果たして経営陣は、誰もがフレックスワークに乗り気なのだろうか? もう一度よく考えてみたほうがいい。
米国ではオフィス回帰が本格的に始まり、企業は長期的なハイブリッド型勤務の準備を着々と進めている。しかし、柔軟な働き方に対して厳しい姿勢を示す企業もある。
たとえば、英ガーディアン紙(The Guardian)における、このヘッドラインは決して見過ごせない。「ゴールドマンサックスのトップ、大至急本社に戻るよう自社バンカーに求める(Goldman Sachs Boss Wants Bankers Back to Their Desks ASAP)」。同紙によると、この投資銀行のCEOデービッド・ソロモン氏は、在宅勤務を「常軌を逸した行為」「理想的でない」「ニューノーマルにあらず」と称している。
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これはソロモン氏に限った話ではない。米金融大手モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)のCEOジェームズ・ゴーマン氏は、ニューヨークのような大都市から離れた場所で在宅勤務する社員に対して、「ニューヨークで稼いでいた給料と同じくらい稼げるとは思うな」と釘を刺した。ゴーマン氏はいう。「『今はコロラドにいるけど……ペイはニューヨークにいるときと変わらない』など、ありえない。残念ながら、話はそううまくはいかないものだ」。
リモートワークは「文明のシフト」
一方、JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)は社内通達で従業員にこう伝えている。「米国を拠点とする従業員は7月上旬までに全員が常に交替で出社することが大いに望まれる。なお、出社人数はオフィスの収容人員の半分を上限とすること」。また、英大手コンサルティングファームのPwCによると、英国在住の従業員は就業時間の半分を自宅で、半分は事務所もしくはクライアント先で過ごすような働き方に移行する予定だという。
この取り組みを、世界最大手会計事務所デロイト・トーマツ(Deloitte Tohmatsu)と比較してみよう。同社は、英国在住の従業員2万人に「いつ、どこで、どのように働くのか」を決める権限を与えたばかりだ。CEOのリチャード・ヒューストン氏はこう話している。「弊社では、仕事で最高の結果を出すためにどこにいるべきなのかは、仕事とプライベート、両方の責任のバランスを考えて、今後、スタッフ本人に選ばせることにする」。
IT起業家のマーク・アンドリーセン氏はさらにその一歩先を行く。リモートワークは「恒久的な文明のシフト」であるとブログに投稿し、インターネットそのものよりも重要な進歩だとさえほのめかした。
フレックスワークに対してヒューストン氏やアンドリーセン氏ほど柔軟な対応ができない雇用主は、働き方に関して自分が時代に逆行していると気づくのではないだろうか。それだけではない。近い将来、人材の確保と維持で負け組になったことにも気づくはずだ。
働き方における社内ギャップ
上司から期待どおりに評価されないと、「それならもういいや」とあっさり辞職する人が増えるなか、DIGIDAYの記事にもあるように、「大離職時代」は確実に進んでいる。巨大な人材市場の台頭は、より条件の良い仕事を探すサラリーマンにとっては、またとない好機の到来である。それに、上司が部下の働きやすさをこれまで以上に考慮するようになるだろう。
それでもなお、職場に不満を抱える従業員はさらに増えそうだ。ボストンに本社を置くクラウドコミュニケーションとコラボレーションのプラットフォーム、フューズ(Fuse)が8800人のサラリーマンやオフィスワーカー、ビジネスリーダーを対象に実施した最近の調査では、回答者の75%がフレックスワークはマストであり、決して福利厚生の特別なものではないと答えている。また、65%は、長期間にわたり柔軟な働き方が可能な職場がほかにあるのなら、転職も視野に入れていると回答した。
「働く場所も時間も自由に選べるなど、柔軟な働き方を本当に取り入れている企業は、他社よりも優秀な人材から関心をもたれ、人材の獲得と維持でも成功するだろう」と、フューズのワークフォースフューチャリスト、リサ・ウォーカー氏は話す。「この1年の経験から、働き手はリモートワークに対して、『頼りになる』『生産性が高い』『集中して仕事ができる』と感じている。これはつまり、今後彼らがリモートワークの定着を求めるということにほかならない。また、自分の望む柔軟な働き方が勤めている会社で実現できないのなら、そうした働き方が可能な別の企業を探し出すだろう」。
ハイブリッド型勤務であっても柔軟性に欠けたモデルの場合(たとえば従業員に内勤の日数を義務付けて、せっかく従業員がプライベートでも仕事でも自分の責任をしっかりと果たせるようにベストなスケジュールを組んだとしても、それを実践する権限を取り上げるなど)、「このコロナ禍で従業員と経営陣のあいだで構築された信頼関係にひびが入り、多くの従業員は新しい職場を探そうと思うようになるだろう」と、ウォーカー氏は予測する。氏は経営陣に対して、フレックスワークという形態で従業員が何を望んでいるのかを見極めるために、従業員の声に耳を傾けるよう求めている。
実際、働き手が望んでいるのはひとつだけではない。フューズの調査では、完全出社型勤務に戻りたいと回答した人は全体の20%で、フルリモートで働きたいと回答した人は同じく20%、ハイブリッド型勤務は60%だった。「誰もが皆、100%リモートのままでいたいと思っているのかと言えば、それは違う」とウォーカー氏は話す。
マーケターについてみれば、完全出社型勤務のゴールドマンサックスモデルよりも、ハイブリッド型勤務のデロイトモデルのほうが望ましいようだ。
上司はどうすればいい?
「オフィス勤務に戻る戦略を検討中のリーダーや経営陣が陥りやすい最大の過ちは、トップダウンで問題を解決しようとすることだ」。そう話すのは、米広告代理店ヤードNYC(YARD NYC)のCEOルース・バーンスタイン氏。ヤードNYCの顧客にはアパレルメーカーのGAP(ギャップ)や英スピリッツメーカーのタンカー(Tanqueray)が名を連ねる。「意義のあるなにか、優秀な人材に転職を思いとどまらせるなにかを生み出すために必要なのは、自由度や柔軟性が盛り込まれた従業員ファーストのプロセスだ」。
同じような考えを唱えているのが、米国アトランタ州の広告代理店、ダガ(Dagger)のピープル&カルチャー担当シニアバイスプレジデント、クリストファー・ピーターソン氏だ。ダガは、米保険会社アフラック(Aflac)や青少年向けの放課後プログラムを提供する米非営利団体ボーイズ&ガールズ・クラブズ・オブ・アメリカ(Boys & Girls Clubs of America)などの顧客を持つ。同社は、2021年秋にはオフィス勤務を再開し、ハイブリッド型へとシフトする準備を始めている。
「我々は、コロナ後の世界の働き方を、『移行(transition)』というより、『変容(transformation)』として捉えている」と、ピーターソン氏は話す。「我々は、チームが必要としていることをはじめから決めつけたりしない。チームの意見を尋ねて、運用システムがどのように進化すべきなのかを絶えずチェックする。また、積極的にフィードバックを集め、情報の更新や新しいプログラムの提供を行い、支援も怠らない。そして、最終的にはそれが成長の評価に役立つのだ」。
「社員は、大切にされていなければ、大切にしてくれるほかの会社を探す」。ピーターソンの見立ては的を射ている。
[原文:‘They’ll demand it moving forward’: Bosses frown on remote work post-pandemic at their own peril]
TONY CASE(翻訳:SI Japan、編集:小玉明依)