もし、 Google がアドテク事業を分離したら?——誰にも買えないにしても

DIGIDAY

Googleの親会社であるアルファベット(Alphabet)は、かねてより米司法省にアドテク事業の再編案を提示していると報じられていたが、どうやら同省はこの提案を拒否するもようだ。関係筋の大半は業界全体に変化の波が及ぶと見ている。そこで米DIGIDAYは関連する諸々の数字を精査し、起こりうる結末を分析した。

アルファベットのみならず、Amazon、Apple、メタ(Meta)ら、インターネット業界の巨大企業は、各地の規制当局から非難の矛先を向けられ、民間市場としてはかつてないほど深刻な課題を突きつけられている。

Googleの親会社は(米国内で懸念される複数の反トラスト法訴訟を回避する策として)、アドテク事業を本体から切り離し、アルファベット傘下に独立した部門として配置するという提案をおこなっていたが、先週、司法省はこの提案を拒否するだろうと報じられた。

当初は匿名筋の情報として伝えられたが、業界の著名人たちからはすぐさま非難の声(下の投稿を参照)があがった。そこでまず、広告業界の人々がGoogleに対して抱く怒りや不満を振り返ってみよう。

Dina Srinivasan
ー外出先なので、手短に。
(分割提案は)無意味だ。事業を隔てる構造的な分離も、倫理的な壁もない。
私たちはほかの市場で同じような「救済案」を目にしている。
不十分な提案で、100%失敗する。なぜ、Googleはそんなオファーをしているのか。

Googleが反感を買う理由

この10年で、デジタルは広告媒体予算に占める単独で最大のチャネルに成長した。そしてこの分野の最大のプレイヤーは間違いなくGoogleである。どんな世界でもいえることだが、これだけの栄華を極めれば、その過程で誰の反感も買わないというのはまずありえない

コンサルティング会社のスパロウアドバイザーズ(Sparrow Advisers)で共同創業者のひとりに名を連ねるアナ・ミルセヴィッチ氏は、2010年代の初頭から半ばにかけてのアドテク業界を「西部開拓時代」になぞらえる。確かにこの時期、アドテクは急速に普及したが、運用の実態はほとんど知られていなかった。さ

らにミルセヴィッチ氏は、Googleがそれ以前の10年間におこなった数十億ドル規模の投資(31億ドルを投じたダブルクリック[DoubleClick]の買収は特筆に値する)をテコに、メディア業界屈指の巨大企業にのし上がったのもこの時代だと述べている。

このゴールドラッシュと並行して、各国の政府当局はマーケティング業界における個人データの使用について精査し(増大するGoogleの支配力はいうまでもなく)、その結果、EUの一般データ保護規則(GDPR)のような法律が制定された。

さすがにこの部門でもっともリソースに恵まれた企業である。Googleは後の展開を予見し、その悪影響を回避するべく手を打ったが、それも同業他社の反感を呼ぶことになった。

Googleに対する怒りや不満

たとえば、Googleは2015年にそれまでの方針を変更し、YouTubeの広告在庫はGoogleのアドテクツールを使用する場合に限って購入可能と発表した。これ以降、サードパーティのDSPではYouTube広告の買い付けができなくなった。

この方針転換について、当時の競合他社、たとえばアップネクサス(AppNexus)やチューブモーグル(TubeMogul)のベテラン幹部は、Googleとまともに競争するという現実的な期待が打ち砕かれた瞬間だったと振り返る。

興味深いことに、伝えられるところによると、Googleは最近、EUの競争当局にひとつの和解案としてこの方針を再度転換し、競合する広告プラットフォームにYouTubeを解放すると申し出たという。EUの規制当局からの返答はまだない。

同様に、Googleにはヘッダー入札の普及を妨害しようとしているとの非難もある。Googleのパブリッシャー向けのアドサーバー、いわゆるDFP(DoubleClick for Publishers)は非常に高い普及率を誇り、これによってGoogleのアドエクスチェンジ(AdX)は、パブリッシャーの広告在庫に対して強い支配力を享受している。ヘッダー入札はこのGoogleの優位に対抗するための、業界をあげての取り組みでもある。

プライバシー規制を利用して私腹を肥やしている?

Googleはここ数カ月、Googleアドマネージャーがヘッダー入札に対応している点を強調するのに腐心してきた。しかし、Facebookが計画していたヘッダー入札を「プロジェクトバーナンキ」という取り決めを通じて棚上げさせる極秘の取引が露見するや(Googleはこの疑惑を否定しているが)、またも怨嗟の声が上がった。

さらに、2018年にGDPRが施行されると、Googleはバイサイドのアドサーバーにデータロールバックを実装した。これは競合するアドテク企業がマーケターにアトリビューションツールを売り込むのを妨げるような行為である。一部には、これこそGoogleがプライバシー規制を利用して私腹を肥やしている証拠だと見る向きもあり、Chromeブラウザに関する変更案も同様の批判にさらされる可能性は否めない。

Googleに対するこうした懸念は英国の規制当局を動かすまでに膨らみ、たとえば同国の競争・市場庁(Competition and Markets Authority:CMA)などは、Googleが主導するプライバシーサンドボックス構想について、より大きな発言力を認めさせたほどだ。

さらに、CMAは同局と合意したポリシーはすべてグローバルに展開することをGoogleに確約させる一方で、米国の反トラスト法訴訟の動きに同調して、自己優遇との批判を受けているGoogleのアドテクについて独自の調査も開始している

TPAデジタル(TPA Digital)のウェイン・ブロッドウェル最高経営責任者(CEO)は、同社のクライアント(主に、オンラインでの予算の使われ方について、より高い透明性を求めるマーケターたち)の多くが懸念を抱いていると、米DIGIDAYに語っている。

ブロッドウェル氏は「間接的な情報ではあるが、Googleのアドテクを使用すると、Googleからより多くのメディアを買い付けがちになると聞く」と述べている。「それが良いか悪いかは別として、(一部のマーケターのあいだに)懸念があることは確かだ。そして一般論ではあるが、(すべてGoogleのアドテクで実施するほうが)何かと便利ではある」。

Googleのアドテク事業とその評価額

Googleのアドスタックの構造は複層的で複雑だ。各ツール間の関わり合いや相互依存、個々のツールが競合ベンダーと相互運用可能であるか否か、さらには業績に対する各種ツールの寄与度など、さまざまな要素がGoogleのアドテク事業の評価を難しくしている。

Googleの2021年通年の業績開示によると、総広告収入は2095億ドル(約27兆円)で、そのうち「ネットワーク広告収入」が314億ドル(約4兆円)を占めている。親会社のアルファベットは「ネットワーク広告収入」について、AdMob、AdSense、およびGoogleアドマネージャーの各種ツールで稼ぎ出す収入と説明している。

コンサルティング会社のレモネードプロジェクツ(Lemonade Projects)でプログラマティックエコノミストの肩書きを持つトム・トリスカリ氏によると、Googleのバイサイドおよびセルサイドのアドサーバーツール、サプライサイドのAdX、さらにはDSP DV 360などの資産も、当局の調査対象となる可能性が高いという。

「実際の数字の内訳が分からないので、モデル化する必要がある」とトリスカリ氏は話す。今年最初の四半期にこれら4種のツールで稼ぎ出す売上高は推定で81億ドル(約1兆円)。その後の成長予測を加味すると、通年の総売上高は400億ドル(約5兆2000万円)前後になると、トリスカリ氏は予測している。

誰がそんな金を出せるのだ?

レモネードプロジェクツのトリスカリ氏は、さらにモデリングをおこない、これらを統合した際の評価額を1000億ドル(約13兆円)から1500億ドル(約19兆円)あたりと見積もった。答えよりも問いを生む、桁外れの評価額である。複数の関係者をして「誰がそんな金を出せるというのか?」といわせるような数字だ。

「たとえば、AdX、両アドサーバー、DV360を切り売りするとしよう。DV360だけでも100億ドル(約1兆3000万円)はくだらない」とトリスカリ氏は指摘する。「たとえばDV360を、業界2番手のDSPであるトレードデスク(The Trade Desk:時価総額は約200億ドル[約2兆6000万円])が最高値で落札したとして、実際にこれを買うだけの資金力があるのだろうか」。

その反面、Googleのアドテク要素を検索などの中核事業から切り離すと、広告サーバー、DSP、SSPなどの価値提案が著しく損なわれる可能性があるともトリスカリ氏は述べている。「GoogleのオーディエンスIDにアクセスできないとすれば、これらの価値はどうなるのか。[アンドロイド、Gmail、検索、YouTubeなどの]決定論的なオーディエンスは、Googleのウォールドガーデン内部で結合組織の役割を果たすものであり、その価値の源泉でもある」。

今後の見通しは?

米DIGIDAYが話を聞いた関係者たちは例外なくこう主張した。「Googleが資産の一部を切り離す見通しはほぼ確実だ。アドテクは概して利益率が低く、プライバシーに関する懸念があるため、売却候補にあがる可能性が高い」。

リバティスカイアドバイザーズ(Leberty Sky Advisors)の株式調査アナリスト、イアン・ウィタカー氏は、このような資産の売却を提案するのは、Googleの中核事業である検索サービスを守るための策である可能性が高いと見ている。アルファベットは2022年第1四半期に547億ドルの広告収入を計上しているが、そのうちの396億ドル(約5兆円)を検索サービスが稼ぎ出しており、Googleが最大の市場優位を誇るセクターであることは間違いない。

スパロウアドバイザーズのミルセヴィッチ氏は、こうした事業部門の売却は、アルファベットと米規制当局が合意に達した結果に起こることであり、強制的な分割とはならないだろうと見ている。地政学的な状況やTikTokのようなプレイヤーの台頭を考えれば、その公算は特に高いという。

そしてミルセヴィッチ氏はさらにこう言い添えた。「Googleは先手を打ってこのような提案をおこなっていると思う。米国のシステムが紛争よりも合意の形成に向きがちなことを、彼らはよく知っている。誰も裁判を起こしたり、問題を長期化させたりしたくはない。『アメリカのイノベーションを生むガチョウを撃つな、いまや我々は他国との競争にさらされているのだから』、ということだろう」。

投資銀行ルーマパートナーズ(LUMA Partners)のテレンス・カワジャCEOは、「アルファベットは小出しの交渉を続けるかもしれない」と米DIGIDAYに語っている。AdXをはじめ、Google帝国の構成要素を切り売りする一方で、DV360やDFPなど、残りの資産を棚上げする狙いかもしれないというのが同氏の見立てだ。

スピンオフかカーブアウトか?

情報筋の大半は、アドテク資産を単一の事業体としてスピンオフまたはカーブアウトして、将来的に上場することがもっとも現実的な選択肢だろうとみている。

近年、プライベートエクイティ(PE)ファンドはアドテク買収の常連となっているが、評価額が巨額にのぼる可能性を考えれば、Googleの広告帝国全体はおろか、その一部でさえ、彼らPEにもおいそれと扱えるものではない。

リバティスカイアドバイザーズのウィタカー氏はこう話す。「単体であれば、Googleとスピンオフ事業のあいだのシナジーはなくなるため、評価額にも一定の影響が及ぶだろう。だがたとえ単体のレベル(100億ドル[約1兆3000万円]かそれ以上)であっても、PEの食指が動くことはないだろう」。

そして同氏はこう続けた。「PEがそのような大金をひとつの取引に投じることは考えられない。巨大な複合企業でさえ、簡単に乗れる話ではないだろう。やはり単体の事業として扱う可能性が高い」。

ルーマのカワジャ氏もこんな結論を述べている。「カーブアウトしかない。単一の事業を既存の株主に売却し、経営陣はGoogleと別にする。最大手のPEでさえこの取引を成立させる資金力がないのだから、それが唯一合理的な選択肢だろう」。

[原文:What if… Google parts ways with its ad stack?

Marty Swant(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)

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