「有鉛ガソリン」規制までの長い戦いの歴史

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鉛を添加された有鉛ガソリンは、猛毒物質であるテトラエチル鉛などを含むため、記事作成時点では日本を含めた全世界で規制されています。そんな有鉛ガソリンに警鐘を鳴らした1920年代のマスメディアや科学者と自動車産業が1世紀近くにわたって繰り広げた争いを、アメリカ・ラフォード大学のメディア史学者であるビル・コヴァリック氏が解説しました。

A century of tragedy: How the car and gas industry knew about the health risks of leaded fuel but sold it for 100 years anyway
https://theconversation.com/a-century-of-tragedy-how-the-car-and-gas-industry-knew-about-the-health-risks-of-leaded-fuel-but-sold-it-for-100-years-anyway-173395

有鉛ガソリンで走る自動車が登場するきっかけになったのは、アメリカの自動車大手・ゼネラルモーターズ(GM)が1921年12月にテトラエチル鉛を混ぜたガソリンのテストをしたところ、エンジンの出力が上がり音も静かになったことです。この発見が大きな利益になると見込んだGMは、テトラエチル鉛を添加したガソリンを「エチル」と名付けて自動車燃料として売り出しました。

しかし、GMによる「エチル」の大量生産と販売は、後に多数の労働者が犠牲になった事故や環境汚染など、人命と健康を脅かす深刻な問題へと発展していくこととなります。有鉛ガソリンが市場に出回ることになった経緯は、以下の記事を読むとよく分かります。

なぜゼネラルモーターズは人を死に至らしめる鉛をガソリンに入れたのか? – GIGAZINE


有鉛ガソリンの被害を取り上げるメディアに対し、当時の自動車・石油業界は攻撃的な姿勢を見せました。1924年にアメリカの石油会社であるスタンダード・オイルの有鉛ガソリン工場で事故が発生し6人が死亡、さらに十数人の労働者がせん妄などで病院に搬送された際にも、会社側は「何が起きたのかは不明」と主張。メディアに対しては「公共の利益のため、この問題についてはこれ以上口を挟むべきではない」と迫りました。

しかし1925年になると、有鉛ガソリンに関する多くの記事が紙面に載るようになりました。当時ニューヨークで発行されていた日刊紙・New York Worldは、イェール大学の有毒ガスの専門家であるヤンデル・ヘンダーソン氏とGMのエチル研究者であるトーマス・ミドグレイ氏に、有鉛ガソリンの毒性に関する取材を行いました。その中で、GMのミドグレイ氏が「燃料の出力を上げるには有鉛ガソリンしかない」と主張したのに対し、ヘンダーソン氏は「ニューヨークの5番街に毎年30トンの鉛が、ほこりが混じった雨となって降ってくるようになる」との試算結果を報告しました。

2人の専門家の主張を取り上げた記事に対し、自動車業界の関係者は怒りをあらわにしました。1948年に公開されたGMの広報資料は、New York Worldの記事のことを「当社のアンチノック剤入りガソリンの販売に反対するキャンペーン」と表現していたとのこと。また、GMは「メディアが有鉛ガソリンを『loony gas(気狂いガソリン)』と呼んだ」としていますが、実際には有鉛ガソリンの被害を一番最初に受けることになった工場労働者自身が使っていた言葉なのだそうです。

by Ricky Romero

GMやスタンダード・オイルが有鉛ガソリンの安全性について訴える一方で、公衆衛生学者らは有鉛ガソリンの必要性に異議を唱えましたが、アメリカの公衆衛生当局は科学者の意見を無視し、1926年に「有鉛ガソリンを規制する正当な理由はない」との見解を公表しました。

有鉛ガソリン規制の道が閉ざされたことで、有鉛ガソリンは多くの問題を抱えたまま世界各地で使われ続けることになりました。WHOは、数十年間にわたり有鉛ガソリンが使用され続けたことが、年間120万人以上の早死にや知能指数(IQ)の低下、約5800万件の犯罪発生などの被害をもたらしたとしています。

1960年代に入ると、有鉛ガソリンに関する公衆衛生上の問題が再び取り沙汰されるようになりました。カリフォルニア工科大学の研究者であるクレア・パターソン氏は、有鉛ガソリン由来の鉛があちこちにあるせいで、鉛の同位体の測定が難しくなったことに気づき、1965年に発表した論文の中で「アメリカ人は慢性的に鉛の被害を受けている」と訴えました。

そして、1970年代に入りアメリカの環境保護当局は、「有鉛ガソリンは自動車の触媒コンバーターを詰まらせ大気汚染の原因となるため、いずれは有鉛ガソリンを禁止しなければならない」と報告。さらに、1970年代から1980年代にかけて、ピッツバーグ大学の小児科医であるハーバート・ニードルマン氏が、「子どもの鉛中毒はIQの低下やそのほかの発達障害の原因となる」と唱えたことで、有鉛ガソリンに対する懸念はさらに高まりました。


パターソン氏やニードルマン氏に対し、業界は「不正な研究をしている」とのバッシングを行いましたが、1996年にアメリカの公衆衛生当局はついに有鉛ガソリンの販売を正式に禁止し、EUやそのほかの国々がこれに続きました。そして、2021年8月に世界で最後に有鉛ガソリンを販売していたアルジェリアが有鉛ガソリンを禁止したことで、有鉛ガソリンは100年にわたる歴史に幕を下ろしました。

こうした経緯からコヴァリック氏は、「有鉛ガソリンの事例は、利益重視の産業界に対する規制が失敗すると、いかに深刻で長期的な被害がもたらされるかを物語っています。このようなリスクに対抗するには、人々の公衆衛生意識と、健康や環境問題に関するメディアの積極的な報道が不可欠です」と結論づけました。

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