露外務省「ウィーンは中立を守れ」

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ロシア軍のウクライナ侵攻は欧州全土にさまざまな波紋を投げかけている。その一つが中立主義の見直しだ。北大西洋条約機構(NATO)に加盟しない限り、ロシア軍が侵攻してもNATO軍の保護を受けられないことを目撃した欧州の中立国は今、NATO加盟を真剣に考えだしている。

オーストリアのネハンマー首相(右)とシャレンベルク外相、ロシア軍のウクライナ侵攻を批判(2022年3月1日の記者会見で、オーストリア連邦首相府公式サイトから)

このコラム欄でも既に報告したが、スウェーデンやフィンランドの北欧の中立国でNATO加盟は大きなテーマとなってきた。スウェーデンはウクライナに対戦車砲を、フィンランドはライフル銃などの武器供給を実施、ウクライナ支援を鮮明にし、NATO加盟を要望する声が国内で高まってきた。

一方、スイス連邦政府は1日、ウクライナの人々への救援物資を含む800万フラン相当(約10億円)の支援を行うと発表した。それに先立ち、ロシアのウクライナ侵攻を受け、欧州連合(EU)によるロシア人の資産凍結に参加することを決めている。同国は2014年のロシアのクリミア併合を非難したが、対ロ制裁には加わらなかった。スイスはロシアとウクライナの紛争では中立ではなく、欧州の一員として連帯を明らかしているわけだ。ドイツのベアボック外相(緑の党)は、「この紛争では誰も中立であることはできない」と警告している。

スイスの隣国オーストリアは終戦後、4カ国(米英仏ソ)の10年間の占領統治時代を過ごした後、中立主義を国是とした。しかし、ウクライナ危機で同国でも中立主義の見直し、NATO加盟論争が次第にホットなテーマとなってきた。

それに対し、ロシア外務省は5日、オーストリアの中立主義が揺れることを警戒し、「オーストリアは中立主義を守るべきだ」と異例の厳しい注文を突き付けてきた。

ロシアの前身国家、ソ連はナチス・ドイツ政権に併合されていたオーストリアを解放した国であり、終戦後、米英仏と共に10年間(1945~55年)、オーストリアを分割統治した占領国の1国だ。首都ウィーンはソ連軍が統治したエリアで、市内のインぺリア・ホテルはソ連軍の占領本部だった。シュヴァルツェンベルク広場にはソ連軍戦勝記念碑が建立されている。

オーストリアのネハンマー首相がウクライナ危機ではロシア軍の武力侵攻をはっきりと批判し、ウクライナへの人道支援を推進させているが、ロシア側はそれが気に食わない。そこでモスクワ外務省はオーストリア政府に対し、直接抗議したわけだ。

それだけではない。6日、ウィーン市内のロシア大使館前の鉄の門に赤いペンキが投げ込まれて汚れるという出来事が生じた。大使館前ではロシア軍のウクライナ侵攻に抗議するデモ隊が声高く批判していた。ロシア大使館は即、オーストリアの外務省に抗議する、といった具合だ。欧州では親ロ派のオーストリアはロシアとの関係がにわかに険悪化してきたのだ。シャレンベルク外相は、「わが国は軍事的に中立主義を維持するが、政治的には中立ではない」と述べ、モスクワの抗議に反論している。

ところで、オーストリア国内で聞かれる中立主義論議の一部を紹介する。

コール元国民議会議長(与党「国民党」)はメディアのインタビューの中で、「中立主義や非同盟主義は他国が攻撃してきた時、守ってくれる国がないことを意味する」と指摘、NATO加盟を支持。国民の4分の3は依然、中立主義を支持していることに触れて、「ロシア軍のウクライナ侵攻で国民は目覚めなければならない」と述べている。

それに対し、同国野党第1党の社会民主党のパメラ・レンディ・ワーグナー党首は、「中立主義はオーストリアの外交と安保政策の核だ」と主張し、中立主義の強化を訴えている。極右政党「自由党」(FPO)も中立主義に拘っている。ホーファー国民議会第3議長(FPO)は、「オーストリアは包括的な国防の枠組みの中で中立国の立場を維持すべきだ」と強調。一方、リベラル政党「ネオス」は中立主義の見直し議論の必要性を認識し、「法的には、オーストリアは、マーストリヒト、ニース、アムステルダム、リスボン条約の文脈でのEU法に基づく義務のため、中立性を既に放棄している」と指摘し、「中立主義の残滓を今こそ取り除くべきだ」と主張している。

ウィーンの外交筋によると、「ロシアのわが国への批判トーンはまだ穏やかだ。ロシアは北欧のフィンランド、スウェーデンの中立国に対してはもっと厳しい内容の書簡を送って脅迫しているはずだ」という。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年3月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は

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