在宅勤務 監視ソフトウェア、需要増で過剰な監視が横行:「会社への信頼が完全に損なわれた」

DIGIDAY

仮に、勤務時間中、雇用主によって常に監視されていたら、あなたはどう思うだろうか。パソコンに向き合う時間、キーボードの打鍵数、仕事と無関係の検索などが、すべてカウントされているとしたら、どう感じるだろうか。

ポストコロナの混乱期にあって、知識労働者たちはより柔軟で自律的な働き方を求めており、その評価基準も時間から成果へと明確にシフトしている。それにもかかわらず、従業員がどこで仕事をしていても、常に監視を続けるソリューションへの需要は世界的に急増している。

「陰湿」な技術の隆盛

「コロナ禍の勃発以来、56%も増えた」。そう語るのは、英国とアイルランドで給与計算のソフトウェアおよびサービスを提供するMHRで、データ保護の責任者を務めるレズリー・ホームズ氏だ。出社と在宅のハイブリッド勤務戦略を採用する企業が増えるなか、各種のモニタリング技術に対する関心も高まっている。

ホームズ氏はトップテンVPN(Top10VPN)の調査結果を引用し、こう述べている。「2022年1月から3月にかけて、従業員監視ソフトウェアの世界需要は75%増加し、3カ月間の増加率としては、2019年以来最大の数字を記録した」。

このようなソフトウェアに期待を寄せるのは、漸減する収益をにらみながら、生産性の最適化に不安を抱く雇用主たちだ。しかしホームズ氏は、このような技術の陰湿さを懸念する。「この手のアプリによる監視や干渉の度合いは強まるばかりだ。電子メールの閲覧と返信に要した時間を記録したり、会議への出席を監視したり、さらにはパソコンの画面から従業員を撮影するものまである」と、同氏は指摘する。

実際、エンジニア、科学者、公務員を代表する労働組合のプロスペクト(Prospect)が昨年11月に発表した調査によると、英国の労働者の32%が、追跡ソフトや遠隔操作のウェブカメラによる職場での監視にさらされている。さらに、ウェブカメラで監視されている在宅勤務者は、わずか6ヶ月で5%から13%に急増した。

キーボードの入力内容、行動、生体認証

英国リーズの弁護士事務所ブラックスソリシターズ(Blacks Solicitors)で雇用法部門の責任者を務めるポール・ケリー氏は、最新のソリューションとして、従業員のログオン継続時間、ログオン中の行動、閲覧したウェブサイト、キー入力などを追跡するモニタリングソフトウェアに言及した。「従業員のパソコンのスクリーンショットを撮ったり、ウェブカメラにアクセスしたりできるソフトウェアもある。上司は終日、従業員が各自のワークステーションに在席していることを確認できる」。

この程度で不愉快だと思うなら、これはほんの序の口に過ぎない。監視ソフトウェアは、雇用主に分析データを提供し、従業員の行動と生体認証(指紋認証、顔認証、網膜認証など)に基づいて生産性を判断できるまでに進化している。

さらに、職場監視プラットフォームのアウェア(Aware)に備わる「感情分析を大規模におこなう」機能はさらにその先を行く。その製品説明によれば、「ネットワーク全体を通じて、従業員の会話に潜む感情や、常とは異なる行動を特定できる」という。要するに、従業員同士のやりとりから、彼らの総合的な気分を算出できるのだという。

世界最大の仮想プライベートネットワーク(VPN)プロバイダーのひとつであるエクスプレスVPN(ExpressVPN)で、バイスプレジデントを務める香港在住のハロルド・リー氏は、「今日の企業の多くは従業員のプライバシーよりも利益を優先している」と考えている。「多くのプライバシー問題と同様に、従業員の監視には心理的な影響が大きく、そのことが特に懸念される」と同氏はいう。同氏の会社がおこなった調査によると、多くの従業員は、監視による不安やストレスにさらされるくらいなら、仕事を辞めるほうがましだと考えているようだ。

金融サービスに携わるニューヨーク在住のセバスチャン氏(仮名)はこう話す。「職場の上司に一挙手一投足を間近で監視されていたら、プレッシャーを感じるし、ミスを犯したらどうしようと不安になる」。

「だが、監視ソフトの監視下に置かれるのは桁違いに不快だ。常に見られている感じで、薄気味悪い。トイレに立つことさえはばかれるほどだ。全体主義の監視社会を描いた『1984』を彷彿させる。まったく落ち着かない」。

恐怖による支配か、善のための監視か

セバスチャン氏が転職したくなるのも無理はない。しかし、監視のおかげで、職探しすら一筋縄ではいかない。「新しい雇用主とのやりとりも監視されているという妄想に駆られて、次の仕事を探すのに、妻のパソコンを使わなければならなかった」という。

「この会社にはほかにも転職を考えている人が大勢いる。会社に対する信頼が完全に損なわれてしまった。どんなに高い給料をもらっても、牢獄にいるような気分はごめんだ。恐怖による支配はいかにも前世紀的だ」。

エクスプレスVPNのリー氏はもうひとつの潜在的な問題を指摘する。「ハラスメントのような深刻な職場問題を考えれば、監視は特に邪悪な目的で使われかねない」と同氏は話す。「このような状況で、従業員のプライベートなメッセージがハラスメントの加害者からのぞかれる危険があるとき、企業は従業員を確実に保護することができるのか」。

MHRのホームズ氏も監視ソフトの導入には慎重であるべきだと考えている。そして、パフォーマンスばかりを偏重せずに、従業員の健康、幸福、福祉を評価するなど、何か別の方法で従業員の勤労意欲を喚起すべきだと訴える。「雇用主は監視ソフトウェアを導入するよりも、個々の従業員のパフォーマンスを管理しつつ、偏在する監視の目を感じさせないHRソリューションを検討すべきだ」と同氏は話す。「テクノロジーを活用すれば、管理職者は部下の気分やパフォーマンスを計測することができる。チーム全体の正確な評価をおこなって、それを上に報告すればよい」。

調査会社のジョッシュ・バーシン・カンパニー(The Josh Bersin Company)のCEOでカリフォルニア州在住のジョッシュ・バーシン氏も同じ考えを述べている。「たとえば、マイクロソフトなどのソフトウェアにも、雇用主や従業員に健康や幸福度に関するデータを提供してくれるものがある。過労、会議の詰め込みすぎ、電子メールの使いすぎ、勤務時間外のコミュニケーションを回避するのにも有効だ」。

ジョッシュ氏はさらに、優れた経営者は成果や結果を重視するため、活動を測定するのは的外れだとも述べている。「営業やコールセンターの管理職者の多くは、従業員の活動を詳細に監視する。しかし、そのデータが実際の事業結果に直接紐付いていなければ、業務管理には役に立たない」。

従業員監視の適法性

従業員たちをデジタルの目で監視することは、法的にはどうなのだろうか。ブラックスソリシターズのケリー氏によると、「英国には、職場における従業員の監視を規定する法律は特になく、米国にも過剰な監視から従業員を保護するための十分な規則はない」という。

英国の雇用主には、従業員を監視する多くの正当な理由(たとえば、盗難の防止、安全や衛生に関する法令遵守など)があるかもしれないが、合法的に従業員を監視するためには、満たすべき特定の基準があると、ケリー氏は指摘する。

まず、雇用主は自らに問わねばならない。なぜ従業員を監視する必要があるのか、監視によって何を達成したいのか。「監視には明確な目的が必要で、根拠のないのぞき見は禁物だ」と、ケリー氏はいう。次に、従業員の監視にはバランスが必要だ。雇用主の目的に照らして、立ち入りすぎ、過剰であってはならない。

第三に、従業員の私生活やプライバシーの権利は尊重しなければならない。最後に、もっとも重要なことは、従業員への情報提供だ。「雇用主は正式なポリシーを整備して、従業員を監視していること、監視の方法、収集した情報の用途と保管について、従業員に知らせるべきだ」と、ケリー氏は述べている。

法的な状況がどうであれ、倫理的には疑問の余地が残る。「通常、雇用主が監視の目的を説明し、透明性を確保すれば、従業員は職場における監視をある程度は受け入れるだろう」と、ケリー氏は話す。「しかし、職場の監視がいたずらに強化されれば、従業員の勤労意欲や愛社精神に悪影響を及ぼし、労使間の信頼関係が損なわれることは間違いない」。

[原文:Why monitoring employees – inside and outside the office – is rocketing anxiety

Oliver Pickup(翻訳:英じゅんこ、編集:黒田千聖)

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