従来型広告ターゲティング規制の動きが強まる一方で、メディアバイヤーはあいかわらずターゲティング精度の高さを求めている。そんななか、アドテク企業をここ数年悩ませてきた「サプライパス最適化(Supply-Path Optimization:SPO)」という用語が新たな意味合いをもつようになった。
サプライパス最適化の取り組みの一例を挙げてみよう。ハバス・メディアグループ(Havas Media Group、以下HMG)は最近、アドテクのパートナー選定にあたり、北米市場のクライアントとの取引を念頭において、「サプライサイドの優先パートナー企業」一覧のなかからパブマティック(PubMatic)を指名した。
HMGの動きが意味するもの
今回の選定プロセスを通じてHMGは、SSP(サプライサイドプラットフォーム)パートナーの総数を5~7社にまで減らした(2018年時点では42社だった)。これは同社が毎年おこなっているアドテク企業パートナー見直しの一環だが、マディソン・アベニュー周辺を拠点とする広告業界各社も同様の意向のようだ。
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HMGとパブマティックの提携における主なテーマは「データのアクティブ化」で、平たくいえば、HMGのクライアント向けソリューションとして、サードパーティCookieなしで、パブマティックが提供する広告在庫のオーディエンスをターゲティングできるようにするものだ。
それを可能にするのが、2022年に入ってHMGが発表した「コンバージド(Converged)」と称するオーディエンスマネジメントプラットフォームで、ライブランプ(LiveRamp)とのパートナーシップによりオーディエンス関連データを抽出する機能をもつ。
HMGはコンバージドのプラットフォームから、クライアントがターゲティングしたいオーディエンスのタイプ別一覧のデータを、ライブランプが開発した暗号化識別子を用いて、パブマティック側のプラットフォーム「コネクト(Connect)」へ送信する。コネクトはさまざまなCookieレス識別子に対応したツールで、ターゲティング候補情報をHMG側に通知する。それを受けて、HMGは条件に該当する広告在庫を、サードパーティのDSPを通じて買いつける。
進化するRFI(情報提供依頼書)
HMGの北米事業投資部門でエグゼクティブバイスプレジデント兼マネージングディレクターを務めるアンドリュー・グード氏は、パブマティック等との提携が同社のクライアントにもたらすメリットについて、米DIGIDAYに寄せた声明で指摘している。「アドレッサビリティを取り巻く環境が変化し、施策の規模と効率が求められる状況ではとくに、広告費回収率の向上が期待できる」。
「当社ではデータへのアクセス強化の取り組みで、当初定めた原則にのっとってパートナーを選定するため、関係各社にRFI(情報提供依頼書)の提出を求めている」と、グード氏はいう。「パートナー選定にあたって重視するのは、Cookieレス時代に対応する準備が整っている企業かどうか、データ取引が成熟しつつある市場で、当社の事業の推進に貢献できそうな企業かどうかといった点だ」。
一方、HMGの投資運用部門シニアバイスプレジデント兼グループディレクター、トム・グラント氏によれば、現時点でも「ビッドリクエストの約75%」に相当するデータにはCookieが含まれていないため、Cookieレスに対応できるアドテク企業との提携はきわめて重要だという。「我々はいままでとは違うプロセスで仕事を進める必要がある。そのためSSPの重要性の高まりを認識しており、パブマティックとパートナーシップを組むという判断はその認識を反映したものだ。パブマティックは、我々がDSP(デマンドサイドプラットフォーム)から入手できないデータシグナルをふんだんに持っている」。
パブマティックのアドバタイザーズ・ソリューション部門シニアディレクター、ジョン・スペイヤー氏はHMGとの新たな形の提携について、バイヤー側によるSPOの取り組みが進化していることの証左だと指摘した。SPOといっても以前は、透明性に問題があるパートナーをふるい落とすだけで終わっていたからだ。
「我々は、メディアの質以上にオーディエンスのアドレッサビリティを重視する、新次元のSPOに力点を置いている」とスペイヤー氏はいう。「SPO 2.0とも呼ぶべきこの次元では、サプライサイドにより提供されるデータのアクティブ化が鍵となる」。
こうしたパートナーシップ、つまり「商取引契約」は通常、数値を含む条件を伴う。本稿の執筆にあたって米DIGIDAYがHMGとパブマティック両社の広報担当に取材したが、契約の詳細情報は開示されなかった。ともあれ、オンラインメディアの役割は変わりつつあり、その変化が今後の商取引上の関係に影響を与えそうだ。
バイサイドとセルサイドの境界線があいまいに
パブマティックが2022年、パートナー契約を結んだ企業はHMGだけではない。同社は、グループエム(GroupM)が開設したグループエム・プレミアムマーケットプレイス(GroupM Premium Marketplace)にも、SSPのマグナイト(Magnite)とともに参画している。こうした提携関係はアドテク企業にとって、ウォール街にしかるべきメッセージを発信するという意味でも重要だ。
バイサイドとセルサイドのアドテク企業の境界線があいまいになりつつあるいま、メディア代理店とSSPが直接パートナーシップを結ぶ事例が増えてきている(以前はDSPの仲介があった)。
たとえば、DSPであるトレードデスク(Trade Desk)は2022年春、広告主が有力パブリッシャーの広告在庫に直接アクセスできるようにする施策を発表した。この施策については多くの関係者が、「SSPが従来担ってきた役割に対する直接の脅威」ととらえていた。とはいえ、その影響で中間層の事業者間で対立が起きるとみる者ばかりではない。マッドテック・アドバイザーズ(MadTech Advisors)のCEO、ボブ・ウォルツァック氏によると、前述のような提携関係の場合も、DSPがメディアバイに関与する場合がよくあるという。
ウォルツァック氏は、SSPと代理店間のパートナーシップは、代理店がプライバシー保護の諸条件を満たしながら、アドレッサブルなオーディエンスに対する従来型ターゲティングを大規模に実施しつづけるためには必要な取り組みだと指摘する。
「提携の動き自体は何年も前から始まっていた。しかしここへきて、SSPが代理店と直接の関係を築き、優先パートナーの地位を獲得しようとしている。代理店側も、提携に必要なテクノロジーを利用できるようになったからだ」とウォルツァック氏はいう。
「この種の提携は今後も続くだろう。サードパーティCookieのサポート終了後、ファーストパーティ関連の取引には各社との対面での関係が必要になるためだ。また、認定された販売者のみと取引する必要性から、アズテキスト(ads.txt)の仕組みが生まれた。そうしたニーズが、いま業界で起きている変化の背景にある」。
DSPとSSPの果たす役割は
一方、HMGのグード氏が米DIGIDAYに語ったところによると、Cookieに依存しない広告ターゲティングへの移行にはDSPとSSPの両方が貢献するとみられるが、DSPとSSPが果たす役割の境界線が「ますますあいまいになってきた」ことにより、業界内のさらなる変化が促される可能性があるという。
「DSPもSSPも本質的には、キャンペーンのアクティブ化への貢献という点では、現時点でも存在意義がある」とグード氏は指摘する。「しかし、近い将来、DSPとSSPのそれぞれが独立した形で、キャンペーンのアクティブ化に向けた競争力のあるソリューションを提供できるようになるか、結果として、いわゆる『アドテク税』の引き下げにつながるかというと、それは飛躍しすぎだと思う」。
[原文:The demand for cookieless targeting is fueling ‘SPO 2.0’]
Ronan Shields(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)