Appleの Vision Pro のファッション業界における活用法の可能性:別次元のキャットウォーク体験やVIP顧客へのリーチ

DIGIDAY

6月5日のApple Conferenceで初めて公開されたApple Vision Proヘッドセットは、ウェアラブル分野に革新をもたらすものだ。Meta(メタ)やSnap(スナップ)などの企業が提供している不格好なヘッドセットやメガネによってこの分野は停滞していた。しかし、ファッション業界の専門家は、2024年の初ローンチから将来にかけてこの新しいヘッドセットの用途の可能性に対して期待を抱いている。

没入型体験を支える「空間コンピューティング」デバイス

このヘッドセットはスキーゴーグル型の機器で、価格は3499ドル(約49万円)。複合現実体験にもっとも没入できる手段として位置付けられている。Apple Conferenceでのプレゼンテーションでは生産性と接続を促進する機能に特に重点が置かれており、複数の仮想ウィンドウと手の動きによる簡単な操作のデモンストレーションが行われた。

「Appleはプレゼンテーション中に、AR、VR、メタバースという用語を一度も使わなかった。代わりに『空間コンピューティング』という表現を使い、Apple独自の方法でこのテーマに関する会話をリセットした」と述べているのは、Web3プラットフォーム、モヒート(Mojito)のオペレーション担当副社長、カミラ・マクファーランド氏だ。メタバースとイマーシブリアリティは、Metaの精彩を欠いたメタバースのローンチに起因する否定的な意味合いにより説明するのが難しい用語になっている。マクファーランド氏は、プラダ(Prada)、サザビーズ(Sotheby’s)、ジバンシィ(Givenchy)と協働し、Web3と没入型エクスペリエンスへの拡大に取り組んでいる。「用語はさておき、消費者にとって、デジタルにもっと没入できる未来の実現が重要であることは変わらない。ブランドにとっては、デジタル没入型エクスペリエンスとデジタル製品戦略を持つことが今後ますます重要になるだろう」。

ブランドと消費者にとっての可能性

ヘッドセットの発表とともに、AppleはAI支援のアバター作成ツールを披露した。このツールを使うと写真のようにリアルなアバターを作ることができるようになる。マンガのようなアバターが好まれているMetaでは取り入れられていないものだ。戦略スタジオ、ボーディシャス(Bodacious)の創業者、ゾーイ・スキャマン氏は「Vision Proによって、自分のアバターを作ったり、自分によく似た体にいろいろなデザイナーのアイテムを組み合わせて外見を作れる可能性が拡がる」と語っている。ボーディシャスはファンダムやエンターテイメントのプロジェクトでナイキ(Nike)やAmazon Fashionと協働している。

プレゼンテーションではブランド体験に関する可能性にもフォーカスされた。最初のパートナーシップとして、Appleはディズニー(Disney)と提携し、没入型コンテンツによりディズニーの映画やシリーズ、ほかのDisney+製品に命が吹き込まれるという。その例には、自宅で、ミッキーマウスがリビングルームを飛び回ったり、『スター・ウォーズ』の世界に足を踏み入れられることが挙げられる。ファッションについて直接言及されなかったものの、この提携により、ファッションブランドがAppleと協力してIPを活用し、より没入型の体験を生み出す方法が示唆されている。

「現在のラグジュアリー購入客からは、ブランドIPとのすべてのやりとりがeコマースをはるかに超えた体験であることが期待されている」と述べているのは、ブレイク・レゼンスキー氏だ。彼は、ファーフェッチ(Farfetch)のWeb3アクセラレータープログラムであるドリームアセンブリーベースキャンプ(Dream Assembly Base Camp)のアウトライアーベンチャーズ(Outlier Ventures)側の投資家兼プログラムディレクターである。Roblox(ロブロックス)でのグッチガーデン(Gucci Garden)やバーバリー(Burberry)のモバイルシャークゲームから、メタバースファッションウィークにおいてディセントラランド(Decentraland)で業界が行ったいろいろな試みまで、ブランドは自社の製品を超えてIPを活用し、顧客にとって有意義な体験を生み出すことを恐れてはいない。

ファッションイノベーションエージェンシー(Fashion Innovation Agency)の責任者、マシュー・ドリンクウォーター氏は、「Visionヘッドセットを使ってボリューメトリックビデオを観れば、自宅でまったく異なるキャットウォーク体験を思い描くことができる」と語っている。ファッションイノベーションエージェンシーは、複数のカメラとセンサーを使い、ヘッドセットと連携できる技術であるボリューメトリックキャプチャにより、AI生成のキャットウォークプロジェクトを最近完成したところだ。「デザイナーやブランドの観点から見ると、どんな環境も自分の周りでもっと没入的にすることができる」。

サイトをスクロールする形式ではエクスペリエンスが静的になってしまっているが、もっと直接的な用途によってeコマースにも影響が及ぶかもしれない。ヘッドセットや、オブセス(Obsess)のような仮想ショッピングプラットフォームにより、ブランドがさらに没入感を高められる可能性がある。

ディメンションスタジオ(Dimension Studios)の創業者、サイモン・ウィンザー氏は、ファッションへの可能性について、「このヘッドセットを使うと、オンラインで衣服のカタログを見て興味のある商品を選んで、商品を回転させたり、フォトリアリアルな3Dレンダリングを使ったりして、購入できるようになる」と述べている。ディメンションスタジオは、エヴァ・ヘルツィゴワ氏のアバターや、ナイキやバレンシアガ(Balenciaga)の立体プロジェクトに関与している。

インスティテュート・オブ・デジタルファッション(Institute of Digital Fashion)やザ・ファブリカント(The Fabricant)などのWeb3ブランドは、Appleがヘッドセットに統合したリアルタイム3D開発プラットフォームであるユニティ(Unity)をすでに試しているところである。

Web3投資会社ファーストライト(First Light)のマネージングディレクターであり、初の分散型自律ファッション組織、レッドDAO(Red DAO)の創設メンバーでもあるメーガン・カスパー氏は、ヘッドセットを活用して次世代のファッションデザイナーを支援したいと述べている。「レッドDAOでは、このツールを使って構築したりARを試したりしたいデジタルファッションデザイナーを対象に募集を行う予定だ。募集後に、デバイスを5台購入してデジタルファッションデザイナー5人に渡して、そのツールを使った制作プロセスをサポートする。このテクノロジーと空間コンピューティングを利用して、デザイナーはデジタル環境を活用して、素晴らしい作品を制作できるようになる」。

ラグジュアリーブランドによるさまざまな用途

しかし、(ヘッドセットの)価格が非常に高いため、もっともありうるのはラグジュアリー分野での利用だろう。

カスパー氏は「ラグジュアリーブランドとの会話から、これをブランドは消費者ツールというよりは製品ツールのように考えているようだ」と語っている。同氏は、現在、ルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)と同社のNFTトランクプロジェクトに取り組んでいる。各「フィジタル」NFTトランクの価格は3.9万ドル(約547万円)だという。

カスパー氏は「超ラグジュアリーなメゾンと協働していたら、(そのブランドは)従業員のために(ヘッドセットを)注文して、全員がデスクトップの代わりにヘッドセットを使えるようにすると冗談を言っていた」と付け加える。Appleは、価格を非常に高く設定して、ユーザーがヘッドセットのみを使うメリットを謳っているため、専門家の中にはMacbookがVision Proの主な競合品になると予想している人もいる。フラットスクリーンと比較して、ヘッドセットを使えば没入型プロジェクトをもっとにシームレスに管理できるようになるだろう。

カスパー氏によると、ラグジュアリーブランドはヘッドセットをワークフローと物理的な商品の作成の両方の効率を高めるために社内で使用できるツールとして考えているという。たとえば、物理的なサンプルができる前に製品をテスト・製造するためにデジタル環境を使うことができ、それによってコストと素材の使用量を削減できる。ラグジュアリーブランドは、データとブロックチェーンを最大限に活用するために、また、サプライチェーンを強化するために、テクノロジーをますます採用している。

Appleのヘッドセットは、プライベートコンシェルジュや顧客サービスを通じてVIP顧客にリーチするためにも使える可能性がある。「LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)やケリング(Kering)のような企業は、自社の全ブランドに対応できるVisionヘッドセット向けのパーソナルコンシェルジュを構築することになるだろう」とスキャマン氏は予測する。「それによって、パーソナルショッパー体験が自宅で可能になる」。

たとえば、ラグジュアリー小売分野では、グッチがグッチガーデンで行ったことをIRLで構築できる可能性がある。「(最終的には)ミラノのグッチの最新店舗へ行き、店内を歩き回ったりして、直に体験することができるだろう」とスキャマン氏。「ラックにかかっている服を見たり、ゲームをしたり、グッチのパーソナライズされたデジタルアドベンチャーに出かけることもできる。ヘッドセットを使えば、デザイナーは、Robloxのような外部プラットフォームではなく、自社の(プラットフォームなどの)スペースで自社店舗に命を吹き込むことができるだろう」。

[原文:How the fashion industry will use Apple’s Vision Pro headset

ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)

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