一日中休みなく働いていたはずなのに、終わってみると満足感どころか疲労とフラストレーションだけが残る。忙しかった一日の後に、何も達成できていないような気がする。そんな日を体験したことはないだろうか。
そんな経験があるのはあなただけではない。多くの人が経験するこの状態は、いまや――「デジタル負債(digital debt、デジタルのコミュニケーション疲れの意)」と呼ばれている。
現代の労働者は、増え続けるデジタルコミュニケーションの山に埋もれている。メールやチャットプラットフォーム、ビデオミーティング、その他のデジタル通知……。我々が毎日消費し、反応しなければならないデジタル情報とコミュニケーションの量は圧倒的だ。
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これが働く人々を「デジタル負債」に陥れている。マイクロソフト(Microsoft)の新たなレポートによれば、仕事において、絶えず連絡や準備をしなければならない状況が、深い思考、クリエイティビティ、そして実際の仕事から時間を奪っているという。
――デスクワーカーが置かれている状況は?
デスクワーカーは長い間、メールで溢れかえる受信ボックスに苦しんできたが、パンデミックとハイブリッドワークを通して、過度のコミュニケーションが生産性を損ない、従業員の仕事効率を妨げることを浮き彫りにしている。
マイクロソフト自身が提供する365シリーズのアプリでは、労働者は平均して仕事時間のほぼ3分の2(57%)をコミュニケーションに費やしているという。これにはビデオや音声会議、メールやチャットメッセージが含まれる。残りの時間は、文書作成、スプレッドシート、プレゼンテーションの作業に費やされる。そしてマイクロソフトの研究者たちは、これが従業員だけでなくビジネスにも悪影響を及ぼすと結論付けている。
「人々に「今日は何をした?」と聞くと、彼らは「ああ、素晴らしい日だったよ、メールの80%を処理したんだ」と答える」と、マンチェスター大学の組織心理学と健康の教授であるキャリー・クーパー氏は言った。
「でも実際に何をしたのか? 何を開発したのか? 未来の製品やサービスのためのアイデアはどれくらい出せたのか? 考える時間はあるのか?、という疑問が出てくる」とクーパー氏は語った。
――なぜそれが問題なのか?
デジタル負債対応に時間を過度に費やしてしまうと、仕事の内容を振り返ったり、批判的に考えたり、創造的で革新的な新しいアイデアを思いつく時間やエネルギーがほとんど残らない。
マイクロソフトの調査に参加した労働者の64%(2月から3月までの間に収集された3万人以上の回答を含む)は、仕事をするための時間とエネルギーを見つけるのに苦労していると答えた。
これらの労働者は、戦略的な思考や革新にも3倍苦労する可能性が高い。彼らの上司であるマネージャーたちもこの状況に気づいている。60%以上のリーダー職につく人々が、チームの革新や画期的なアイデアの欠如を、大きくなりつつある懸念事項として報告した。
新型コロナウイルスのパンデミックがピークを迎えた時、リモートワークが多くの職場において強制された。そのことがデスクベースの労働者のほとんどにとって、デジタル技術の使用と依存を加速させた。労働者が突如として散らばって勤務することになり、デフォルトとして物理的なオフィスに集まって働くことがなくなったため、デジタルチャネルを通じた効果的なコミュニケーションは不可欠だった。しかし、この加速によってデジタルコミュニケーション自体が人々の仕事の一日の中心部分となるという不均衡を引き起こしている。
燃え尽き症候群についての懸念は継続して存在している中、過度なコミュニケーションはまた、人々の仕事におけるストレスを増やす可能性がある。
動画コミュニケーション・プラットフォームのルーム(Loom)の別の調査(全米の成人1500人からの回答を含む)によれば、労働者の45%がコミュニケーションが仕事の中でもっとも精神的に負担のかかる部分だと言い、55%がコミュニケーションのストレスにより、仕事中に精神的な休憩が必要だと答えている。
――デジタル負債に対応するためにどのような手段が取られているのか?
過剰な職場コミュニケーション、特に仕事時間外の過剰な職場コミュニケーションはフランスが2017年に「接続を切る権利(Right to Disconnect)」法を通過するきっかけとなった。これはマネージャーが仕事時間外に従業員に連絡することを禁じ、ルールを守らない企業に罰金を科す法律だ。
その後、ポルトガル、スペイン、ベルギーなどの他の欧州諸国も同様の法律を制定した。
しかし、これらの規則は労働者を保護する意図で作られているものの、リモートやハイブリッド体制が持つ柔軟性を損なってしまうリスクもある。たとえば、通常は遅い時間に仕事をすることが多い働く母親などがそれだ、とクーパー氏は指摘した。
――ではコミュニケーションの柔軟性を維持しつつ、対応する方法はないのか?
クーパー氏によると、イギリスの多くの企業が、労働者が報告する過負荷とストレスを抑制するために、コミュニケーションとメールエチケットに関する自社のガイダンスとポリシーを出し始めているという。
そのひとつが、同じ建物にいる人にはメールを送らずに、直接問題を話し合うようにするというポリシーだ。もうひとつは、メールで他の人をCCにするのを最小限に抑え、2人から3人に制限するというものだ。
さらに、仕事の安全性や個人的な関係に関わる重要な人事問題を解決するときは、できるだけZoomミーティングを避け、対面での会議を持つことも、重要なポリシーとなっている。
いくつかの企業はさらに一歩進んで、ビデオ会議を完全に禁止したり、削減したりしており、大きな生産性の向上を報告している。
ハイブリッド体制を敷いている企業やオフィス復帰を計画している企業は、どのような仕事を一緒に行い、何を個人で行うべきかを具体的に決定する必要がある。これは、コミュニケーションの問題を抑え、プロジェクトやその他のタスクに集中する時間を保持するためだ、とルームのCOOであるアニーク・ドラムライト氏が語った。
スラック(Slack)やマイクロソフト・チーム(Microsoft Teams)のようなチャットツールは、最初は非同期ツールとして見られていた。しかし、同僚に対する迅速な応答や可用性に対する不安から、これらはより同期的なものとなっている、とドラムライト氏は述べた。
「同期的か非同期的かについて意見を持つことは確かに重要だ」とドラムライト氏は語った。
――AIによる「業務代行」がこの問題を解決できるか?
AIが今後、人々の働き方にどのような影響を与えるかは、まだ不確定だ。それでも、新しいツールが労働者がデジタル負債の対応に費やす時間を減らす可能性を見せている。
AIこそがデジタル負債の解決策となる、と考えているのがマイクロソフトだ。「新世代のAIは、仕事の雑務を取り除き、創造性を解放するだろう」と、マイクロソフトの会長兼CEOであるサティア・ナデラ氏は5月9日に発表された同社の「労働トレンド指標(Work Trend Index)」年次報告書で述べた。「AIがパワーを発揮するツールは、デジタル負債の軽減、AI能力の向上、そして従業員のエンパワメントといった、巨大な機会を提供するだろう」と彼は付け加えた。
ChatGPTのようなツールはすでにメールや他のコミュニケーションの草案作成を支援できるが、まだ不完全だ。時折、不正確な反応を提供したり、AIの「幻覚」を引き起こすことがある。
マイクロソフトは最近、365コパイロット(365 Copilot)プレビューへのアクセスを拡大すると発表した。これは、AIツールをそのアプリケーションに統合し、より多くの管理作業を自動化する製品だ。
マイクロソフトの調査に回答した人々の約49%がAIが彼らの仕事を置き換えることを心配していると述べたが、70%は可能な限り多くの作業をAIに委任して仕事量を軽減しようとするだろうと述べた。
時間が経つにつれて、「AIは我々がノイズにまみれることなく正確なコミュニケーションに焦点を当てるのを助け、あまり重要でないコミュニケーションを要約するだろう」と、コラボラティブなワーク管理プラットフォーム、ワイク(Wrike)のCEOであり創設者であるアンドリュー・フィレフ氏は語った。
[原文:WTF is a worker’s ‘digital debt’ and can AI help fix it?]
Hailey Mensik(翻訳:塚本 紺、編集:分島翔平)