上條理恵氏に、コロナ禍の子どもたちのストレスを聞いた。

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ーー「9月1日」はこれまで最も子どもの自殺が多い日として様々な対策がとられてきましたが、コロナによって変化はあったのでしょうか

今年の「9月1日」は例年と比べて特段注意を払う必要はない、と私がアドバイザーを務めている市の教育委員会の方たちに伝えていました。これはどういうことかというと、コロナ禍以降、感染の拡大によって学校が休校になったり、部活動が制限されたりするなど、子どもたちは1年半以上、ずっと不安定な状況に置かれてきているので、9月1日が特別な日ではなくなったからです。

昨年以降、新学期の開始時期が8月の最終週から始まる学校があるなど、自治体によって異なっているということもありますが、気をつけなければならないのは、決して「学校に行きたくないと思う子どもが減った」という良い意味ではないということです。

ーー親など同居家族と過ごす時間が増えたことが子どものストレスになっていますが、もともと不仲な親子関係がより悪化したということなのでしょうか

もちろんそういった家庭もありますが、これまで良好な関係にあった家庭でも、親子が一緒に過ごす時間が増えたことでトラブルになる事例が増えました。

まず、コロナ禍で、親からすると、自分の子どもが「怠けている」様子ばかりが目に留まるようになったんですね。例えば宿題をしない、スマホゲームばかりやっているなど。でも、子どもたちも外遊びも制限され自宅にいなければならない状況の中で、親の指示通りに過ごせる子ばかりではありません。ただ、どうしても親は、子どもの悪いところばかりが目についてしまい、子どもに注意する回数が増えてしまうものなのです。「勉強しなさい」「スマホばかりいじるのはやめなさい」などと注文をつけられることが多くなり、子どもは大人が思っている以上に追い詰められ、それがストレスになっているという現状があります。

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コロナ禍で見過ごされた「九九」の学習

ーー現場で教育関係者や子どもたちから直接相談を受けて感じることはありますか

コロナによって「学校での学びの機会」が奪われてしまった悪影響が、じわじわと出てきているなと感じることも増えてきました。昨年、3月から最長で3ヶ月間におよび全国各地の学校が休校措置を取りました。例えば小学校2年生の3学期は算数の学習においてとても大切な時期なのですが、それがごっそり抜け落ちてしまいました。というのも一般的に2年生の最終学期は、算数の授業で「九九」の暗記を総仕上げするタイミングです。

この演算の土台となる九九の暗記でつまずてしまうと、3年生になって学ぶ2桁×1桁とか、2桁×2桁の計算ができなくなり、当然、割り算や分数の計算などにも進めません。そうなると、小学校中高学年での勉強はおろか、その先の中学校や高校の数学でも授業についていけなくなってしまいます。

これまで子どもたちは授業で習った後、自宅に帰って何度も暗唱したり、最後は暗記テストをクラスで実施したりしながら九九が言えるようになってきたわけですが、その機会がなくなってしまったことで、算数の学力の低下につながってしまうわけです。今、不登校の子どもたちが増えているという現状がありますが、こうして授業についていけなくなってしまったというのも要因のひとつなのではないかと思っています。

さらにこのステイホームの影響は子どもの体力の低下にも表れています。まず言えることは、「体幹が弱くなってしまった」子どもが増えたように感じます。体幹が弱いと体の姿勢の維持ができないため、長時間椅子に座れなかったり、寝そべってしまったりして集中力が低下し、おのずと学力の低下にもつながってしまうのです。体育の授業を見ても、ソーシャルディスタンスのため、サッカーやバスケットボールといった接触型のスポーツはできなくなってしまったので、子どもたちかなり我慢を強いられてしまいました。

その結果、休校期間が明けて「子どもの学力や体力が想像以上に落ちていて驚いた」という声を多くの教育関係者から聞きました。さらに、その学力の低下に気づいた親から「成績が下がったら部活をやめなさい」とか「スマホを取り上げるぞ」などと厳しく叱責を受けた子どもが反発して家出をするケースもみられます。

また親同士の言い争いや夫婦喧嘩を子どものいる前でやってしまう、いわゆる面前DV(心理的虐待)の数も多くなりました。そのほかにも親子関係の悪化によりリストカットといった自傷行為を行うなどの深刻な事態も発生しています。

大人は今の状況をあまりネガティブにとらえないこと

ーー今後も新型コロナの完全な終息が見通せない中、子どものストレスを軽減するためにも親や周囲の大人ができることはなんでしょうか

まず大事なことは、大人がコロナ禍の今の状況をあまりネガティブにとらえないということです。必ず安心できる世の中が来ます。それは1年後かもしれないし、5年後かもしれませんが、その間を利用して、できることや生き方などについてお子さんとよく話をしてみてほしいのです。

私たち人間は、昨年、未知のウイルスの出現で右往左往しました。しかし1年半が経過した今は、対面からオンラインへと仕事や授業がシフトチェンジさせるなどライフスタイルそのものを変えることで柔軟に対応しています。これぞ、「人間の生きる知恵」と言えるでしょう。一番強い人は、状況の変化に順応する力のある人です。これを機に、これからの時代をどうやって生き抜いていくかを、親子で一緒に考えてみる機会にしてみてはいかがでしょうか。

次に、子どもも辛い思いをしているということを大人が解してあげるということです。子どもは口には出さなくても我慢しているものです。私はよく講演会などで「4つのK」が大事だと言っています。それは、「関心」「気づき」「声かけ」「確認」の4つです。これは、親のみならず学校の先生や周囲の大人にもお願いしたいことです。

1. 関心
子どもはいつも大人に自分のことを気にしてほしいと願っています。思春期の子どもたちにちょっとウザいと思われるかもしれませんが、子どもが興味を示すものや熱中していることに関心を持ってあげましょう。

2. 気づき
ちょっとした子どもの変化に気づいてあげてください。子どもたちは内心では、大人を試しているのです。何か心の変化があるのかもしれませんので、よく観察してあげてください。

3. 声かけ
子どもの変化に気づいたときはすぐに声をかけてください。「何かあったの?」という声かけが大事です。大人は子どもの少しの変化にも気づくものだということを伝えてください。

4. 確認
子どもの話を聞いたら、要点を子どもに確認してください。そして、子どもが求めていること、大人ができることを一緒に考えてあげましょう。

子どもたちは口には出しませんが、大人以上に4つのKに敏感です。大人は関心を持って子どもを見ていれば、ちょっとした変化に気づくはずです。「行ってきます」や「ただいま」と言った挨拶の声が低かったり、親と目を合わせなかったり…。このようなちょっとした変化に気づき声をかけてあげることが大事です。

特に思春期の男の子は親にあまり話などしないものですが、親の声はちゃんと聞こえているはずです。そして心の中で返事をしているのです。そのつながりがとても大事なのです。決して子どもたちを孤立させてはいけません。辛いときや悲しいときこそ、子どもが親や大人の誰かに相談できるよう日頃から子どもの最後の砦になってあげてください。

上條理恵

上條理恵(かみじょう・りえ)
警察で25年にわたり500人以上の非行少年(少女含む)に対峙し指導する一方、被虐待児の保護や児童生徒に関する面接や相談受理を実施、現在も多岐にわたり子ども達に関わっている。「金持ちより人持ち」をモットーに、子どもを取り巻く関係機関の連携をテーマとしている。
学校や保護者などに対する少年の非行防止講演回数は、1,500回を超える。
現在は、少年問題アナリストとしても、テレビのコメンテーターや新聞やネットに記事を掲載している。

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