Netflix が広告パートナーにマイクロソフトを選択、業界幹部の賛否両論

DIGIDAY

Netflixがテレビ、ストリーミング広告業界を驚かせた。7月13日、提供開始が間近に迫る広告付きプランを支援するアドテク、販売パートナーにマイクロソフトを選んだと発表したのだ。

あるエージェンシー幹部は「理解に苦しむ」と感想を述べている。

ストリーミング広告技術スタックの成熟度とストリーミング広告の販売規模を理由に、Googleとコムキャスト(Comcast)がNetflixのパートナーの最有力候補だと伝えられていた。一方、マイクロソフトはかつてアドテクの巨人だったが、撤退を予定しているように見られていた。通信企業AT&Tの期待に応えられなかったアドテク部門ザンダー(Xandr)を買収するまでは。

今回の発表が業界を驚かせたのは確かだが、Netflixの選択を支持する業界関係者もいる。同時に、この選択に疑問を投げ掛けている人もいる。それでは、Netflixの発表後、業界幹部が語った言葉の一部を紹介しよう。

賛成:利益相反のない包括的なサービス

2018年、独立系アドテク企業の申し子であるアップネクサス(AppNexus)をAT&Tが買収したとき、ザンダーがその目玉になった経緯は、デジタルメディアの歴史をそれほど深く掘り下げなくてもわかる。

ザンダーのメッセージの核心は、Googleが所有、運営するメディアに広告スタックがひも付けられているという評判とは裏腹に、アドテクのみを提供することだった。このメッセージの再現が、Netflixのパートナーの最有力候補と目されてきたYouTubeのオーナーGoogle、ピーコック(Peacock)を所有するコムキャストにマイクロソフトが勝利した一因である可能性が高い。ライトボックス(LightBox)のCEO、マーク・ギブリン氏は「皆が資金を投入していた2つのビッグネームは、YouTubeやコムキャストのストリーミングプラットフォームで、利益相反のあるビジネスを展開していた」と指摘する。

Netflixの加入者2億2200万人のうち1億4700万人が米国、カナダ以外に居住していることを考えると、マイクロソフトが事業と業務を世界規模で展開していることも勝利に貢献した可能性がある。テレビ広告ターゲティング企業、サイマルメディア(Simulmedia)のCEO、デイブ・モーガン氏は、「マイクロソフトはNetflixのグローバルパートナーとして、トップ市場だけでなく世界中のすべての市場で、技術を提供し、収益化を実現できる」と話す。

もちろん、GoogleもNetflixを世界規模で支援できるが、競争上の懸念があるため、そのチェックマークが入っていなかった可能性が高い。また、コムキャストはスカイ(Sky)事業などを国際展開しているが、「マイクロソフトほどではない」とあるエージェンシー幹部は言う。

一方、アドサーバーのスプリングサーブも運営する老舗SSPであるアドテクを専門とするマグナイト(Magnite)と、GoogleのDV360以外の市場で最大のDSPであるザ・トレード・デスク(The Trade Desk、以下TTD)も、一部ではNetflixのパートナー候補として挙げられていた。

しかし、マイクロソフトの場合、ザンダーがDSPに加えてアドエクスチェンジとアドサーバーも持っているため、より包括的なサービスを提供できる。その結果、競合他社に対する優位性を証明できたのだろう。

ギブリン氏は「Netflixが必要としているのはアドサーバーと販売チーム、SSPのような販売支援技術で、彼らはそのすべてを提供できる立場にあった。おそらくマグナイトは落胆しただろう」と分析。さらに、「TTDは素晴らしいデマンドソースだが、アドサーバーを立ち上げるところから始める必要があるため、彼らはその技術を持ち合わせていなかったのだろう」と続けた。「DSPのプラグインだけで全体を動かすことはできない。もっとはっきり言えば、彼らがデマンドパートナーとしてプラグインすることはない」。

反対:この契約は、Netflixがあまりにも性急かつ多くのことを試みるリスクをはらんでいる

明らかに、この契約には多くの魅力がある。Netflixは内製するには時間がかかり、採用するにはコストがかかる技術や人材を今すぐ手に入れることができる。とはいえ、もともとの単純明快な販売提案が複雑化してしまう可能性もある。広告主がNetflixに期待しているのは、消費者と最も関連性が高い番組で広告を購入するためだ。しかし、マイクロソフトは決して単純明快な広告販売企業ではない。

もちろん、マイクロソフトが手に入れたザンダーの広告サーバーは直接取引を促進する。しかし、ザンダーはプログラマティック入札とアドエクスチェンジ、そして、これまでに入手した小さな技術をいくつか持っている。LinkedIn(リンクトイン)やBing(ビング)に組み込まれた他の広告ビジネスを効果的にNetflixにライセンスできることは言うまでもない。つまり、直販広告ビジネスにはない複雑さがあるということだ。

ガートナー(Gartner)のリサーチディレクター、エリック・シュミット氏は「なぜ複雑でプライバシーのリスクをはらむデータへの依存を前提とした革新的なアドテクを構築するのだろう?」と問い掛ける。「その答えはもちろん、世界最大級の選ばれた広告主たちに広告枠を販売できるからだ。Huluも立ち上げ時に同じことを行っていた」。

これは的を射た指摘であり、Netflixが広告の(プログラマティックではない)直接販売を始めるかどうかについて、(少なくとも公式には)決定していない理由の手掛かりになる。

Netflixは広告のプログラマティック販売と直接販売の方向性を明確にしているかという質問に対し、2人目のエージェンシー幹部は「正直なところ、私たちが(広告付きプランについてNetflixと)交わした唯一の会話は、そのレベルの詳細に踏み込むことすらなかった」と語った。「実際に販売したり、在庫を供給したりする方法ではなく、どこにどれくらい関心があるかについて、最初の話し合いを行っているだけに見えた」。

プログラマティックは面倒なビジネスであり、存続に関する逆風が吹きすさぶなか、何とか前進しているというのが現状だ。Netflixにとっては、事態が収拾してから足を踏み入れるのが賢明だとシュミット氏は考えている。

「Netflixとしては、最初から複雑な広告提案を用意する必要はない」とシュミット氏は話す。「Netflixがあまりに早くあまりに多くのことを試み、さまざまなタイプの広告主にアピールする広告提案を行えば、市場の多くのプレーヤーが影響を受けているデータの価値低下とプライバシーの問題に近づくことになる」。

賛成:マイクロソフトのアドテクが従来型テレビと結び付く

そのデジタルの系譜を考えると驚くべきことかもしれないが、マイクロソフトはNetflixに従来型テレビの広告主への道を開く。

ザンダーを手放す前、AT&Tはクリプド(Clypd)を買収した。ディズニー(Disney)、ディスカバリー(Discovery)、FOXなどのテレビ局がリニアTVネットワークでターゲット広告を販売するために使っていたSSPだ。クリプドはザンダーのDSPであるインベストTV(Invest TV)に接続し、直接取引をプログラマティック管理するためのツールをテレビ広告のバイヤーとセラーに提供していた。そして、マイクロソフトによる買収後も、テレビ広告のバイヤーはザンダーの技術を利用し、ターゲット広告のプログラマティック購入を続けている。

1人目のエージェンシー幹部は、「我々はこのプラットフォームをプランニング、アクティベーション、レポートに使っている。彼らはDSPとして、すべてのテレビ局とインベントリー(在庫)パートナー契約を結んでいる」と話す。

従来型テレビにおけるザンダーの影響力は、Netflixが従来型テレビの広告主に同社の在庫を購入してもらう助けになるだろう。ザンダーはストリーミングやデジタル動画の広告主にそれほど影響力があるわけではないが、最初のうちはNetflixに有利に働く可能性がある。詳細は後述する。

最初に答えたのエージェンシー幹部は、「彼らは広告主の数を制限したがっているだけだと思う。デジタルプラットフォームには何千もの広告主がいる。それらの広告主がコンテンツやCM枠に広告を挿入する余地がNetflixにあるのだろうか?」と問い掛ける。

さらに、ザンダーはデータの取り扱いに関するNetflixの懸念を和らげる可能性が高い。Netflixはデータを隠すことで有名だ。視聴者数のデータを番組制作者と共有することすらない。しかし、ザンダーにはセラーの情報を守ってきた実績がある。

クリプドの主要顧客は兄弟会社のワーナーメディア(WarnerMedia)になったが、SSPとして他のテレビ局を支援し続け、各局の販売データが互いに、そして、AT&T内部で共有されないよう、ファイアウォールを構築してきた。ザンダーの従業員は2021年、DIGIDAYの取材に対し、「機密性の高い販売データを保護するだけでなく、ザンダーの技術チーム以外でそのデータが共有されないよう、私たちは対策にかなりの時間をかけた」と述べている。

反対:マイクロソフトはストリーミングの実績がない

ザンダーは従来型テレビでビジネスを展開してきたが、ストリーミング広告ビジネスはまだ構築中だ。

「広告配信、分析、プログラマティックの基盤は、誰にも負けないくらい強固だ。しかし確かに、純粋なストリーミング広告配信はまだ発展途上だ」とモーガン氏は指摘する。

AT&Tが2018年6月にアップネクサスを買収したとき、アップネクサスのデジタル動画広告ビジネスはかなり小規模で、ストリーミング広告技術の開発に向けた取り組みも始まったばかりだった。そして同年、AT&Tがアップネクサスをザンダーに統合した後、主にザンダーがアドレサブルテレビ広告ビジネスの構築を担った。ワーナーメディアのテレビネットワークがザンダーの技術を利用し、AT&Tの顧客データをもとにターゲティングした広告を販売できるようにするなど、さまざまな取り組みが実行された。

誤解のないように言っておくと、ザンダーはストリーミング機能を開発している。たとえば、クリプドのアドテクはCTV(コネクテッドTV)の広告取引に対応している。ただし、それらの機能が現時点でどれくらい開発されているかは不明だとエージェンシー幹部たちは口をそろえる。

1人目のエージェンシー幹部は、「彼らはリニアTVの枠を超えて拡大することに多くのリソースを注いでいたが、どこまで到達しているかは誰も知らない」と話す。

3人目のエージェンシー幹部は、「たとえザンダーがあっても、プレミアム動画の分野では、マイクロソフトはそれほど大きな存在ではない」と断言する。「我々はプレミアム動画を大量購入しているが、私はザンダーの販売担当者すら知らない」

賛成:マイクロソフトは広告を熟知している

強力な技術力を持つ自由度の高いパートナーは、広告費を獲得したい広告幹部の好奇心を刺激する。しかし、それらすべてに加え、メディアを売買する広告幹部とのつながりがあれば、あらゆる広告幹部の関心を引くことができる。

忘れないでほしい。Netflixは猛スピードで広告ビジネスを立ち上げようとしていることを。大口の広告主であると同時に、影響力を持つメディアオーナーでもある企業と手を組むのは当然だろう。実際、そうすることで、広告ビジネスを立ち上げて軌道に乗せる初期の段階で、大きな違いをもたらす可能性がある。

「人的な要素だ」とシュミット氏は話す。「Netflixはこの提携によって、マイクロソフトの販売、広告サイド両方の人材にアクセスできる。それらのチームが持つ専門知識や業界内の関係をどう活用できるかを考えると、Netflixにとっては、人が鍵となる」

メディアエージェンシーを例に取ってみよう。マイクロソフトは最大級のメディアバイヤーにメディアを販売しており、Netflixは間違いなく、それらの関係を利用できる。あるいは、Netflixは独自路線を歩むことを決断するかもしれないが、たとえそうだとしても、マイクロソフトのエージェンシー幹部に売り込む方法を学んでからになるだろう。

確かに、2つの力を合わせ、その規模を売り込むのは簡単かもしれないが、レベルについて考える必要がある。マイクロソフトは最高レベルだ。広告主から多額の資金を引き出すために何が必要かをマイクロソフトほど理解しているメディアオーナーはほとんどいない。

反対:Netflixの広告が大成功するとは限らない

たとえマイクロソフトと契約しても、すべての広告ビジネスに関わる実存的な問題は解決できない。実存的な問題とは、広告が逆進税のような存在になることだ。支払い能力のある消費者ほど、広告を避けることができる。

「Netflixが広告販売を開始したら、広告主はリーチできると期待していた人々とは異なる人々をターゲティングしているように感じるかもしれない」とシュミット氏は話す。もしそうなれば、マーケターはNetflixの広告に対する見方を変える可能性が高い。ガートナーによる最新のインサイトがこの点をさらに浮き彫りにしている。ガードナーが調査した結果、ディズニープラス(Disney+)やNetflixの広告付きプランを試すことに前向きな視聴者の大多数は、現時点ですでに広告付きサービスと広告なしサービスの両方を利用していることがわかった。

一方、広告なしサービスのみを利用している視聴者は、当然ながら、平均以上の所得に偏っており、広告を避けるための料金を支払い続けると述べている。マーケターはこの動向を心に留めておきたいと思うだろう。Netflixの広告はリーチを拡大するための手段ではなく、より効率的に購入するための手段になることを示唆しているためだ。「広告付きプランは低所得世帯に偏る傾向がある。可処分所得が多い人は余分に支払い、広告を見ないことを選択するためだ」と、シュミット氏は説明する。

[原文:‘It’s a head scratcher’: The cases for and against Netflix picking Microsoft to power its advertising business

Tim Peterson, Ronan Shields, Seb Joseph(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島翔平)

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