これもひとつのソリューション?
米国で銃の乱射事件が激増するなか、米Axon(アクソン)社がスタンガン搭載ドローンを開発して全米の学校に配る構想を発表。人権・倫理の観点から波紋を呼んでいます。
警察も恐れをなす乱射の嵐
先月の5月14日、NY州バッファローのスーパーマーケットで起こった白人至上主義者の18歳男子による乱射事件では、警備員が銃を撃って止めようとしたのに犯人のボディアーマーに阻まれ、反撃をうけて死亡、さらに店中にいた黒人10人の命が犠牲になりました。10日後の24日には、テキサス州の小学校銃で乱射事件が発生して児童19人、教諭2人が死亡。犯人が立てこもる教室に突入をためらった警察に「何をやってるんだ!」と大問題になっています。
さらにその後、6月の最初の週末だけで米国各地で13件の乱射・銃撃事件が起こり、死傷者の数は80人あまり。史上最悪を記録した昨年に並ぶハイペースで増えていて、最近では「立ち向かっても殺されるだけだ」という無力感さえ広まっているのが現状です。
どんなドローンなの?
そこで、スタンガン(テーザー銃)や警官用ボディカメラ、銃撃VRシミュレーションの開発を手掛けるAxon社が考えたのが「遠隔操作の低致死性スタンガン搭載ドローンシステム」を飛ばして犯人を「60秒で無力化」するソリューションです。
米国では2010年に警察がスタンガンを導入してからも500人以上の方たちが死んでいるので、本当に「低致死性」と呼んでいいかどうかは意見がわかれるところではあります。
しかし、リック・スミス創業者兼CEOは2019年に書籍「The End of Killing(殺し合いの終焉)」で発表したドローン開発計画を進めるのは今しかないと考えたんでしょう。改めて必要性を訴えていますよ。
「今は乱射事件への対抗手段が銃を装備した生身の人間だけだ。起こってしまってから、ああでもないこうでもないと不毛な議論を続けている。もっと優れた、別の打開策が求められている」
「低致死性ドローンを学校や人が集まる場所に備えておけば、消防署員に代わって消火活動にあたるスプリンクラーや消火器のような役目を担える。惨事を未然に食い止めたり、最悪の事態を回避するのに役立つはずだ」
製品を出す前に非致死性ロボットが満たすべき条件としてCEOが掲げるのは次の3つ。
1.殺傷ではなく無力化する武器を搭載すること
2.ロボットではなく人間に最終決定権があること
3.参加する機関は情報透明性の確保と管理監督を厳格にすること
無論、電撃マシンが頭上を飛ぶことには「やや抵抗を感じる人もいる」ので、発売前に企業は国民とよく話し合う必要があるとも書いています。
社内のAI倫理諮問委員会は大反対
ところが、プレスリリース発表の数時間後には、社内のAI倫理諮問委員会からドローン開発に異議を唱える声明が出ています。
委員会にはなんの相談もなく、5月に出た武装ドローン開発停止の委員会決議を無視して発表に踏み切るとは何事か、とお叱りが…。委員会をないがしろにしてたら委員みんな辞めちゃうと、委員のDanielle Citronバージニア大教授はNBCに話しています(辞めたら大切な論点を代弁する人がいなくなるから、それはしないとも言っていますが)。
対立を和らげようと、CEOは「Ask Me Anything(何でも答える)」のセッションを開いて質問に答えたのですが、倫理委員会はアドバイザーであって最終決定権はないという認識。発表に踏み切ったのは、「乱射対策の議論が社内で盛んにおこなわれていて、それを社内だけに納めておくのが惜しくなったから」だといいます。セッションではまた、「通気口を飛んで教室間をシームレスに移動する」ことや「煙感知器みたいに全校に配備するか、廊下などの警戒重点エリアに置く」といった構想も明らかにされました。
スタンガンといえば心配されるのはデモ隊などへの乱用ですが、これについては肯定も否定もせず、「乱射犯のような輩が乱入した危機的状況では、遠隔操作の低致死性ドローンのほうが有効という状況も想定できる」と言うにとどまっています。関係各所にドローンの用途の明示を義務付け、人権と治安の専門家から成る中央監視委員会を設けるとともに、Axonの規約違反が認められたときには遠隔から飛行を無効化することも検討中らしいです。
ちなみに、ドローンに搭載されるテーザー銃の射程は約12mとのこと。これだけ離れていれば、そう簡単にはドローンは撃ち落とされないというのがCEOの読みです。
簡単に使えすぎる懸念
公共の場で武装ドローンを飛ばすことには、社外の専門家の間でも慎重な意見が目立ちます。
「ドローン武装化はあってはならないことだ。ピリオド」とACLUシニアスタッフ顧問弁護士 Carl Takei氏はキッパリ断言。前回お話を伺ったときにも、Axonのスタンガンのうたい文句には否定的で、いくら「低致死性」でも大量に導入すれば警察の武力行使は増えてしまうと言ってたのが印象的です。
監視技術の規制を呼びかける非営利団体S.T.O.P(Surveillance Technology Oversight Project)のAlbert Fox Cahn事務局長も「学校に武装ドローンを配備することは治安維持ではない。児童を危険にさらす行為だ」、「Axonの広報は”低致死性”を売りにしているが、心臓疾患を抱える児童が何かのはずみで死んでしまうようなことが起こるのは時間の問題だろう」という意見でした。
プライバシー団体Fight for the FutureディレクターのEvan Greer氏も思いは共通です。この10年で何百人もの人たちがスタンガンで死亡しているデータを示しながら、「悲惨な事件を営業に使う人ほど残念な人はいない」、「学校にスタンガンのドローンを配備したら、子どもはますます危険にさらされる」と苦り切っていました。
Greer氏もFox Cahn氏も一番の懸念は、当初想定した範囲を超えて悪用される危険性です。素行の悪い生徒へのお仕置きに使ったり、政治デモ隊に使ったりされないか、と心配しているのですね。
法的に許されることなのか
武装ドローンの国内利用については法律上もグレーです。
米連邦航空局(FAA)が2019年に出した通達ではいちおう違法ということになっていますが(2018年FAA再授権法363条違反に相当し、違反1回につき25,000ドル[約336万円]の罰金)、Axonの構想の合法性について確認したものの、FAAからまだ回答は得られていません。
武器搭載ドローンの利用は過去にも例があり、2016年にテキサスで銃撃戦になったとき、警察が爆弾処理ドローンで爆弾を運び、犯人を殺害したのが最初です。
その後、武装ドローン利用禁止の動きが複数の州(オレゴン、ヴァージニア、ウィスコンシンなど)に広まっていたのですが、Axonのドローンが実用化されれば急速に潮目が変わることは必至。
ディストピアンな未来
「ほんの数年前までは国内警察による武装ドローンの利用など論外で、そんなこと推奨するのはテキサスの保安官ぐらいだったのにね」とTakei氏は言ってましたけど、時代の流れを感じますね…。それじゃなくても今の若者は不安がいっぱい。ドローンなんか配備したらもっとひどくなるんじゃないかと専門家が心配するのもわかります。
「子どもを感電死させるロボットを飛ばすのが未来漫画のヒーローだとAxon CEOは思っているようだが、これ以上の悪役はちょっと思いつかない」「自分が学校にいたら乱射犯も怖いけど、武装ドローンはそれ以上に怖いわ」とFox Cahn氏は言ってましたよ。
わが身大事で警察が突入できないなら、せめてビッグドッグみたいなロボットをガシガシ犯人に向かわせるぐらいのことはやっていいように感じますが、頭上から電撃される不安に四六時中さらされる学校というのも気が滅入ります。
米国外ではドローン攻撃が主力
国内では武装ドローンの使用に慎重な米国も、国外ではアフガン撤兵後、人力に代わってドローンが対テロ攻撃の主力になっています。軍事施設だけ狙うならまだしも、罪もない市民が巻き添えになって殺されるケースも後を絶たず、それを減らすのが課題です。
英非営利団体の調査報道事務局(TBIJ)が随時更新している死者数の集計では、2002年から2020年までの間に米国のドローン攻撃でアフガニスタン、パキスタン、ソマリア、イエメンで亡くなった人の数はのべ1万~1万7,000人で、巻き添えで命を落とした市民の数はこのうち推定800~1,750人。これ見るだけでもドローン攻撃の恐ろしさ、罪深さがよくわかります。
国外はOKで、国内がダメというのもなんだか解せませんけどね…。