50年以上前、アポロ計画は対立する2カ国間での政治的緊張の高まりから生まれました。
新参の国々や新興宇宙企業が改めて月に目を向けていますが、彼らが月を目指すのは国家の威信のためではなく、各々の宇宙への野望を月以遠へと推し進めるためです。
1972年、ユージン・サーナンはアポロ17号の船長として月面に降り立ち、月を歩いた最後の宇宙飛行士となりました。
およそ20年間も続いた激しい宇宙開発競争を経て、NASAは月ではなく太陽系の別の目的地へとローバーやオービターを送ったので、月探査は下火になったのです。
ところがサーナン船長のブーツがクレーターだらけの地面に跡を残して40年以上が経ってから、月への新たな競争がようやく形を成してきました。しかも今回は見返りが随分と大きいようです。
月は今やとてもホット(比喩的な意味で)な場所。今年だけでもインドが月の南極への初ミッションを飛ばして、月面着陸を果たした4つ目の国家となっています。ロシアの月探査機も打ち上げられましたが、そちらは月面へのタッチダウンに失敗。
2023年中には、日本の小型月着陸実証機や米ヒューストンの企業Intuitive Machines(インテュイティブ・マシーンズ)による民間月着陸船など、さらに4つの月探査ミッションが予定されています。
この再燃した月への関心は、冷戦時の米ソ間の対立関係の域をはるかに超えたものです。
それどころか今回の関心は月面に長期的な駐留拠点を築くことに関係していて、官民両方が月の資源と高まる宇宙での商業的利益を求めようとしています。
そこにあるのは月面に旗を立てるための2つの国家間の競争というより、月の経済圏を築くことを目指す安定したペースのマラソン。
月の経済圏は、夜空で最も目立つ天体を一変させるポテンシャルを有し、さらには宇宙のグローバルリーダーとしてのアメリカの治世を終わらせる潜在性も秘めています。
宇宙開発競争は米中間に存在する?
1950年代後半、アメリカとソ連は、どちらが宇宙飛行士を月面に降り立たせる技術的手段を持っているか競争しました。
ジョン・F・ケネディ大統領は、「我々は月に行くことを選択する」と述べたかの有名な1962年のライス大学での演説を通して、合衆国は宇宙探査におけるグローバルリーダーとしての地位を確立する必要があると主張。その当時、どちらが先に月に到達するかはかなり明白だったのです。
アリゾナ大学で天文学を教えるChristopher Impey教授は、「実際のところ、アポロ月面競争は接戦ではありませんでした」と米Gizmodoとの電話取材で教えてくれました。「その競争はアメリカが勝ち、その当時ロシアは同じ土俵に立ててもいませんでした」とのこと。
月への1度目の競争は、政治的な文脈から生じたものです。Impey教授はこう補足します。
「新たな競争には、もっと多くの、異なるタイプのプレーヤーがいます。
政治的な対立の文脈も違っていて、米ソの抗争が米中に置き換わっています」
2013年、中国は嫦娥(じょうが)3号で月面着陸を成功させた3つ目の国となりました。中国は世界的な宇宙開発競争には出遅れたかもしれませんが、その遅れを確実に取り戻しています。
最初の月へのタッチダウンを果たしてから、嫦娥4号は2019年1月に史上初めて月の裏側に安全に着陸した月探査機となりました。そして2020年12月には、後継の嫦娥5号が月面から地球へとサンプルを持ち帰っています。
今度の嫦娥6号は2024年5月に打ち上げが予定されていて、月の裏側からのサンプルを持ち帰る計画です。
中国は2030年までに宇宙飛行士を月面着陸させる計画と、月上に恒久的な基地を建設する計画で、精力的に月探査プログラムを前進させています。
2021年には、中国とロシアの共同プロジェクトとして国際月面研究ステーション(ILRS)が発表され、後にアラブ首長国連邦やパキスタンなど他の国々も加わっています。
ロシアはかつて宇宙開発競争では米国の主な競争相手だったものの、その後は著しく遅れを取っています。月の南極に着陸しようというロシアの試みは、8月19日に月面への衝突で終わりを迎えました。
「ロシアがどんな形で中国との協力関係に貢献するのかはまだ分かりませんが、中国の方がはるかに優れたパートナーです」と、Impey教授はコメントしています。
中国は宇宙計画という点では多くの国々よりも進歩しているかもしれませんが、競争のこんなにも遅いタイミングで本当に米国と闘えるのでしょうか?
宇宙産業の背後にある数字を注視してきた、ボストン大学クエストロム・スクール・オブ・ビジネスの経済学者Jay Zagorsky氏は、米国の勢いが衰えてきているかもしれないと気付きました。
国内総生産(GDP)を記録するアメリカ合衆国商務省経済分析局は、2012年から2021年にかけて宇宙経済のモニタリングを始めました。そのデータから、米国経済における宇宙のシェアが減っていると判明。その9年間を通して宇宙セクターの実質総生産高は、経済全般の5%と比べ、平均して年に3%の成長だったのです。
米国内で宇宙産業についての話題や民間企業の導入が増えているにもかかわらず、宇宙セクターは他の経済セクターほどのスピードでは伸びていません。
Zagrosky氏は米Gizmodoの電話取材の中で述べていました。
「ニュースの見出しだけを読んでいれば『宇宙関係は絶好調なんだな』と思うでしょう。しかし、経済学者としては、『宇宙関係は絶不調だな』と思いますね」
7月に、NASAの予算を管轄する上院歳出小委員会が公開した2024年度のNASA予算案は、同宇宙局に253.67億ドル(約3兆7400億円)を割り当てるというものでした。
その歳出法案はNASAが2023年に受け取った253.84億ドルからわずかに切り詰めた予算額であり、バイデン政権が次年度のために要求した272億ドル(4兆200億円)から大きくカットされています。
他の国々が宇宙関連に費やせる金額はそれほど多くないかもしれませんが、各国は宇宙関連の予算を徐々に増やしています。
Zagrosky氏は言います。
「合衆国は勢いを落としているように見えることがあります。確かに今の米国の宇宙経済は世界最大規模ですが、そのトップの座は保証されたものではありません」
宇宙競争の民間プレーヤー
このたび月へと競っているのは国家だけではなく、さらに多くの商業ベンチャーも今起きている宇宙開発競争に参入しようとしています。
SpaceX(スペースX)やBlue Origin(ブルー・オリジン)といった民間企業が、月へ向かうアルテミス計画の一部を遂行するためにNASAと提携中。このような民間プレーヤーはひとたび月面に着けば、それぞれの長期的な計画があるのです。
米Gizmodoの電話取材に、Network for Exploration and Space Scienceの責任者兼主任研究者Jack Burns氏はこう語っています。
「ある意味では、これは宇宙開発競争だと考えられると思いますが、1960年代や70年代の宇宙競争とは非常に異なるものです。
今は(無人の)着陸機を少なくとも月に降ろすことができる民間企業各社が存在します。テクノロジーが進化したので、こういったことを50年前に想像していたよりも安く実行できるわけです」
テキサス州を本拠地とするIntuitive Machines社は、11月に打ち上げが予定されている同社のNova-C月着陸機で、月面着陸を果たす初の民間宇宙ベンチャーになることを望んでいます。 この月着陸機は、NASAが商業月面輸送サービス(CLPS)の一環として同社に7750万ドル(約114億円)の契約を発注した2019年から開発されてきました。
Nova-CはNASAのペイロード5つを月面へ運び、将来の月への有人ミッションにとって有用となりそうな科学データを収集するため地球時間にして14日間稼働するそう。
別の民間企業、Astrobotic Technology(アストロボティック・テクノロジー)も、NASAの商業パートナーとして自社開発の月着陸機を準備中です。
月にペイロードを届けるのは、あくまで初期段階。ロボティクスと有人ミッション両方のために月面へのアクセスが増えれば、科学的リサーチの機会が広がるだけでなく、鉱物資源の採鉱や月面ツーリズムの確立によって、月の産業的利用が可能になります。
国防高等研究計画局(DARPA)は、8月に今後10年で月を中心とする経済圏を構築するのに役立ちそうな技術やインフラコンセプトのアイデアを民間企業から求める7カ月の調査を開始しました。
その前にはNASAの科学者たちが、この10年以内の月面採掘の可能性を探る計画を明らかにしており、掘削マシンで水、鉄やレアメタルといった資源が抽出されるかもしれません。
Burns氏は言います。
「10年か20年後には月面で仕事をしていて、そこで行なわれる事業のある民間企業をいくつも見られるでしょう。私たちはこの方針で進んでいて、そう続けていくんだと思います」
月の商業化とは別に、現在進められている月面再訪という目標は太陽系の別の天体とも関係があります。未来の宇宙飛行士たちは、月を火星に到達するための訓練場として使って、別の天体にある居住環境での暮らし方と働き方を学ぶことができます。
そういった意味で、月は火星への重要な足掛かりとなります。
Burns氏は、「私たちは学んでいるのは探査、採鉱、そして資源の測量などを月面で行なう方法で、どれも火星への次のステップを続けるために必要とされることです」と言っていました。
月の資源を巡って闘っているの?
このようにさまざまなプレーヤーがこぞって月に向かっていってますが、皆に行き渡るほど月資源は十分にあるのでしょうか?
2020年にNASAは、凍った状態の水が蓄えられている永久影が、かつて考えられていたよりもずっと広く月の表面に散らばっているという研究結果を発表しています。
Impey教授は言います。
「水が重要な材料なのは、その凍った水を呼吸するための酸素に変えられ、水素を分離してロケット用の燃料を生成できるからです。
ですから、地球からそういったものを引っ張ってくる必要はありません。巨額のコストがかかりますしね」
再燃した月への関心は、このような氷水の貯蔵庫が存在すると考えられている南極地方に主に集中しています。
NASAはアルテミス3号の宇宙飛行士たちを南極に降り立たせたいと考えていますが、中国も有人月面着陸では同じ地域に目を向けています。
NASAのビル・ネルソン長官は、中国が貴重な資源を奪おうとするのではないかと恐れて、月に到達しようとする同国の取り組みについて頻繁に言及しています。
8月に行なわれた記者会見ではこう言っています。
「地球上での中国政府の行動をご存じでしょう。彼らは南シナ海にある各国間の島々を求め、領有を主張し、そこに軍用の滑走路を建設しています。
ですから、中国が宇宙飛行士とともに南極に一番乗りして、『我々のものだ、入るな』というのは望まないわけです」
アルテミス計画のためにしろ、国際宇宙ステーション(ISS)のためにしろ、NASAは欧州宇宙機関(ESA)、カナダ、日本などと協力してきました。「したがって現在宇宙関係で米国が提携していない唯一の国が中国なんです」とBurns氏は説明していました。
「その点は今日のパワーポリティクスと関係していますが、米中間に競争が存在するという意味になるでしょうか? 私に言わせればノー。どちらの国も宇宙開発を競争と見なしているとは思えないからです。
どちらの国も各々のペースで進めていて、必ずしも相手が引き金になっているわけではありません」
今日の時点では、地上で両国を統制していたのと同じように、宇宙で両国を統制する法律は存在しません。
Impey教授は言います。
「このすべての背景にあるのは、国々に適用される宇宙法がないため、月面が無法な西部開拓時代のようになっている点です」
月の大きさは地球の4分の1ほど。それでも十分に巨大な天体ですが、地球上の資源を巡る闘いは同じルールが適用されない月にまで及ぶ可能性があります。
Impey教授は、「資源の所有権はありません。ですから、誰にでも手に入れるチャンスはあるってことです。月そのものをね」と続けていました。
Source: the Guardian, THE HILL, npr, SpaceNews, NASA, Astrobotic, ABS-CBN,