短尺動画アプリで相変わらずの人気を誇るTikTok。ニュースパブリッシャー各社は、施策の効果向上を図るべく、TikTokに精通した社内の専門チームを編成している。
TikTok上でのコンテンツ配信に注力する理由は、このプラットフォームを愛用するオーディエンスにある。
広告主と同様、パブリッシャーも、TikTokで短尺動画を楽しむ若い世代の心をつかむ戦略を取ろうとしているのだ。背景にある事情は各社さまざまだが、施策は共通の想定にもとづいている。
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チーム構成
そうした戦略の好例はヴァイス・ニュースなどのブランドを有するヴァイス・メディア(Vice Media:以下ヴァイス)で、同社は複数ブランドにおいて1チーム3人から4人体制のTikTok担当チームを配置した。各チームは「ポッド(pod)」と呼ばれ、ブランドの編集部に所属し、編集主幹の下で活動している。
「ポッドを構成するメンバーは原則として、プロデューサー、ソーシャルエディター、動画エディター、ジャーナリズム(取材と記事執筆)とソーシャル両方の専門知識をもつシニアエディターだ」と、ヴァイスのグローバルニュース担当シニアヴァイスプレジデント兼グローバル編集主幹、ケイト・ドラモンド氏は説明する。「シニアエディターの直属の上司が編集主幹で、ピッチの承認や、最終稿とカット編集のレビューをおこなう」。
TikTok担当チームは、ヴァイス本社編集部のデジタルリポーター、編集者、テレビ局特派員、プロデューサーと連携しながら仕事を進める。
BBCも数年前から、ソーシャルプラットフォーム専任チーム制を採用しており、最近インスタグラム担当を配置した。BBCニュース(BBC News)のデジタル担当ディレクター、ナジャ・ニールセン氏によれば、同社では専任部隊の活動に支えられ、2019年に400万人だったインスタグラム公式アカウントのフォロワー数が直近で2400万人に達した。パブリッシャーの場合、積極的な投資なくしては、これだけのフォロワー数増は望めない。
BBCによる投資の大部分は人件費とみられる(ソーシャル担当シニアジャーナリストなどの給与は未公表)。ちなみに、オンライン求人サービス大手のグラスドア(Glassdoor)の調べでは、業界内シニアジャーナリストの平均年俸は3万7881ポンド(4万6880ドル、約610万円)から6万1447ポンド(7万6044ドル、約990万円)だという。
BBCニュースは新設TikTokチームに加わるシニアジャーナリスト4 人の募集を決め、最近、公式サイトの「キャリア」ページに求人広告を掲載した。採用されたジャーナリストは、ニールセン氏率いるソーシャルプラットフォームニュース部内のTikTokチームに配属される。
当該の求人広告はこんな出だしで始まる。「2023年、BBCニュースの重点施策は英国内外でのTikTok公式アカウント拡大。世界最大かつ最高をめざします」。
ニールセン氏は、ソーシャルメディアプラットフォームでの実績と多様性を有するメンバー構成が鍵だと主張する。「各メンバーが培ってきた経験が、今後どんなコンテンツが有望かを判断するのに役立つからだ」。
社内外からの人材登用は組織に新風を吹きこむ。TikTokの最新機能活用のコツや、Z世代のTikTokオーディエンスに訴えかける斬新な発想などで貢献できる。
専門スキル
BBCニュースの新規採用ジャーナリストたちにとって、TikTokに関する知識とスキルは不可欠だ。TikTok独自のアルゴリズムの理解だけでなく、動画のストーリーテリングにおける独創性や、エンターテインメント好きなオーディエンスの関心をニュースに引きつけるコンテンツ作りが求められる。
ニールセン氏はこう語っている。「TikTokを取り巻くエコシステムに参画することは意義がある。BBCにとってTikTokはいまや重要な投資対象であり、自社の露出を増やすべきプラットフォームだからだ」。
ヴァイスのドラモンド氏も、社内スペシャリストに必要な条件として、TikTokプラットフォームの諸機能と、動画およびオンラインにおけるストーリーテリング手法に関する知識を挙げる。スペシャリストたちはTikTok向けコンテンツを中心に活動するが、ほかのソーシャルプラットフォームの業務もこなす。
ヴァイスでは投資をさらに拡大し、TikTokコアチーム以外のジャーナリスト全員を対象にTikTok関連スキルのトレーニングを実施した。
「今後は追加のトレーニングとしてセミナーを2回開催し、初回はTikTokのレポートツール活用法、2回目は解説動画を取り上げる予定だ」とドラモンド氏はいう。「ソーシャルプラットフォーム施策はヴァイスが推進するジャーナリズムの中核をなすもので、それだけにニュース編集室で働くスタッフ全員の参加が欠かせない」。
新たなオーディエンスに訴求
ヴァイスやBBCなどのパブリッシャーにとって、これまで未開拓だったZ世代のオーディエンスに訴求し、コンテンツへのアクセスを容易にするためにはデジタルスキルの習得と活用が鍵となる。
ワシントン・ポスト(The Washington Post)のTikTokコアチームは、デイヴ・ジョルゲンソン氏(シニアビデオリポーター)、カーメラ・ボイキン氏とクリス・バスケス氏(アソシエイトプロデューサー)というメンバー構成だ。加えて、同社では2021年、若年層の多様なオーディエンスをターゲットとすべく、全社横断的な「次世代オーディエンス施策」を導入した。
ワシントン・ポストの政治担当副編集長、ブリアナ・タッカー氏はこう述べている。「次世代オーディエンスはさまざまなソーシャルプラットフォームを自由に試しているが、いまのところ、TikTokが注目の的だ」。それを受けて同社は若者文化に寄り添ったコンテンツ提供に注力し、政治ニュースに対する抵抗感を減らす方向に舵を切ろうとしている。
「我々が配信する次世代オーディエンス向け政治ニュースは、リアルタイム報道であれ、数日から数週間かけて作成される記事であれ、ワシントン・ポストの公式ソーシャルアカウントへの投稿を前提としている」とタッカー氏は説明する。「また、記者たちに対しては、作成したコンテンツを個人のアカウントで共有する方法をクリエイティブな発想で考案するよう奨励している」。
作成・配信されるコンテンツの質は向上
これらの施策は、ワシントン・ポストにとって、2024年の米大統領選挙に向けた政治ニュースチーム体制構築という大きな目的に沿ったものになるだろう。
「TikTokは、情報収集や共有のツールとしてますます重要性が高まりつつある」とタッカー氏は指摘する。「たとえば、フロリダ州選出のアネット・タッデオ民主党上院議員のように、TikTokで選挙運動を展開する政治家もいる。我々はTikTok上の自社アカウントで試験的に記事配信を続けているが、コンテンツに興味をもち日常的にアクセスするユーザーからは真摯で生々しい反応があり、エンゲージメントが向上している」。
英マンチェスターに本社をおくパブリッシャー、ラッドバイブル(LADbible)でTikTok担当チームを率いるレベッカ・タイレル氏によれば、同社では個々のコンテンツ別のアプローチをとっており、その方針はTikTok向けコンテンツでも同様だという。
「TikTokに特化したフォーマットによる連載記事を、ネイティブプラットフォームツールを利用して作成するケースが増えている」とタイレル氏はいう。「今後は当社のラッドスタジオ(LADstudios)がTikTok発の連載記事の可能性を検討し、それを足がかりに配信拡大を図ることになるだろう」。
昨今、クリエイティブエージェンシーが自前の専用スタジオを設立してTikTok施策を強化する動きがみられるなか、パブリッシャーも後に続いたということか。ワシントン・ポストも追随組だが、ジョルゲンソン氏が述べているように、TikTok担当チームにより作成・配信されるコンテンツの質は向上しているという。
「ジャーナリストにとっては読者とつながれる場所」
けっきょくのところ、TikTokのスペシャリストチームを編成・運用するにあたり、どんな場合にも通用する万能のアプローチは存在しない。パブリッシャーのなかには、ソーシャルプラットフォーム全般を担当する部署でTikTok対応を重点施策として取り組んでいる企業もある。
しかし、共通要素はある。TikTokのオーディエンスを魅了するコンテンツ作成には、デジタルスキル、動画スキル、既成概念にとらわれない斬新な発想力が必要になる。
ワシントン・ポストで次世代オーディエンス開拓担当ディレクターを務めるフィービー・コネリー氏は次のように語っている。「TikTokは我々にとって、ブランド名を冠した公式アカウントを開設するだけの場ではない。報道のツールであり、人々が読みたい記事にめぐり合える場所であり、ジャーナリストにとっては読者とつながれる場所なのだ」。
[原文:Why Vice, BBC, WaPo, others see new TikTok teams as the next wave of specialist publishing talent]
Krystal Scanlon(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)