例年とは異なる様相の カンヌライオンズ 2022:「コロナ以降に生まれたクリエイティビティを目にするだろう」

DIGIDAY

「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」(Cannes Lions International Festival of Creativity 2022:以下カンヌライオンズ)が6月20日から24日まで、南仏カンヌで開催される。1本600ユーロ(約8万4000円)するロゼワインの消費量は今回、少なそうだ。ホテル・バリエール・ル・マジェスティックには多くの人が集まるだろう。

代理店主催のパーティはホテルのスイートルームでなく、大半がビーチでおこなわれる。ホテル・カールトンが改装のため休業中だからだ。以前に比べてパーティは小規模になり、休憩エリアは広々としているが豪華とはいえず、アドテクベンダーの活動にも派手さがみられない。世界最大級の広告賞とマーケティング・コミュニケーションの祭典であるカンヌライオンズは2022年、例年とは異なる様相を呈している。

前回、有観客で開催された2019年以来、多くの変化があった。世界は二極化し、政治色を帯び、波乱に見舞われている。

もちろん今回も、注目に値する演出は健在だ。プライスウォーターハウスクーパース(PwC)協賛のヨットや、トレードデスク(The Trade Desk)提供のペントハウスのスイートルーム、Spotify Beachでのケンドリック・ラマーのパフォーマンスなど。しかしどれも、これまでより控えめに見える。夜を彩るプールパーティが豪華ランチに変更され、移動に使われるのは飛行機のファーストクラスでなく一等列車になり、Snapchatの巨大な観覧車はAmazon Portに取って代わられた。

準備時間はまったく足りず

2022年はキャプティファイ(Captify)主催による夜のプールパーティが姿を消した。例年、アペロールスプリッツのカクテル、贅を尽くしたヴィラ、ブランドのロゴつき浮き輪、DJシリルのパフォーマンスで盛り上がっていたイベントだ。今回は代わりにランチが供されることになり、趣を変えて、オンライン広告の炭素コストに関するパネルディスカッションがおこなわれる。

たしかに、以前と比べればかなりの変貌ぶりだ。かといって、想定外だったわけではない。カンヌライオンズ名物の大規模イベントの企画には何カ月もかかる。参加企業側にはその時間的余裕がなかった。

フェスティバル開催が確定したのは2021年11月のことで、広告業界にとって繁忙期のさなかだった。したがって、関係者が準備を始めたのは年明けで、一部のイベントについては3月に入ってから着手するはめになった。しかも、作業は遅々として進まなかった。

あるクリエイティブ代理店のコミュニケーションディレクターによると、どの企業も他社の様子をうかがいながら企画案を検討していたため、社内の承認に時間がかかったのだという。理由は明らかで、景気低迷が長引きそうな見通しやウクライナ紛争、なかなか終息しないコロナ禍が、ビジネスと観光の両面でカンヌに暗い影を落としているのだ。最初は多くの企業が協賛・出展計画を暫定的としていたが、そのうち数社が参加の意向を公に表明しはじめた。

「他社の最新動向の情報をきっかけに、多くの企業が出展確定の判断を下した」と語るのは、社内規則によりオフレコでしかコメントできないという某社広告部門の幹部だ。「各社の計画がぎりぎりまで決まらないので、関係者のあいだで、参加するかどうか、施設内に休憩用のソファを設置するかなど、探り合いの会話が交わされた」。

キャプティファイが2022年、プールパーティの開催を中止したのもうなずける(ただし、2023年には再開の見通し)。

経費の管理も以前より厳しく

2022年のカンヌライオンズをめぐるジレンマを象徴するかのような中止の決断だった。企業の熟考の風潮は一時的なものか、修正の兆候か――以前は誰もが当たり前と思っていた「自由」が戻ってきたいま、それをあらたな責任感と現状認識をもって謳歌すべきだという主張かもしれない。

また、イベント担当幹部に割り当てられる経費は経理部により厳しく管理される。もちろん、それにはしかるべき理由がある。

ここ数カ月の景気減速は業界全体に衝撃を与えた。ソーホー(Soho)でもマジソン・アレー(Madison Alley)でも、広告部門長は経費削減や一時解雇の問題に向き合い、これまでになく慎重な姿勢のCEOやマーケター、出資者の反応を気にしている。予算に余裕があるか否かにかかわりなく、目をむくような金額をフェスティバルに投入して目立ちたがる者はいない。

マーケティングと営業のあいだでも、やっかいな調整や交渉が必要になる。あるアドテクベンダーのマーケティング部門長は次のように指摘する。「今年、4万ユーロ(約560万円)の予算が確保できるなら、業界紙主催のラウンドテーブルよりもっといい使い道がありそうだ」。

2022年、コート・ダジュールで繰り広げられる各種イベントで、サーモンピンク色に輝く名産のロゼワインが飲まれる量は例年より減りそうだが、業界有数のアドテクベンダーはいつものように、こぞって参加の予定だ。各社の企画を一部紹介しよう。

カンヌ港はタブーラ(Taboola)、ティーズ(Teads)、コグニティブ(Cognitive)、アンルーリー(Unruly)をはじめとするスポンサー協賛のヨットで埋めつくされるだろう。カバナが並ぶエリアには、ロク(Roku)やアドフォーム(Adform)の名前がみられる。トレードデスクとインデックス・エクスチェンジ(Index Exchange)は、クロワゼット大通りを見下ろすしゃれたペントハウスのスイート運営に総力を挙げて取り組むはずだ。

アドテク企業の動向は?

一方、アドテク業界の枠を超えて活動する企業もある。動画広告のブランド・スータビリティ・プラットフォームを運営するゼファー(Zefr)はフェスティバル期間中、アクシオス(Axios)によるニュース報道のスポンサーを務める。もちろん、ヨット上でもパネルディスカッションがおこなわれる。そして、Snapchatのエヴァン・シュピーゲルCEOのような著名人も登壇する。それでも、以前のカンヌライオンズと比べるときらびやかさに欠けるように見える。

「大規模なパーティを開くより、フェスティバル終了後に参加者が各自、アクションアイテムを持ち帰れるよう、内容を充実させたい」と、ゼファーで戦略・マーケティング部門のエグゼクティブ・バイスプレジデントを務めるアンドリュー・サービー氏は語る。

オムニコム・メディアグループ(Omnicom Media Group)も、自社のカバナを訪れた人々が参加すれば何かしら得られるようなイベントを提供すべく、4日間に12セッションの開催を予定している。

オムニコム・メディアグループのCMO、ソフィア・コラントロポ氏は次のように述べている。「フェスティバルでは、主なテーマとして『未来のつながり方』(future connections)を取り上げ、つながりの概念が消費者、経験、コネクテッドコマース(オンライン、オフライン両方でパーソナライズ化された購買体験を提供する小売事業)の観点からみてどんな意味をもつかを話し合う」。

多くの代理店が一堂に会し、カンヌライオンズ史上初めて「未来のつながり方」を論じることになるが、コラントロポ氏はその企画の責任者を務めている。「カンヌライオンズではこれまで、クライアントである広告主を中心にすえた活動ばかりだったが、今回は我々の活動すべてにつながりを持たせることに重きをおいている。クライアントにとって参考になる情報を盛り込みながら、代理店各社の幅広いサービスのラインナップを紹介するイベントにしたい」。

「もとの状態」に戻ることはあるか?

とはいえ広告業界は、変化したと思いきや、またもとの状態に戻る傾向があることで知られている。

「前回、私がカンヌライオンズに参加した2019年、こんな会話が交わされていた。広告業界の人々が自己認識を新たにし、責任感のある行動をするようになったという話だったが、現場では、そんな反省はかんたんに忘れられてしまう」と語るのは、あるアドテクベンダーの経営幹部だ。米DIGIDAYの取材に応じる許可が正式に得られないため、匿名を条件にこう述べた。

「ある夜、ヨーロッパのアドテクベンダー協賛のヨットに私が乗っていたときのことだ。周囲の人たちが、開けたシャンパンを皆に浴びせて、空になったボトルをどんどん海に投げ込んでいるのを見た。衝撃的な光景だった。あんなふるまいがまた繰り返されないとは言いきれない」。

はたして業界は変わるのか、もとに戻るのか。答えはまだわからない。一方、本稿執筆に際して取材に協力してくれた企業幹部のコメントには、業界をおおう暗い雲から指すひとすじの光を示唆するものが感じられた。幹部らにとっては、悪いニュースでも、見方によっては明るい材料になりうる、ということだ。いま世界が直面している危機的状況は、我々がその結果に対し、想定内かどうかにかかわりなく向き合うチャンスととらえていいだろう。

オランダのクリエイティブ代理店、TBWA\NEBOKOを率いるリック・レダーCEOは次のように述べている。「当社にとって今年のカンヌライオンズは、以前とは異なる状況下ではあるが、クリエイティビティを称える精神にのっとったフェスティバルになると期待している。世界はBLM(ブラック・ライブズ・マター)や#MeToo運動、コロナ禍を経験して2022年に突入し、ウクライナ紛争をも受け止める構えができた」。

同様の姿勢でフェスティバルにのぞむ代理店はほかにもある。フランスを拠点に活動する電通の幹部たちは、オムニコム・メディアグループと同様、列車でカンヌ入りする予定だ。一方、大人数でやってくる代理店もあり、ブランド・アドバンス(Brand Advance)は70名のスタッフ向けに別荘を借りたという。幹部たちのなかには、「責任感あるふるまい」を、口先だけでなく行動で示す者もいるだろう。

注目されるテーマは?

「今年はチーム全員をカンヌライオンズへ連れてきたかった。現地の雰囲気を味わってもらうとともに、若いクリエイティブ担当者との交流をうながすためだ」と、映画制作のヴィジックス(Vigics)の創業者、ドワイト・グルート氏はいう。「会場のパレ・デ・フェスティバル・エ・デ・コングレ(Palais des Festivals et des Congrès)は、映画制作という当社の専門からすると場違いな部分もあるが、フェスティバル外では多様な人材と出会うチャンスがある」。

今回取材に応じた企業幹部によれば、そういった場での会話は、いま注目されているビジネスの存在意義、人材、メタバース、ウェブ3.0といった大きなテーマが中心になるだろうという。

ただ、マクロ経済の観点からみたフェスティバルの現実と、その有効性の危機をめぐる議論に関しては、話は別だろう。公平に見て、カンヌライオンズは実用的な問題を扱うべき場ではなく、クリエイティビティの祭典であり、人との関係構築に重きをおいている。だから、そこで交わされる会話が世俗的な方向に発展することはまれだ。

純粋主義にこだわる人なら、カンヌライオンズが思慮深いふるまいをする場になる風潮を嘆くかもしれない。しかしそれ以外の人々は現状を受け入れている――マーケターにとっていまは間違いなく試練のときだが、フェスティバルを盛り上げる業界には、進取の気性に富み、才覚があり、努力を怠らない人々が多数いると信じているのだ。

2020年以降、人々がクリエイティビティを発揮した成果を見る

「2022年は、コロナ禍の日々から生まれた作品を見る初めての年になる」と、VMLY&Rの最高クリエイティブ責任者、ハイメ・マンデルバウム氏はいう。

「2020年の広告賞が中止になったため、作品のエントリーが2021年にずれ込んだわけだが、それらの作品は実際には2019年に制作されたものだ。2020年にコロナ禍で中断していた制作が再開され、2021年の広告賞にエントリーした作品もある。そして2022年は、MicrosoftのTeamsやZoomを通じて人々がクリエイティビティを発揮した成果を、目の当たりにする年になるだろう」。

[原文:‘Very different context than in years gone by’: Cannes Lions 2022 vibe caught between mind and heart

Seb Joseph(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)

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