失速する アドテク 企業のIPOと、堅調を維持するM&A:「末長く続く会社を築くチャンス」

DIGIDAY

2020~21年にかけて活況を呈したIPO祭りから一転、失速すると思われていたアドテクブームだが、その取引は依然として活気を維持している。2022年3月の取引件数を見てみるといい。

マグナイト(Magnite)がカーボン(Carbon)を買収。トリプルリフト(TripleLift)がワンプラスエックス(1plusX)を買収。カーゴ(Kargo)がパーセク(Parsec)を買収。タタリ(Tatari)がザビューポイント(TheViewPoint)を買収。そして、オープンウェブ(OpenWeb)がアドユーライク(Adyoulike)を買収すると発表した。アドテク企業の特異な社名の氾濫が、更に混沌とした状況になることなく過ぎる1週間。そんな1週間などないのではないかとさえ思えるほどだ。

しかも、その勢いが弱まる気配は一向にない。

株式市場がアドテクベンダーにますます敵対的になり、低金利の融資金をたっぷり懐に入れて言い寄ってくる者たち。そうしたなか、アドテクの起業家の気持ちは、IPOではなく会社売却に傾きつつある。だが、それが「言うは易し、行うは難し」であることはいうまでもない。投資銀行のルマ・パートナーズ(LUMA Partners)によれば、2022年第1四半期におけるアドテク業界のM&Aは、前年同期と比較して25%減少しているという。それでも、この「失速」が「停止」へと変わる気配は当分なさそうだ。それどころか、むしろ堅調の維持が確実視されている。

ターゲットとなったアドテク界の新星

手頃な取引に向けて資金を集めているのはプライベートエクイティ投資家だけではない。上場したばかりの企業もまた、行動を起こすために体制を整えている。しかも、そのどちらもが同じようなターゲットを狙っている。そのターゲットとは、サードパーティCookieが消えたあとの最悪のシナリオに向けて、徐々に増えつつあるアドテク界の新星たちだ。

これらのターゲットは、あらゆる意味でアドテク企業CEOたちの生命線となり得るポテンシャルを秘めている。自社が低成長でレガシーな「(見えない土中で黙々と機能する)土管」と見なされることを望まない彼らは、垂直方向に拡大するのが得策と判断した。しかし、今後の上昇への期待を込めたとしても、このような買収は通常、変革とは程遠い。なぜなら、そのほとんどがいわゆる(小規模事業を買収して自社事業の一部とする)タックイン買収であり、その価値が徐々に高まっていく可能性を秘めた、俗にいうメガ買収に比べると、注目度の低い小規模な取引だ。

過去7年間で50件の買収を成立させているゲーミングプラットフォーム、アゼリオン(Azerion)のグループ最高投資責任者を務めるジュースト・マークス氏は、次のように語る。「我々がこの市場にいるのは、アゼリオンの自律的成長を支えてくれる企業を買収するためだ。我々の行っていることはすべて、買収を前提としている。したがって、市場における各社のパワーバランスと自社の技術力とのギャップに常に目を向けている」。

トリプルリフトが1億5000万ドル(約192億円)でワンプラスエックスを買収したのは、「買収を前提とした活動」の好例だろう。この買収は、Cookieなきあとのターゲティングと測定に対して、真の拡張可能なソリューションをもたらすビジネスが今後求められるという確信のもとおこなわれた。実際、そのようなポストCookieソリューションの売り込みは、トリプルリフトのような企業にとってぴったりだ。アドテクベンダーである同社は、消えゆくサードパーティCookieを背景に巨大メディアビジネスを築いてきた。ファーストパーティデータを活用して、クライアントがオーディエンスにリーチするのを支援できるワンプラスエックスのようなDMPの存在が、トリプルリフトにとってCookieなきあとのビジネス環境をいかに好ましいもの(そして、収益性を高めてくれる可能性に満ちたもの)にしてくれるかは、想像に難くない。

トリプルリフトで最高戦略責任者を務めるアリ・ルウィン氏は、次のように語る。「アイデンティティ市場が今後どうなっていくのかは不明だが、明確なのは、パブリッシャーやブランドにとって、それが包括的なソリューションではないということだ。トリプルリフトやワンプラスエックスのような企業は、IDに依存することなく、顧客が使いたいと思う識別子をサポートしているが、我々がフォーカスしているのは、プライバシー法に準拠した有益なデータで、オープンウェブを強化できる技術を構築することだ」。

「ヨーロッパ企業の強さは本物」

どこかで聞いたことがあるような話ではないだろうか。実はマグナイトの最高プロダクト責任者、アダム・ソロカ氏もカーボン買収の背景にある理由を説明する際に同じことを言っている。マグナイトは自らを、複数のパブリッシャーのファーストパーティデータをまとめるアドテクベンダーととらえており、プライバシーが重視される現代において、これらのデータセットを混在させることなくマーケターが特定のオーディエンスセグメントをオープンウェブ全体で購入できるようにすることを目指している。

しかし、そのためにはマグナイトが求めることをすべてを実現できる企業の買収が必要だった。パブリッシャーによるインプレッション販売の支援から、データ販売の支援へのシフトを目指している企業にしてみれば、それを1から築き上げるよりも、すでにそれを手掛けている企業を買収するほうが、はるかに容易なのだ。

「サードパーティCookieに代わる、ただひとつの手段など存在しない。だからマグナイトはポートフォリオアプローチを取って、プライバシー法に準拠したやり方で、パブリッシャーとマーケターがともにターゲティングと測定を実施できるさまざまなテクニックを追求している」と、ソロカ氏は語る。「カーボンの拠点はロンドンだ。それを前提とする同社のチームは、パブリッシャーのファーストパーティデータとEU一般データ保護規則(GDPR)との調和に注力してきた。ヨーロッパ企業の強さは本物だ」。

米国企業よりも有利なスタート、だが

スペシャリストベンチャーファンドのファースト・パーティ・キャピタル(First Party Capital)によれば、この半年だけでもヨーロッパ全土におけるM&Aの取引額は40億ドル(約5120億円)を突破しており、うち15件の取引額は5000万ドル(約64億円)を超えているという。ファーストパーティデータ(特にパブリッシャーが所有している場合)の重要性が高まるにつれて、部分的に共有されるファーストパーティデータの安全と機密性を維持してくれる企業への関心もいっそう強まっていくことが予想される。

つまり−−とりわけヨーロッパでは−−いまこそがパブリッシャー重視のデータ企業として活動する絶好のタイミングであり、ヨーロッパでうまく機能するアドテクビジネスを展開する絶好のタイミングなのだ。ヨーロッパの企業は、画期的なプライバシー法の草分けとなった地域にあったことから、米国の企業よりも有利なスタートを切っている。その意味では、バイヤー予備軍にとってより確実なのはヨーロッパの企業であり、セラー予備軍にとってもそうなる。その多くは「何が何でもユニコーン」といった考え方の企業ではない。むしろ彼らは、数百万ユーロ規模のイグジットを受け入れる確率のほうが高いだろう。

ヨーロッパの投資家は、米国の投資家とは違う考え方をする。米国では、株式公開は大規模な資本、あるいは比較的安価な資本を入手するのに必要なステップととらえられている。そうでなくとも、ヨーロッパのアドテク企業が上場に必要な条件を満たすのは依然として難しい。ファースト・パーティ・キャピタルのマネージングパートナー、リッチ・アストン氏は、次のように語る。「1~2億ユーロ(約136~272億円)で買収されるアドテク企業が多い。この額はIPOに必要な額を1桁下回っているといえるだろう。ロンドンやニューヨークの証券取引所なら、間違いなくそうだ。ヨーロッパで上場するアドテク企業があまり多くないのは、そのためだ」。

それはまた、掘り出し物をあさっている投資家が増えている理由でもある。

アストン氏のビジネスパートナーであるファースト・パーティ・キャピタルのキアラン・オーケイン氏は、次のように語る。「上場しているアドテク企業の経営企画部門は、5~6億ユーロ(約680~816億円)規模の買収は望んでいない。取引を成立させられるだけの資金を用意するには、多額の借金をしなければならなくなるからだ」。

10年前の歴史が繰り返される可能性

疲れ果てた交渉役が、広がる乾燥地帯を気に入る可能性はある。しかし彼らは、はたしてそれがどこまで乾燥するものなのかも心配する。10年前に起きた前回のアドテクブームは、すすり泣きではなく歓喜で幕を閉じた。歴史が繰り返される可能性は大いにある。

「いま株式市場で起きていることは、いずれ非公開企業や資金調達、評価額にも及ぶようになるだろう」と、オーケイン氏は釘を刺す。「来年あたりにアドテク市場の価格改定を目にすることになるのではないだろうか」。

どうなるにせよ、一部のアドテク企業のCEOたちは現在、IPOの扉が再び開いたときの準備を着々と進めている。それが2022年であれ2023年であれ、彼らが重視するのは会計年度内のIPOではなく、適切なタイミングでのIPOだ。少なくとも、それがパーミュティブ(Permutive)の計画だ。

「末長く続く会社を築くチャンスはあると、我々は思っている。いまほど上場に強気になれる時期はかつてなかった。すべてのつじつまが合っている。2年前なら考えられないことだ」と、同社CEOのジョー・ルート氏は語る。「投資家はパーミュティブを、エコシステムを支える存在として見ている。我々のインフラに新規加入するパブリッシャーや広告主のそれぞれが、より大きなエコシステムの一部であるという意味では、そこには複合的な価値がある。そしてそれが、そのエコシステムの価値を思いもよらない形で大きくしてくれる」。

[原文:‘Opportunity to build a lasting company’: As ad tech IPOs slow, M&A deals continue to chug along

Seb Joseph and Ronan Shields(翻訳:ガリレオ、編集:黒田千聖)

Illustrated by Ivy Liu

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