Googleは7月、自社ブラウザにおけるサードパーティCookieの廃止を2024年まで延期すると発表した。1年余りで2度目の延期であり、もはや誰も驚かなかった。
現在の状況は、シーズンを重ねるごとにいくつかのサブプロットで肥大化していく大作ドラマの最新話だ。そして、そのひとつが「セラー・ディファインド・オーディエンス(Seller Defined Audiences:以下、SDA)」の登場だ。
サードパーティCookieの代替技術
聞いたことがない人のために説明しておくと、SDAは2021年3月、IAB Tech Labによって提案されたサードパーティCookieの代替技術のひとつだ。パブリッシャー(またはデータ企業)がユーザー識別データを外部プラットフォームと共有することなく、ターゲティング可能なオーディエンスを作成、販売できるようにすることを大前提としている。
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インサイダー(Insider)やニューズ・インターナショナル(News International)のようなパブリッシャーが、SDAの成功を望んでいる理由は火を見るより明らかだ。誤解のないように言っておくと、これらのパブリッシャーは、SDAがサードパーティCookieに完全に取って代わるとは思ってはおらず、それはどの代替技術でも同じだ。しかし、実際にそうなるかどうかは別として、パブリッシャーはいずれオーディエンスをオンライン販売する主要な方法のひとつになると考えている。
まずはじめに、SDAは普及していない。使われているのは確かだが、本格的な規模ではない。事実、多くのSDAがディールIDとして、つまり、プライベート取引で購入されている。もちろん、いずれ状況は変わるだろうし、そうなれば、何らかのRTB(リアルタイム入札)仕様で取引が行われるようになり、マーケターはSDAを大規模に(オープンオークションで)購入できるようになるだろう。しかし、それまでは、いくつもの技術的な問題を解決しなければならない。
一度に1つのパブリッシャーからSDAを購入するのと、プライバシーに配慮した方法で同時に複数のパブリッシャーから同じSDAを購入するのは全く別の話だ。また、すべてのSDAが同じようにつくられるわけではないことも覚えておいてほしい。あるパブリッシャーは、SDAを使ってカスタムオーディエンスを販売したいと考えるかもしれない。さらに、収益性についても考える必要がある。
SDAとは何か?
- 「セラー・ディファインド・オーディエンス」の略称
- IABテックラボが提案するサードパーティCookieの代替技術
- パブリッシャーやデータ企業がユーザーデータを外部と共有することなく、ターゲティング可能なオーディエンスを作成、販売できる
- 現時点のデメリット:普及しておらず、パブリッシャーによって異なる。また、マーケターの賛同が必要
パブリッシャーの命運を握るSDA
複雑な話に聞こえるが、期限の延長ほど、問題を大局的に見るのに有利な状況はない。GoogleはブラウザのサードパーティCookieを廃止する期限を2023年から2024年に延長した。これだけの時間があれば、SDAを運用可能な形に仕上げるのに十分だろう。結局のところ、成功に必要な既得権が足りないわけではないのだから。
考えてみてほしい。パブリッシャーと提携しているアドテクベンダーのほとんどは、自らの将来像として、基本的に、データクリーンルームサービスのようなものを思い描いている。パブリッシャーと広告主が匿名でデータを結合し、広告主がプライバシーに配慮した方法で、購入したいパブリッシャーのオーディエンスを特定できる場所だ。セルサイドのアドテクベンダーが、このような取引の促進をうまくやればやるほど、オークションの反対側にいるアドテクベンダー(主にDSPだが)は本質的に、広告主の代わりに入札を行うワークフローツールに成り下がる。
プログラマティックのコンサルティングを手掛けるジャウンス・メディア(Jounce Media)のCEO、クリス・ケーン氏は「パブリッシャーに関連するビジネスの成功はSDAにかかっている」と話す。
では、それ以外のビジネスはどうか? SDAにそれほど大きく左右されることはないだろう。サードパーティCookieの代替技術に関して言えば、マーケターは自分たちが何を望んでいるかさえわかっておらず、利害関係者であることすら意識していない。エージェンシーもマーケターに助言できるほどCookie後の世界を予測できていない。マーケターとそのエージェンシーからの需要が少ないため、DSPには他のソリューションよりSDAを優先させるインセンティブがあまりない。もちろん、DSPにはメディアマス(Mediamath)のような例外もあるが、マーケターとそのエージェンシーはおおむね、SDAを先延ばしにしている。
つまり、卵が先か鶏が先かという話だ。マーケターはSDAに多額の資金を投入する前に、前進の兆しを見たいと考えている。しかし、マーケターの賛同なしにSDAは前進しない。乗り越えられないわけではないが、複雑な問題だ。特に、Googleの現状に比べると。とにかく多大な努力が必要だ。
問題も山積しているSDA
たとえば、SDAが、フィンガープリンティングサービスによる悪用と無縁かどうかはまだ不明だ。もし無縁であれば、それをどのように実現するのか教えてほしいと、アドテクベンダーのRTBハウス(RTB House)で、プログラマティックエコシステム成長イノベーション担当バイスプレジデントを務めるウカシュ・ウォダルチュク氏は問い掛ける。「RTBハウスでは、SDAの潜在的な用途に加えて、このシグナルが(Googleの)Topics APIとどのように対応するかを調べている」とウォダルチュク氏は続ける。「このハイブリッドなアプローチは、パブリッシャーが定義したセグメントで生じる潜在的なバイアスの特定に役立つかもしれない」
同時に、膨大なディール設定や運用作業が発生するリスクもある。
たとえば、パブリッシャーがあらかじめ設定したSDAを広告主が買いたがらないこともあり得る。その代わりに、広告主は自社の販売データに基づくSDAを求めるかもしれない。この要求に応えるためには、データセットを一致させる必要がある。これは決して簡単なことではない。
アドテクベンダー、アドフォーム(Adform)のCTO、ヨッヘン・シュロッサー氏は「広告主とエージェンシーは、SSPを横断した総合的な予測や最適化がまだ可能であることを確認すべきであり、ここでSDAは限界を迎える」と話す。「DSPのマーケットプレイスで、ファーストパーティIDや標準化されたオーディエンスを使ってオークションを実行するという選択肢は、この統一された視点を実現する上で明らかに有利だ」。
いずれにせよ、SDAはまだ始まったばかりで、未解決の問題がたくさんある。パブリッシャーもまだそれほど盛り上げようとはしていない。とにかく、未解決の問題が多すぎるのだ。
早く投資すればそれだけ優位に立てる?
DIGIDAYの取材を受ける許可を得ていないという理由で匿名を希望するヨーロッパのパブリッシャーのアドテク責任者は、「IDを取り巻く問題に関しては、いわゆる『標準化』を求める動きにに少しうんざりしている」と明かす。「欧州議会議員(MEP)や規制当局、Appleが戦うことになるアドレサビリティのバックドアのようなものになる可能性がある。この概念については、さらなるプライバシー影響評価が必要だと思う」。
このようなパブリッシャーが本当に望んでいるのは、データのアーキテクチャとアクティベーションを標準化することなく、オープンなプログラマティックオークションでSDAを使い、標準化されたオーディエンスを販売する方法だ。そうでなければ、SDAの使用に対して割増料金を請求できるオーダーメイド取引が実現しない。
パブマティック(PubMatic)のアドレサビリティ担当バイスプレジデントを務めるピーター・バリー氏は、「GoogleがCookieの廃止を先送りし続けているため、SDAの進化も、スタートとストップを繰り返している」と話す。「当初からSDAに肩入れしているバイヤーは、より早く競争優位を築くことができるだろう。そうでないバイヤーよりはるかに多くのことを学び、はるかに早く戦略を練り上げることができるためだ。私たちはバイヤーに対し、早い段階でテストを行い、不明点があれば質問することを推奨している」。
[原文:As Google’s demise of third-party cookies drags, debate over seller-defined audiences hardens]
Seb Joseph(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島翔平)