※インタビューは7月1日にZoomで実施した。記事内の発言は取材当時にもとづいている(写真提供:野村総合研究所)
政府は東京五輪の開催中を含む8月22日(日)まで、東京都と沖縄県を対象に緊急事態宣言を発出中だ。特集『新型コロナとデータ分析〜4度目の緊急事態宣言は何をもたらすのか?』の2回目では、東京五輪の観客制限による経済効果の減少、緊急事態宣言による経済損失を考察する。
2012年から5年間、日本銀行の政策委員会の審議委員を務めていた、株式会社野村総合研究所 金融ITイノベーション事業本部 エグゼクティブ・エコノミスト 木内登英氏は7月1日(木)にLedge.ai編集部のインタビュー取材に応じ、東京五輪の経済効果についてこう話した。
「東京五輪の経済効果は1兆8108億円とされています。経済効果は小さいか大きいはなかなか簡単には言えませんが、1兆8108億円は日本のGDPの0.338%ほどで、少なくとも景気を左右するほどのものではありません。東京五輪を中止したら景気が失速したり、東京五輪を開催したらこの夏から日本経済が急回復したりするようなことはあり得ません」
政府、東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)、大会組織委員会の5者は7月8日の夜、4度目の緊急事態宣言の発出にともない、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県の1都3県での東京五輪の競技会場はすべて無観客、そのほかの県では収容人数の50%、上限1万人とすることを決定した(※1)。
木内氏は1都3県での無観客および、そのほかの県での観客制限の影響については、チケット購入や関連する消費(交通費、宿泊費など)の合計が1309億円減少し、1兆6799億円になると試算している(※2)。
木内氏は取材時に「東京五輪が無観客になったとしても、経済効果は約1500億円減るだけです。東京五輪の経済効果の10分の1以下なので、それによって緊急事態宣言が回避できれば安いものです」と話していた。
実際は東京五輪の開催よりも早く、4度目の緊急事態宣言が発出された。日本最大の野外ロック・フェスティバル『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021』などのイベントは中止を余儀なくされたにもかかわらず、東京五輪は1都3県での無観客などの制限はあるものの、従来どおり開催が予定されている(※3)。
以前からコロナ禍における東京五輪には「東京五輪を開催するにもかかわらず、感染拡大防止のために国民には外出自粛を呼びかけるのか」などの批判があった。このような不満は4度目の緊急事態宣言発出もあり、開催を目前にしてかつてないほど高まっているように見える(※4)。
少なくとも、木内氏の試算からは「日本経済のために東京五輪を開催すべきである」という主張は的外れであることがわかる。
(※1)NHK NEWS WEBによる報道「五輪 東京に続き神奈川 埼玉 千葉も全会場で無観客開催へ」
(※2)東京五輪1都3県無観客開催で観客数は9割減少、経済効果は1,300億円減少(2021年7月9日)
(※3)rockinon.com「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2021 開催中止のお知らせ」
(※4)BuzzFeed Japanによる報道「「なぜ五輪だけ許されるの?」「10万円は再支給?」菅首相の回答は… 4度目の緊急事態宣言で」
4回目の緊急事態宣言は1.26兆円の経済損失をもたらす
実際のところ、東京五輪の無観客が決定したことよりも、度重なる緊急事態宣言のほうが日本経済への打撃は大きい。木内氏は緊急事態宣言による経済損失の試算値は1回目が6.4兆円、2回目は6.3兆円、3回目は3.2兆円、4回目は1.26兆円と試算している(※5)。
木内氏は「過去3回の緊急事態宣言はかなり経済に打撃を与えました。大きな影響があったのは輸出や設備投資ではなく、主に個人消費です」と振り返る。具体的には、政府などによる休業要請や時短要請の影響を受けた飲食業はもちろん、各種小売業、観光など「対人接触型サービス」の個人消費が落ち込んだ。
3回目の緊急事態宣言による経済損失の試算値が1回目/2回目と比較し、半分程度になっている理由の1つとしては、期間は第1回/第2回と同程度だが、対象区域が狭かったことが挙げられる(※6)。4回目は対象区域が東京都と沖縄県のみであり、3回目より限定的であることが試算値に影響していると考えられる。
ただし、木内氏はそれぞれの緊急事態宣言の影響について「1回目はかなり幅広い業種で規制されました。2回目は飲食業が中心でした。3回目は飲食業で、途中から大型施設なども追加されました。厳しい順番で言うと、1回目、3回目、2回目です。(木内氏の試算には)このような数字は反映されていません。実際のところ、3回目は1回目と2回目とそこまでの差はないのではないか」と補足する。
また、度重なる緊急事態宣言は失業者も増加させた。木内氏は失業者増加の影響は1回目が25万2400人、2回目は24万8800人、3回目は12万6800人、4回目は4万700人と試算している。しかし、実際は緊急事態宣言が繰り返されるごとに、次第に企業が廃業に追い込まれるリスクは高まるため、企業の破綻により失業者が生まれるケースはじりじりと増加しているのではないか、と木内氏は考察した。