査察官の写真は未公開が原則では?:ザポリージャ原発査察団への疑問

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ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)が先月29日、ウクライナ南部の欧州最大の原発ザポリージャ原発の安全確保のために14人(団長グロッシ事務局長)から成る査察団を派遣する際、事務局長を最前列中央に、査察官が並んだ写真がIAEAから配信された。

その写真を見た時、正直言って、査察団の(記念)写真というより、「14人の侍」、「精鋭の特殊部隊」といった映画のフィルムという印象を受けた。同時に、IAEAはこんな写真を公表し、世界に配信して大丈夫だろうか、と少々首を傾げざるを得なかった。

なぜならば、IAEA査察局は最も多くの機密情報を扱う部署であり、そこに所属する査察官の氏名、写真はこれまで基本的には部外に公表されることはなかったからだ。

ウクライナに派遣されたIAEA査察団(IAEA公式サイトから)

IAEAが北朝鮮やイランの核関連施設へ査察官を派遣する場合、査察官の名前や写真を公表したことはなかった。査察局の誰が査察チームに参加するかは一種の機密情報で、メディアに明らかにすることはなかった。

その背景には、査察官の安全問題があるが、加盟国の核関連施設を査察する査察官の仕事内容、情報は機密に属するからだ。第3国にIAEAの査察情報がリークされれば、査察を受けた加盟国は警戒して、査察を拒否するかもしれない。

グロッシ事務局長が今回、特殊部隊の司令官のようにキーウに向かう前に査察官と一緒の写真を撮って配信した、ということは通常ではない。好意的に受け取るならば、ウクライナの原発の安全を懸念する国際社会に対し、「IAEA査察団が現地視察するから大丈夫だ」といったメッセージを送るために、査察団全員が写った写真を撮って、配信したのかもしれない。その意味で例外的措置だったのかもしれない。

グロッシ事務局長は、「ウクライナの原発は非常に危険な状況にある。事故が生じればチェルノブイリ原発事故(1986年4月)より大きな被害が欧州、世界全土に広がる。IAEAはそれを防止する義務を負っている」と説明してきた。その責任感は立派であり、その危機感は間違いないが、事務局長の言動から何か政治家のパフォーマンスのような印象が払拭できないのだ。

穿った見方かもしれないが、アルゼンチン出身外交官、グロッシ事務局長周辺からPR活動のような雰囲気を感じる。ザポリージャ原発視察でも事務局長の目は常にカメラの位置を追っていた。

IAEAが北朝鮮の核関連施設をまだ査察できた時、基本的にIAEA査察官の人数や写真は公表されなかった。天野之弥前事務局長が北朝鮮核問題の専門査察チームを設立した時、同チームが何人の査察官で構成されるかといった情報は一切公表されなかった。査察局長やアジア担当部長の名前やその顔写真はオープンソースから入手できるが、現場で具体的に査察する専門家の名前、写真は公表されない。今回のように大規模な査察の場合、査察官を確保するために他の部に所属する査察官が呼ばれることも多い。

IAEAの査察活動の歴史で査察官が北朝鮮寧辺の核施設を査察中に放射能を浴びるアクシデントが一度起きている。同査察官はその後、年1回、健康診断を受けてきた。その危険は今回のウクライナに派遣された査察官にも当てはまる。一度、放射能を浴びれば、生涯、健康診断が必要となる。それほど危険な仕事だ。ましてウクライナの場合、ロシア軍とウクライナ軍が戦闘中だ。原子炉を冷却するための電力が切断されれば、炉心溶融(メルトダウン)する危険が出てくる。

ザポリージャ原発地帯はロシア軍が3月以来占領、管理しているが、原発関係者はウクライナの専門家たちが従事している。今月に入り、2人のIAEA査察官が常駐している。

グロッシ事務局長は9日、ウクライナ南東部エネルホダル市が、火力発電所の変電施設への砲撃により、8日に停電に陥ったと明らかにしたばかりだ。同市にあるザポリージャ原発の原子炉の冷却に必要な外部電源の復旧が難しくなってきており、事故リスクが高まってきたわけだ。

IAEAによると、原子炉の冷却機能を維持するための施設内の非常用のディーゼル発電機が利用されているが、その燃料の備蓄も限界があるという。6基の原子炉のうち、1基だけが操業しているが、その停止も余儀なくされるかもしれないという。

ザポリージャ原発は6基のVVER-1000を有する欧州最大の原発。ただし、6号機以外は設計寿命が既に経過している。西側の技術が投入され、事故防止策は一応取られてきた。原子炉の外壁は1メートル半の厚さの防御壁で守られている。些細な衝撃でそれを貫徹することはできない。

西側の原発安全問題専門家はドイツ民間放送のインタビューの中で、「IAEAの査察官が現地に派遣されたことは重要なステップだが、IAEA査察官が事故を防止できるわけではない。危険防止のためには原発関連施設周辺の非戦闘地帯宣言しかない」と述べていた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年9月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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