スポーツパブリッシャーのミニッツ・メディア、自前の SSP を始動:他パブリッシャー参入の可能性は?

DIGIDAY

スポーツ専門パブリッシャーのミニッツ・メディア(Minute Media)はこのたび、自社運営のSSPを新たに立ち上げたと発表した。他社のサービスを模倣することがその企業への賛辞だとすれば、今回の発表はアドテク業界に対する称賛の表れといえるかもしれない。SSPを所有することで、ミニッツ・メディアは自社サイト上の広告枠を広告主に直接販売できる。

SSPはアドテク専門のサードパーティが所有しているケースがほとんどで、パブリッシャーの場合、関連の技術開発力や運用力をもつ企業はごくわずかだ。ただし例外として、SSP運営に価値を見いだすパブリッシャーもあり、短期的には苦労をともなうが、長期的には競争的優位を生むという判断のもと、SSP参入に踏み切っている。ミニッツ・メディアが発表した計画の内容を見るかぎり、同社もその方向性を目指しているようだ。

ミニッツ・メディアのSSPの特徴は?

基本情報を確認しよう。ミニッツ・メディア提供のSSPは、プログラマティック広告のマーケットプレイスとして、同社が運営するサイト(ザ・プレイヤース・トリビューン[The Players’ Tribune]、90ミニッツ[90min]、ダブルタップ[DBLTAP])および他パブリッシャーサイト上の広告インプレッション取引を扱うことになる。

これまでの典型的なSSPに比べ、より付加価値の高いプラットフォームであるとして他パブリッシャーに訴求することで、プレミアム広告在庫にアクセスできるマーケットプレイスという位置づけを狙う。ミニッツ・メディアは自社運営のSSPを通じて、パブリッシャーのネットワークのプレミアム版を確立しようとしているらしい。

「当社が導入したSSPは、パブリッシャー各社がヘッダー入札を通じ、タグ設定をベースにした非効率なプロセスを回避して広告枠の直接買いつけを可能にするプラットフォームだ」と、ミニッツ・メディアのグローバル・パブリッシャー・プラットフォーム担当エグゼクティブ・バイスプレジデント、トム・ウェブスター氏はいう。

パブリッシャーが自社サイトで販売・配信する広告インプレッションの取引に用いられる方法には、まず「ヘッダー入札」がある。これはプレビット・オーグ(Prebid.org)が推進するオープンソースの入札ソリューションで、複数のSSPが同時に広告リクエストを受信できる仕組みになっている。

一方、「ウォーターフォール方式」はパブリッシャーがあらかじめ決めた順番で各SSPに広告リクエストを送信する方法で、ウェブスター氏は「非効率」と指摘しているが、動画広告在庫の取引は「タグ設定をベースにして」管理され、入札はリアルタイムの並列同時処理でなく、デイジーチェーン(数珠つなぎ)方式で順次処理される。

ヘッダー入札で差別化を図れるか

2つの方式の違いを整理してみよう。従来型のウォーターフォール方式を用いた広告販売では、パブリッシャー側が設定した価格条件に一致した入札は先着優先で取引が成立して当該の広告が配信され、それ以降により高い単価の入札があったとしても取引の対象とはならない。

これに対してヘッダー入札では、同じ広告在庫に対して複数の広告主がほぼ同時に入札可能なため、パブリッシャーは自社が保有する在庫を公平な方法で最高額入札者に販売できる。

ヘッダー入札は、ミニッツ・メディアが運用するSSPの屋台骨となるソリューションで、この方式の採用により同社は、パブリッシャー各社に対し、特定の事業者が優先されない公平性を担保できるうえ、必要であればソースコードを公開してその主張を裏づけることも可能だ。ただし、ヘッダー入札ソリューションだけでは差別化できない。ほとんどのSSPが同じソリューションを採用しているからだ。

最大の差別化要因は、SSPを通じてパブリッシャー各社がクライアントから獲得できる広告費の使途にある。ウェブスター氏はミニッツ・メディアのSSPについて、次のように説明している。「SSPを導入したのは、当社の営業部が予算を預かったクライアントの広告出稿先となる機会をパブリッシャーに提供するためだ」。

別の言い方をすれば、今後、大半のSSPにとって広告インプレッションの提供先となる広告主は2つのタイプに分かれる。ひとつめのタイプは、在庫予約型のプライベート取引を通じてパブリッシャーから広告枠を買いつける広告主。ふたつめのタイプは、複数のバイヤーが参加できるプライベートオークションに入札して広告枠を購入する広告主だ。

ミニッツ・メディアには、英国、シンガポール、ラテンアメリカ、米国内ではニューヨーク、シカゴ、デトロイト、ロサンゼルスを拠点に活動する営業チームがいる。同社はクライアントに委託されて預かった予算を活用すべく、SSPを使ってパブリッシャーとの広告枠取引を仲介しているが、高い手数料と多額の広告予算を確保できる営業チームの交渉力のおかげもあって、パブリッシャーにとってはメリットが大きい取引になる。

いかに接続企業を増やすかというジレンマ

ウェブスター氏はこう語っている。「サードパーティ・アドレッサビリティが制約を受ける状況下では、広告パフォーマンスの保証より、プレミアム広告在庫の供給が重要だ。質の高い在庫を豊富に供給できれば、有利になる」。

今後について明るい見通しを示しながらも、ウェブスター氏は、立ち上げから5カ月経たないSSPにとって、これからの道のりが長いことは十二分に承知している。実際、ミニッツ・メディアのSSPの本格利用は、これまでごく一部の企業に限られていた。

現時点でミニッツ・メディアのSSPを通じて広告インプレッションを販売しているパブリッシャーは65社だが、このプラットフォームと直接システム接続しているパブリッシャーは、ウェブスター氏によると「5社以上、10社以下」にすぎない。氏は年末に向けて接続企業数を「大幅に」増やしていく意向を示したが、具体的な数値目標は明らかにしなかった。

ただ、パブリッシャー各社はいま、提携するアドテクベンダーの数を絞ろうとしているため、接続企業の増加はミニッツ・メディアにとって言うは易し、行うは難しだろう。同社の計画に賛同するパブリッシャーを増やすには、多数の広告主との取引のチャンスを広げる必要がある。ウェブスター氏も、広告主がプログラマティック広告配信に使っているDSP(デマンドサイドプラットフォーム)からの支持を取りつけしだい、パブリッシャー説得に乗り出したいと述べている。

現状では、パブリッシャーの多くはビッドスウィッチ(Bidswitch)のRTB取引プラットフォームを介してミニッツ・メディアのSSPと連携している。この方法なら、巨額の予算をつぎこむ必要なしに、データ、ツール、料金の面でミニッツ・メディアと組むメリットを確認できるからだ。

つまり、事業の成長に必要な提携先をいかに確保するかが課題で、ミニッツ・メディアは、プログラマティック広告における「ニワトリが先か、卵が先か」的な状況に直面している。

不況に強いスポーツ分野

しかし、明るい材料がないわけではない。広告業界においてパブリッシャー事業はただでさえ厳しいうえ、最近の景気減速も手伝って、多くの企業が苦戦しているが、ミニッツ・メディアが専門とするスポーツ分野は不況に強い。9月に入ってNFLシーズンが開幕し、11月のサッカーW杯をひかえ、企業の広告支出が増えるのは間違いない。

ミニッツ・メディアのように、SSP事業を成功裏に立ち上げられる力をもつ企業にとっては大きなチャンスだ。実際、ミニッツ・メディアの事業全体で見てもテクノロジーが貢献する割合は増えつつあり、2020年には同社の売上高の半分以上が技術ライセンス料収入だった。SSP事業のビジネスモデルも、試行を積み重ねた結果生まれたものと考えていい。

ただしミニッツ・メディアとしては、SSPでライセンス料収入を得る計画は、現時点ではまだ視野に入れていないという。

「当面はこのSSP事業に注力するつもりだ」とウェブスター氏はいう。「そうこうしているうちに、どこかの時点で流れが変わり、ほかのパブリッシャーもSSPに参入してくるはずだ」。

パブリッシャーにメリットは少ない?

ただ、SSP運営の現実を見ると、多くのパブリッシャーにとって魅力があるビジネスとは言いがたく、参入する価値はあまりなさそうだ。例外として、ボックス・メディア(Vox Media)の場合は、自社製広告フォーマットに加え、米国内のパブリッシャーのネットワークにより供給される広告在庫を販売する手段として、SSPがもっとも理にかなっているという判断を下した。しかし、ほとんどのパブリッシャーにおいては、SSP運営はビジネスの優先度としては低い。

「SSP事業は、ほとんどのパブリッシャーに適した戦略的な選択肢とはいえない」と、メディアコンサルタント会社ADZストラテジーズ(ADZ Strategies)の創業者、アレッサンドロ・デ・ザンケ氏はいう。

「トップクラスの大手パブリッシャーなら、オゾン(Ozone)やトラストエックス(TRUSTX)のような、国内トップのパブリッシャーが集まる専門アライアンスに参加するのが得策だろう。技術面でも、必要な環境へのアクセスの面でも直接コントロールがきき、臨機応変に動けるからだ」。

[原文:True to form, sports publisher Minute Media has built its own SSP

Seb Joseph(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)

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