「我々は常に消費者行動を測る 指標 を模索してきた」:ディジタス 最高データ責任者 ジェン・ファラーチ氏

DIGIDAY

今日の消費者は、ソーシャルメディアやストリーミングサービスなど、指一本動かすだけで膨大な量の気晴らしにアクセスできる。

利用できるコンテンツがあまりにも多いため、そのすべてに集中し、関心を持ち続けることは誰にとっても容易でない。当然、消費者の注意をめぐる競争、さらには集中と関心の度合いを測るためのデータをめぐる競争は熾烈を極める。この状況はエンゲージメントの測定をも難しくしている。

測るべき指標はインプレッションなのか、クリックなのか、それともシェアなのか。ここ数年、特に勢いを見せているのがアテンション指標だ。もっと具体的にいうなら、この指標をどう定義し、追跡し、得られたデータをどう活用すべきかに注目が集まっている。

米DIGIDAYの取材で、北米ディジタス(Digitas North America)の最高データ責任者を務めるジェン・ファラーチ氏は、アテンションの質、そしてアテンション指標とROIを効果的に連携させる方法について語った。アテンションの追跡はこの業界にとってまったく馴染みのないものではないが、テクノロジーの進歩とデータソースの増加を背景に、この指標を活用するうえでの、新しい標準の策定が可能になっている。

「ビューアブル、つまり見える状態にあるだけでは十分ではない」とファラーチ氏は話す。「見えているものに対して、人々が注意を向けていることを確認する必要がある。では、この注意、つまりアテンションをどう定義すればよいのか。アテンションの標準をどう策定すべきなのか」。

それほど遠くない過去、おそらくはほんの数十年前、消費者の前にあるのはひと握りのチャネルといくつかの広告フォーマットだけだった。互いに近況を伝え合うには、直接会うか電話で話すしかない時代。ソーシャルメディアでどこの誰とも知らない人の投稿を受け身で読み流すのとは大違いだ。

ディジタスとピュブリシスメディア(Publicis Media)の調査によると、今日、メディアタイプの数は20を超え、広告フォーマットは数百におよぶ。消費者が広告に触れる可能性は1日あたりざっと5万回にのぼるという。かつて、消費者が広告を目にする機会は1日に2000回程度だった。その反面、ファラーチ氏が指摘するように、我々の注意力が持続する時間は、3年ほど前の12秒から現在では2.5秒に落ちている。

「アテンション指標の組み込みはすでに始まっている」とファラーチ氏は話す。「広告主視点でアテンションを測定する先駆者たちの一部は、この指標を活用しながら、投資モデルや投資の内訳などの分析に着手している」。

たとえば、IPGのメディアハブ(Mediahub)もアテンション指標を活用してクライアントの実績を改善しているメディアエージェンシーのひとつだ。その一例として、NBAのプレーオフシーズン中に展開したキャンペーンで、自動入札プロセスにアテンション指標を導入したところ、NBAのアテンションスコアは20%増を達成、動画広告のアテンション単価は20%減となった。

ファラーチ氏の考えでは、アテンションをパフォーマンス指標として活用する第一歩は、チャネルやパートナーごとに異なる定義の統一と標準化であり、そこからさらにプラットフォーム横断的な測定とテストが必要だという。このようなテストと分析を通じて、エージェンシーは短期的な営業成果よりも、長期的なインパクトを少しずつ達成することができるのだと同氏は話す。

なお、このインタビュー記事は、紙面の制約と読みやすさを考慮して若干の編集を加えている。

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アテンションの指標化はいつごろ始まったのか。その背景は?

アテンションをKPIとして使いはじめたのは2年ほど前になると思う。メディア測定の歴史と進化を振り返るなら、特にインターネットが普及して以降、我々は常に消費者行動を測る次善の指標を模索してきた。周知のとおり、昔はクリックがすべてだった。誰かが何かをクリックすれば、それは注意を向けていることの表れだと考えられた。クリックの時代がしばらく続き、やがてそれは人の行動の指標とするには不出来であることが分かってきた。

アテンション指標は5年から10年前に台頭したビューアビリティを彷彿させる。ビューアビリティは一種のブームだった。いわく、誰も見ない広告にインパクトはない。あのビューアビリティの初期のころに見られた現象が、いまアテンションで繰り返されている。見える状態にあるだけではもはや十分ではない。[広告に]注意が向いていることを確認できなければ意味がない。

アテンションはエンゲージメントの測定という大きな絵の一部だと思うか?

もちろんだ。アテンションは道具箱に収められた多くのツールのひとつにほかならない。私は「どんな測定も完全ではない」というフレーズの信奉者だ。ひとつの測定基準のみに従って、何をすべきか、あるいは何をすべきでないかを決定するのは良いことではない。複数のアプローチを用いて、最善の結果を得るためのいわば三角測量が必要なのだ。

アテンションの定義と標準化から始めるべきという理由は?

定義を統一しなければ、互いに比較できない期待外れの指標が乱立することになりかねない。定義を統一することで、一貫性のある測定が可能となり、「傾向」のような情報が得られる。結果をモデリングに取り込み、アテンションの長期的な効果を理解できるようにもなる。

長期的な結果を得るには、アテンションの分析とテストをどのようにおこなうべきか?

ひとつは正しく定義すること。毎回、同じ方法で測定することが重要だ。そのような一貫性があることで、テストの結果や長期的なモデリングに自信を持つことができる。次に、長期的に測定すること。長期的な測定により、うまくいったこと、うまくいかなかったことが分かる。また、アテンションの微妙な意味合いを探る手がかりともなる。

たとえば、アテンション指標をマーケティングミックスに組み込んで、売上に与える経時的な効果を理解したいなら、まずは同じ方法で測定しなければならない。そして、マーケティングプランの異なる期間、異なる側面において、アテンションがどう働くかを探るには、同じ時期に収集した同じカテゴリーと同じメタデータに対して測定する必要がある。

プラットフォーム横断的なアテンション測定について、分かってきたことは?

ひとつは、アテンションを測定するための技術がプラットフォームごとに大きく異なるということだ。アデレード(Adelaide)のような企業がいるリニア(従来型)テレビの領域では、生体認証技術(バイオメトリクス)がすべてといっていい。

これに対して、ソーシャルチャネルのようなデジタルチャネルでは、複数の指標を組み合わせ、アテンションスコアのようなアプローチを採用している。また、アテンションを集めるのに適したプラットフォームがあることも分かってきた。

たとえばソーシャルプラットフォームでは、コンテンツがひとつのスクリーンに、しかも顔からほんの15センチ先に表示され、ユーザーの集中度も非常に高い。対照的に、リニアテレビを見ている人々は基本的に「ながら視聴」で、テレビのある部屋を出てしまうこともある。

ユーザー体験を阻害することなく、追跡やリーチを続けるにはどうしたらよいか?

線引きをするのはあくまでも消費者だ。特に、生体情報の測定ではインセンティブが付与されるケースもあり、データにバイアスがかかるのではないかという議論もあるが、それは状況によりけりだ。いずれにしろ、その線引きをおこなうのは消費者だ。

私は自らの判断でリビングルームにアレクサを置いている。アデレードのパネルに参加し、リビングルームへのセンサーの設置と追跡にも同意している。それは消費者がおこなう選択だ。我々の課題は、それが実際に何を意味し、そのデータをどう使うのかを明確にすることだ。

[原文:Digitas’ data chief on attention as a metric: ‘All measurement is imperfect’

Antoinette Siu(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)

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