致死率99.99%以上の「狂犬病ウイルス」が人を殺す驚異のメカニズムとは?

GIGAZINE
2022年07月27日 17時00分
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「ワクチン接種を受けずに発病した場合は、確実に死亡へ至る。確立した治療法はなく、予後は絶望的である」という狂犬病は、狂犬病ウイルスことリッサウイルスにより引き起こされます。たった5つの遺伝子しか持たない非常に単純な構造のリッサウイルスが、一体どのようにして免疫システムを圧倒し人を死に至らしめるのかについて、科学系YouTubeチャンネルのKurzgesagtが解説しました。

The Deadliest Virus on Earth – YouTube
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リッサウイルスは、古代ギリシャの狂気の女神・リッサにちなんだ名前で、分かっているだけでも4000年以上前から人類を悩ませてきました。


狂犬病にかかると、動物は怒り狂った獣へと変貌し、人間は水を恐れるゾンビのようになってしまいます。


しかし、リッサウイルスの最も大きな特徴は、人間の免疫システムを回避するのが信じられないほど巧妙な点にあります。


ウイルスは生物と無生物の中間に位置し、生きた細胞がなければ増殖できない「遺伝的な命令」の集まりに過ぎません。そんなウイルスの中でもリッサウイルスは特に単純で、たった5つの遺伝子、つまり5つのタンパク質に関する命令しか持っていません。


リッサウイルスはこの5つの遺伝子を駆使して感染、免疫系の回避、脳への移動、自己複製、新たな宿主への感染をこなします。


狂犬病への感染は多くの場合、リッサウイルスに感染した犬にかまれることから始まります。


犬の牙に付着した唾液とともに体内へと侵入したリッサウイルスは、まず神経組織を目指します。


神経細胞はいわば「生きた電線」であり、体中に信号を伝達する役割を持っています。


リッサウイルスは、この神経の末端にある受容体から侵入し、無防備な神経の中に潜り込むと考えられています。


ウイルスが増殖するには、神経の細胞機構へと到達しなければなりませんが、神経は長いので長距離の移動が必要になります。


ここで登場するのが、ダイニンです。


ダイニンは、微小管と呼ばれる輸送路を通って細胞に必要な物質を届ける分子モーターで、微小管の上を歩く2本足のロボットのような見た目をしています。


リッサウイルスは、5つのタンパク質のうち1つを使ってこの輸送システムを乗っ取り、細胞の核へと自分を運ぶよう命令します。


そして、一度侵入されてしまうと、人体の免疫システムがそれを発見する方法はほとんどありません。


通常の細胞がウイルスの侵入を検知すると、細胞は特殊なタンパク質を大量に放出します。


そのうちの1つがインターフェロンというタンパク質です。


インターフェロンは、免疫細胞に抗ウイルス兵器を作らせたり、感染した細胞に対してタンパク質の合成をストップさせ、ウイルスの自己複製を遅らせたりします。


また、細胞はMHCクラスI分子と呼ばれる物質を使って細胞内で作られている物質のサンプルを細胞の表面に提示し、免疫システムが細胞内の異変に気づけるようにする仕組みを持っています。


インターフェロンには、このサンプルの提示数を増やすよう指示する働きがあるので、もし細胞がウイルスに感染してウイルスの遺伝子や部品を製造している場合、免疫細胞がいち早くそのことを察知できるようになります。


そして、細胞がウイルスに感染していることを確認した免疫細胞は、細胞に自滅を命じてウイルスを根絶やしにします。これが、体内の免疫システムが通常のウイルスを撃退する仕組みです。


ところが、リッサウイルスは神経細胞がインターフェロンを作るのを阻害するので、免疫システムの監視網に引っかかりません。


しかも、多くのウイルスは細胞が破裂するのと同時に体内に放出されますが、リッサウイルスは神経細胞を破壊することなくひっそりと細胞から細胞へ移動します。


この動きは非常にゆっくりなので、動物にかまれた場所や体内に侵入したウイルスの数などにもよりますが、リッサウイルスが脳へと到達するには数週間から数カ月、時には数年かかることもあります。


リッサウイルスはこうして体内で増殖しますが、最終的には異常を察知した免疫システムが最強の抗ウイルス細胞であるキラーT細胞を送り込み、本格的なウイルスの撃退に乗り出します。


通常のウイルス感染であればこれで決着がつくところですが、リッサウイルスはまるでウノのリバースカードを繰り出すかのように、キラーT細胞を撃退してしまいます。


中枢神経系は非常にデリケートなシステムなので、免疫細胞は自由に立ち入ることができません。


免疫細胞は神経細胞の許可がなければ神経系に入ることができず、また神経細胞は免疫システムが過剰反応していると判断すれば、免疫細胞に自滅を命じることすら可能です。


リッサウイルスは、この神経細胞の自衛能力を乗っ取って、強力な免疫細胞が近づくとそれを自滅させてしまいます。


こうしてウイルスが脳幹に達すると、感染者は死を待つばかりになります。


実は、長年にわたって研究されているにもかかわらず、リッサウイルスが感染者を殺す方法はよく分かっていません。


通常のウイルス感染症の場合、急速に増殖したウイルスが大量に細胞を殺し、大規模な免疫反応を引き起こして人体にダメージを与えます。


しかし、狂犬病患者の脳組織を検査しても損傷はほとんど見られず、場合によってはまったく損傷がありません。


現在では、狂犬病は脳内におけるニューロンのコミュニケーションを混乱させ、機能不全にすることで患者を死に至らしめるのではないかと考えられています。


狂犬病が進行すると混乱、攻撃性、まひといった症状が出ます。


そして、今度は神経を逆走して脳から唾液腺へと向かいます。


リッサウイルスが、神経から脳へと向かうプロセスを一体どうやって逆転させているのかは、分かっていません。


動物の場合、狂犬病になった動物が他の動物にかみつき、唾液中のリッサウイルスがかまれた動物の体内に侵入して感染が広まります。ただし、人間が別の人をかんで狂犬病を広めたというケースは、これまでのところ報告されていません。


さらに症状が進むと、患者は脳炎を発症して臓器が次々と機能しなくなり、昏睡(こんすい)状態に陥って最後には命を落とします。


有効な治療法はなく、狂犬病を発症してから助かった人はほとんどいません。


エイズは治療法が確立されつつあり、非常に強い感染力で猛威を振るった天然痘も根絶されましたが、狂犬病は治療法がなく根絶されてもいないので、リッサウイルスはまさに「人類が知る中で最も致命的なウイルス」と言えます。


そんな狂犬病ですが、有効な対抗手段があります。それはワクチンです。実は、狂犬病は人類が最初にワクチンを開発した感染症の1つとのこと。


ワクチンがあれば、リッサウイルスが人体を侵す手口のほとんどを事前に封じることができます。


しかも、リッサウイルスは進行が非常に遅いので、感染した動物にかまれた後にワクチンを接種しても、発症を予防することができます。


狂犬病に感染したコウモリにかまれた場合など、かみ傷が小さくて発覚が遅れるケースも多いので、かまれた後でも発症前ならワクチンが有効だという点は非常に重要です。


何千年も人類を恐れさせてきた狂犬病ですが、現代でも毎年6万人が命を落としており、犠牲者の半分は子どもです。


従って、もしワクチン忌避の風潮や反ワクチン運動が広まれば、より多くの人々がこの恐ろしい病気の犠牲になる可能性があります。


Kursgesagtは「狂犬病は、今も野生動物と共に森の中に潜んでいるモンスターですが、いつの日か人類がこのモンスターを退治し、他のモンスターと同じ神話上の存在として記憶するようになることを願いましょう」とまとめました。


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