「スパ・デー」という言葉から連想するのは、アロマセラピーの心地よい香りや穏やかなBGMのなかで受けるマッサージ、花で満たされた浴槽だったかもしれない。しかし最近では、温度が極端に高いものや低いもの、小さな暗いタンクのなかで浮かぶ療法のほか、高級なスパを中心に注射や点滴の針を使う施術も登場している。
ロサンゼルスやニューヨークをはじめ全米各地のスパトリートメントでは、痛みを伴う療法が人気を集めている。勇猛果敢な消費者が興味を示しているのは、コールドプランジ、クライオセラピー(冷却療法)、赤外線療法、点滴療法、フローティングタンク(感覚遮断タンク)などで、即効的な快楽が身体にもたらされるわけではない。これらは目新しくはなく、セレブリティーのあいだでは長らく人気療法だったが、過去2年ほどで全米各地のスパや、流行の先端をいくウェルネスセンターで導入されている。
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「より多くのものを得るために心地よさから一歩踏み出す、いわば『痛みなくして得るものなし』という考え方だ」と説明するのは、ウエストハリウッドで2020年にオープンしたアーサ(Artha)のオペレーション担当ディレクター、ベラ・ダリリ氏だ。「最近の人々は、より多くのベネフィットを得るために、より多くの挑戦をすることに対してオープンだ。それが、たとえ不快なことであっても」。
アーサは伝統的な「スパ」というよりも、マッサージやヨガ教室などのリラックス体験と、Tショックセラピー、クライオセラピー、赤外線サウナ、フローティングタンクなどが一カ所に集まった「ヨガとウェルネスのサンクチュアリ」ともいえる空間だ。
アーサのトリートメントルーム
ウェルネスセンターをチェーン展開するリストア(Restore)と市場調査会社ウェイクフィールド(Wakefield)のレポートでは、このジャンルを「ハイパーウェルネス」と分類し、「誰もが日常生活に取り入れるべき9つの要素(酸素、水分、栄養、寒さ、熱、光、動き、急速、つながり)」を用いた療法と定義づけている。会員数が増加中のリストアが全米125カ所以上の店舗で提供しているクライオセラピー、赤外線、加圧、点滴、注射なども、このハイパーウェルネスに含まれる。リストアの調査に協力した2,000名のうち67%が、これらのサービスを試してみたいと回答しており、なかでももっともも人気が高かったのが温熱&冷却療法(28%)であった。
米国予防医療専門委員会によると、米国では不安感が「危機的な」レベルまで高まっているという。そんななかで人々が選ぶのが花風呂でなくアイスバス(氷風呂)だというのは、理解し難い現象のようにも思える。だが、アイスバスの支持者たちは、身体的・心理的な利点の数々を強調する。
たとえば、人気が高まっているアイスバスは、カーダシアン家の人々やレディー・ガガ氏、リゾ氏などセレブリティのあいだで好まれてきた健康法だ。
「アイスバスは、おそらくパンデミック中にもっとも人気が爆発したもののひとつだろう」と語るのは、ウェルネスソーシャルクラブ「レメディー・プレース(Remedy Place)」の創業者でCEOのジョナサン・レアリー氏だ。同社はケンダル・ジェンナー氏の個人用アイスバスのサプライヤーであり、2020年にロサンゼルスに開いた店舗には数多くのセレブリティーが訪れている。資金調達の新ラウンドによって、9月にはニューヨークにも新店舗をオープンさせた。アイスバスも、ウェルネスのメニューのひとつとして提供している。
レメディー・プレースのアイスバスと赤外線療法
早い時期からこのトレンドの原動力となってきたのは、セレブリティたちだ。
「夫はコールドプランジに夢中で、自宅にはプランジ用の浴槽がある」と語るのは、グープ(Goop)の創設者でもあるグウィネス・パルトロウ氏(女優)。ネットフリックスで2020年に公開された『グープ・ラボ(Goop Lab)』では、「アイスマン」の通称で知られるオランダ人のヴィム・ホフ氏と共にコールドプランジを広く視聴者に知らしめた。「コールドプランジのいくつかの利点を体感しようと思い、つま先を浸してみたが、寒かった」。
ホフ氏は氷水に1時間52分も浸かった世界記録を持っているが、レメディー・プレースなどで認められているのは最大6分間までだ。パルトロウ氏の夫であるブラッド・ファルチャック氏(テレビプロデューサー、監督)は7度の冷水のなかに45分間座っていられるというが、パルトロウ氏自身は1分間しか浸かることができない。「もっと抵抗力を高めたいと思っている。冷却療法やその利点についてたくさん読んできたので、もっと上手になりたいと思っている」と語った。
「これを私たちは適応トレーニングと呼んでいる」とレアリー氏。「極端な状況で心身をコントロールできると自分自身に教えられるのは、とても効果的だ」。
アイスバスの熱心な支持者のあいだでも、挙げる利点はさまざまだ。ホフ氏は、コールドプランジには「睡眠の質の改善、集中力アップ、免疫反応の改善」のほか、「より高いエネルギーレベル」や「自己免疫疾患の症状緩和」が見込まれるとウェブサイトに記載している。利点については科学者がいまも研究しており、中にはホフ氏自身を対象としたものもあるが、シダース・サイナイ病院(ロサンゼルス)の報告によると「筋肉痛の緩和については、多くのエビデンスに裏付けられる可能性がある」という。
これらの療法にとって「美容は痛み(beauty is pain)」という言葉は、健康とウェルネスを超えた新しい意味を持つようになる。-110~-85度のチャンバー(小部屋)のなかで立つクライオセラピーは、エルザ・ホスク氏やロミー・ストリド氏などスーパーモデルが何年も推奨し続け、主流になってきた。マーケティングの一環として一般的に訴求されているのは、カロリー燃焼や毛穴の引き締め、コラーゲン生成といった美容面での効果だ。
レメディー・プレースのクライオセラピー
極端な状況に心身を置く療法では、安全手順に厳密に従うことが求められる。2015年にネバダ州で、スパで働く女性がクライオセラピーのチャンバーにひとりで入り、数時間後に窒息死しているところを発見された。チャンバーから出なかった理由は、依然不明なままだ。クライオセラピーで認められているのは3分間で、「3分を超えると、特に慣れていない人にとっては危険になり得る」とダリリ氏は言う。
これらの激しい療法がもたらすのは身体の変化だけでなく、逆説的ではあるが、ストレスや不安を和らげることができるという。
「ジムで筋肉を鍛えるのと同様、ストレスに適応するためには心のさまざまなシステムを訓練する必要がある」とレアリー氏。「赤外線やアイスバスのクラスで私たちがよく話すのは、極限の状態で心身をコントロールできれば、どんなにストレスフルな状況にも適応できるよう訓練していることになる」。その例として同氏が挙げるのが、レメディー・プレースを利用するあるミュージシャンで、グラミー賞のステージに上がることに非常に緊張していたが、それを克服するためにアイスバスを使用したのだという。
パンデミックのロックダウンを経て快楽主義の新しい時代が訪れ、人々はぜいたくなライフスタイルを楽しむようになった。これに対抗するように、顧客は過酷な療法にも関心を示すようになった。
「デトックスは彼らにとっての最優先事項。イベントを開催し、さまざまなものを飲んで食べ、いまは身体を浄化しようとしている」とアーサの最高セラピー責任者であるクリスチャン・ブルフォード氏は話す。
ダリリ氏によると、「人々は再びパーティーを開くようになり、週末にお酒を飲んだ後でアーサを訪れる」のだとか。「クライオセラピーや赤外線療法を利用してすべてデトックスし、二日酔いを治したいと考えているのだ」。
エクストリームな療法が主流になるにつれ、これまでのハードコアな利用者から、耐久力が低いとみられる初心者向けへと調整がなされている。そのためアーサでは赤外線サウナや低温チャンバーを個室化し、自由に出入りできるようにしているのだとブルフォードは説明する。アーサのフローティングタンクは、映画『アルタード・ステーツ/未知への挑戦』やドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』に登場する不気味なタンクとは似ても似つかない。
「多くの人が狭苦しいイメージを持っているようだが、私たちは市場で入手可能なタンクのなかで最大のものを導入している」とブルフォード氏。高い天井には数々の星がきらめき、瞑想音楽が流れているので、暗闇が苦手な人でも安心だ。
だが、先端的な療法がどれだけ盛り上がっても、癒されるようなスパ体験が追いやられることはないだろう。パルトロウ氏によると、あらゆる療法には存続の余地があるという。
「私は両方を、ほどよく混ぜるのが好き」と同氏。「熱いサウナのあとで、コールドプランジに入るのがお気に入り。痛みを伴う力強いボディーワークは好きだが、非常に穏やかなレイキ(手当療法のひとつ)も、クレニオセイクラル(頭蓋仙骨療法)も気に入っている」。
[原文:From extreme temperatures to needles, a ‘no pain, no gain’ mindset is taking over spas]
LIZ FLORA(翻訳:田崎亮子/編集:山岸祐加子)