「エンパシー」は今、ブランディングに不可欠な要素だ

DIGIDAY

自分はクリエイティブディレクターになる前にパブリック・リレーションズという領域でさまざまななスキルを身につけたが、なかでもこれを身につけてよかったと感謝しているのは「エンパシー力」だ。今、ブランディングにとってエンパシーは不可欠な要素だと思っている。株式会社博報堂ケトルの嶋浩一郎による寄稿。

ADVERTISING WEEK ASIA2022 が、3年ぶりにリアルイベントとして東京ミッドタウンへ帰ってきます! 本イベントのメディアパートナーを努めるDIGIDAY[日本版]では、「AWA2022 リアル開催復活記念」として、そのカウンシルメンバーが個々のセッションの背景や裏側について語るリレー形式の寄稿連載を掲載。第3段の執筆者は、株式会社博報堂ケトルでエグゼクティブクリエイティブディレクターを務める嶋浩一郎氏です。

エンパシーの時代に

僕はパブリック・リレーションズのキャリアを積んでクリエイティブディレクターになった。90年代までクリエイティブディレクターはコピーライター、アートディレクター、CMプランナーといった広告制作の技術をもった人たちが就くポジションだと認識されていた。しかし、00年くらいを境にアクティベーションやデジタルなど、さまざまなバックグラウンドを持った人がクリエイティブディレクターになっていった。自分もPRの世界からクリエイティブディレクターになって、コミュニケーションデザインや統合マーケティングという考え方を広告業界に浸透させるために奮闘していた。CDになる前にパブリック・リレーションズという領域でさまざまななスキルを身につけたが、なかでもこれを身につけてよかったと感謝しているのは「エンパシー力」だ。今、ブランディングにとってエンパシーは不可欠な要素だと思っている。

違いを語る人より、同じを語れる人へ

マーケティングは「違い」を語れる人より、「同じ」を語れる人がモテる時代になっているのではとよく感じる。それはブランドが市場のなかでの差別化ポイントを語る時代から、社会における役割を語る時代になった変化と同期した現象だと思う。自動車の燃費や荷室の広さなど、競合とのスペックを比べる時代には「違い」をアピールすることがより重要だったけど、社会にブランドがどう寄与するのかを語る時代には、モビリティを通じてどんな社会を作っていくのかというビジョンがより重要になる(スペック訴求に価値が無くなったというわけではない)。新しいサービスを作るのはひとつの企業の力だけでは難しいことが多い。だからブランドは同じ志をもった異業種のプレイヤーと協業、共創をしていくことになる。他業種で異なる技術などのバックグラウンドを持つプレイヤーと「同じ」ビジョンを共有することが大切になるのだ。

エンパシーは感覚ではなく技術

エンパシーに似た言葉でシンパシーというものもある。ともに「共感」というような訳され方をするが、シンパシーはどちらかといえば感情としての「共感」、エンパシーは能力としての「共感」なんだそうだ。つまり、あの人いい人ねって思われるのがシンパシーで、違う文化背景を持っている人と違いを超えて同意できる点を見つけられるのがエンパシーらしいのだ。そういう意味でいま、ブランドに必要とされるのは「エンパシー力」なのだ。

パブリック・リレーションズは合意形成の仕事だ。今までの既成概念とは異なる考え方を世の中に普及させるのがPRの技術である。よく、学生に話をするときに、PRはパブリック・リレーションズで、Sがついて複数形になっているところが大事なんだよという話をする。マーケティングは消費者という相手と関係性を築くことが主要なミッションになるわけだが、PRにおいては消費者はもちろん、従業員、地域住民、行政、アカデミア、NPOとあらゆるステークホルダーとの関係性を考えなければならない。まさにリレーションズだ。なかにはブランドに対して好意的でないプレイヤーとの関係構築も含まれる。ここにエンパシー力が生かされるのだ。

新しい概念は既存の仕組みとフリクションを起こす

スタートアップ企業は新しいテクノロジーを使ったサービスを普及させたい。しかし、新しいテクノロジーは既存の仕組みと必ずフリクションを起こす。ITを活用したライドシェアサービスは運送業に関する法規制によって制限されるし、既存の事業者から脅威と捉えられる。民泊サービスも法規制とのバッティングもあるし、突然地域に見知らぬ人が泊まりにくる得体のしれないサービスと捉えられかねない。でも、民泊は新たな地域活性化施策になるかもしれないし、空き家問題の解決策になるかもしれない。そういう自治体や地域の団体などと、その視点なら手を組めるという切り口を見つけ、特区を作って実証実験を進めるなどサービス実現に向けて前進していくお手伝いをするのが我々事業をサポートするPRパーソンの役割だ。これはまさに事業者とは異なった視点で考えるステークホルダーと握れるところ、つまり「同じ」ところを見つけていく仕事で、エンパシー力がものをいう。エンパシー力を発揮するには、ある意味外交官的なセンスが求められる。違いを認めつつ、同じ部分では手を握るというような。

スタートアップだけでなく、ビジネスのトランスフォームを図る既存企業にとっても、新しいサービスや事業を世の中に浸透させていくために、さまざまなステークホルダーと「同じ」価値観を見つけるセンスは重要なスキルになっていくだろう。エンパシー力を持つブランドは強い!

※DIGIDAY[日本版]は、ADVERTISING WEEK ASIA2022のメディアパートナーです。また、本記事の執筆者、嶋浩一郎氏はAWAのセッション「食とクリエイティブの可能性」に登壇予定です。

Written by 嶋浩一郎
Image courtesy of ADVERTISING WEEK ASIA2022


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