広告業界の一隅ではWeb3に対する関心が薄れているようだが、メディアエージェンシーたちはクライアントアクティベーションやデータマネジメントなど、新たな切り口でWeb3への投資を続けている。
メタバースはWeb3の可能性の一端に過ぎない。しかしここ最近、ディズニーやメタを含む一部の企業では、メタバース事業からの撤退やメタバース部門の解体などが相次ぎ、ほんの1年前はイノベーションの寵児とまでいわれたWeb3に一抹の暗雲が兆している。ところが、エージェンシーたちによると、一時の熱狂が冷め、経済が低迷に向かうなかでも、クライアントはWeb3関連のツールやエクスペリエンスの試験運用または活用に意欲的だという。
「先進分野では流行り廃りはいつものこと」
メディアモンクス(Media.Monks)でイノベーションの最高責任者を務めるヘンリー・カウリング氏は、「先進技術分野ではこうした流行り廃りはいつものことだ」と話す。「メディアモンクスでも、メタバースに関しては、NFT(非代替性トークン)のときよりも、ずっと冷静で現実的な見通しを持っている。その反面、若者のオンライン利用時間の増加など、いわゆるメタトレンドについては疑いようのない現実だと思う」。
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カウリング氏によると、メディアモンクスにおけるWeb2からWeb3への移行とは、Web3にありがちな「最先端でかっこいい」というイメージを払拭することだという。そのようなイメージをなくすことで、Web3バブルを乗り越えて、もっと利用しやすいWeb3を実現できると同氏は説明する。
メディアモンクスはこの3月にセールスフォースWeb3を導入した。NFTの作成運用プロセスを簡素化し、Web3型データ管理を実行するためだ。このプラットフォームを活用することで、NFTコレクションの作成管理が容易になり、また、この過程で取得したデータはクライアントの顧客管理システムに接続できる。さらに、このデータ連携により、Web2とWeb3をまたぐオムニチャネルコンテンツの作成や運用が可能になり、顧客によるNFTの利用を全方位的に把握できるようになる。
分散型でエモーショナルに消費者とつながる手段
メディアモンクスのほか、ヴェイナー3(Vayner3)、デロイトデジタル(Deloitte Digital)、アクセンチュア(Accenture)なども、セールスフォースWeb3のローンチパートナーとして、これらブロックチェーン技術とデジタルウォレット機能の利用推進に取り組む。メディアモンクスでGTM(Go-to-Market)の責任者を務めるニック・セオ氏はこう説明する。「ここ最近、クライアントと話をすると、トークンゲートコマースやコンテンツ、あるいはロイヤルティプログラムなど、Web3を活用した価値創出に話題が集中する」。
「多くのブランドは、ある意味、ゼロからのスタートだ」とセオ氏は話す。「どのブランドも、初めての場所に恐る恐る足を踏み入れるといった感じだ。基本的には、消費者に価値を提供するという観点で、活用方法を考えるところから出発する」。
カウリング氏によると、メディアモンクスはWeb3の進化を「ロイヤルティの未来を革新するもの」と捉え、ブランドにもたらす影響について考えてきたという。そして、クライアントを先導して、たとえばロイヤルティプログラム、メタバースのアバター、ソーシャルメディアやゲーム内のコンテンツあるいはエクスペリエンスなど、さまざまな機能の試験運用を進めてきた。
カウリング氏は問いかける。「中央集中型のプラットフォームで単にポイントを集めるというWeb2的な考え方から脱却し、分散型で、しかも消費者とエモーショナルにつながるリワードシステムに移行するにはどうすればよいのか?」。
セールスフォースWeb3の導入について、カウリング氏はこう説明する。「セールスフォースとの連携により、カスタマーエクスペリエンス側からはWeb3のプロセスが見えなくなり、また、マーケターにとってはWeb3エクスペリエンスの構築が容易になる」。
消費者やブランドのために価値を創出する道を模索する
さらに、「NFTマネジメント」という機能を活用すれば、セールスフォース上で直接かつ容易にNFTコレクションを作成できる。さらに、カスタマーインサイトをリアルタイムで取得する、ブロックチェーンでおこなわれる活動を追跡監視する、各種プロセスを自動化するなどの機能も搭載している。すでに、玩具メーカーのマテル(Mattel)やアパレル販売のスコッチアンドソーダ(Scotch & Soda)などのブランドがNFTの管理にセールスフォースWeb3を活用しており、新規顧客の獲得にも有効との報告もある。
たとえば、スコッチアンドソーダは「クラブソーダ3.0」というNFTを活用したロイヤルティプログラムをテスト運用している。CRMのグローバルマネジャーを務めるクレア・ブーツ氏によると、通常であれば数ヶ月を要するこのプログラムの構築プロセスを、セールスフォースWeb3のおかげで「2週間とかからずに」完了できたという。また、顧客管理システム(CRM)とのデータ連携を通じてカスタマーインサイトをリアルタイムで取得できるようになり、30%の新規顧客増につながった。
インフルエンサーマーケティングエージェンシーのインフルエンシャル(Influential)で最高経営責任者(CEO)を務めるライアン・ディタート氏も同様に、「こうした没入型のエンターテインメントやエクスペリエンスがWeb3やインフルエンサーの活動を方向づける」と考える。インフルエンシャルは先月、分散型バーチャルワールドのザ・サンドボックス(The Sandbox)と提携した。その目的は、メタバースでのクライアントアクティベーションを支援することにほかならない。ザ・サンドボックスの報告によると、アルファシーズン3の開催中、36万人超のプレイヤーが1日平均80分をこのVRプラットフォームで過ごしたという。
「ハイプ曲線に乗っかりたいだけ、話題になりたいだけ、常に曲線の最先端にいたいだけ。そういう向きもないではない」とディタート氏は話す。「しかし、数年後も存続しているのは、ほんとうに息の長いもの、学習するもの、消費者やブランドのために価値を創出する道を模索するものだけだ」。
「熱情に駆られた試行錯誤の時代はもう終わり」
ザ・サンドボックスはWeb3大手のアニモカブランズ(Animoca Brands)の子会社だ。インフルエンシャルはザ・サンドボックスと手を携え、インフルエンサーの活用や没入型コンテンツの制作を通じて、ブランドのWeb3参入を支援する計画だ。インフルエンシャル所属のコンテンツクリエイターを対象としたトレーニングプログラムも計画されており、戦略、Web3への移行、コミュニティへの参加といったトピックを扱うという。
インフルエンシャルがこのような取り組みを始めた背景には、「普通のスマホ画面」を超える方法でつながりたいという消費者の要求があると、ディタート氏は話す。同氏はそこにこそ没入型コンテンツの機会が開かれ、インフルエンサーたちが活躍する場が広がると考えている。
「あれこれ試してみるうちに、何かしら価値を生むものが見つかるだろう。そういう熱情に駆られた試行錯誤の時代はもう終わりだ」とディタート氏は話す。「我々がやろうとしているのは空白を埋めることだ。集客力があるだけでなく、こうした世界の内側でビルダーとなれる人材、あるいはこうした世界で存在できるセレブリティのために、必要なものを提供することだ」。
ワーナーミュージックグループ(Warner Music Group)、ユービーアイソフト(Ubisoft)、グッチ(Gucci)、アディダス(Adidas)ら、400社近くのパートナー企業がザ・サンドボックスに参加している。ザ・サンドボックスはゲーミングプラットフォームとして、ゲームからデジタルオーナーシップまで、新たなエンターテインメントカルチャーの創造をめざす多くのブランドを支援してきた。同社でエコシステムパートナーシップの責任者を務めるマチュー・セルヴェティ氏は、「没入型のコンテンツは、ソーシャルメディアの受け身的なスクロールよりも、エンゲージメント効果が高い」と述べている。
現時点はまだWeb2.5からの移行期
セルヴェティ氏はさらにこう続ける。「しかも、こうした仮想空間は既存のキャンペーンの延長線上にあり、デジタルチャネルはもとより、現実世界をもまたぐ統合的なキャンペーンにバーチャルな要素を提供する。このような没入型の体験は、斬新かつ興味深い方法でユーザーの興味をかき立てる、非常に粘着性(スティッキネス)の高いツールであり、ブランドはコアな顧客にとって何がもっとも効果的であるのかを、リアルタイムで学習できる」。
ディタート氏がいうように、こうした新しいエクスペリエンスやコンテンツの創造は、現在のWeb2.5の世界に属するものだ。同氏によると、Web2とWeb3の「統合バージョン」が完成するまで、エージェンシーもブランドもいまだこの移行期を出るものではないという。
「没入型のエンターテインメントは、ゴーグルなどの新しい感覚デバイスがより標準的になるに伴い、その没入度はいっそう深まるだろう。そして10年後には、単に広く普及するだけでなく、いまとはまったく違う形に進化しているかもしれない」。
[原文:Maybe Web3 isn’t as dead as it would seem, as agencies play with new data-generating models]
Antoinette Siu(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)