1年前、Appleがユーザーのトラッキングを困難にしたことで、広告主、パブリッシャー、アドテックベンダーはパニック状態に陥りました。大きな変化を信じられず、話題にしない人もいれば、この変化によって起こりうる影響を嘆く人もいました。順応しようとする人々もいれば、回避策を探す人々もいたようです。大きなプラットフォームたちでさえ混乱を経験しました。
1年が経ち、彼らのパニックは多くの場合、現実的な視点に基づいた対策へと進化したようです。
以下に、Appleのトラッキング取り締まりについて、私たちが知っている(そして知らない)ことを、いつものQ&Aシリーズでご紹介しましょう。
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――まずは状況の整理をさせてください。
Appleは昨年4月、ATT(App Tracking Transparency)という機能によって、デバイス上のアプリによるユーザー追跡を希望するかどうかを、ユーザーたちに尋ねるということを開始しました。そうすることで、人々は自分のデータをよりコントロールできるようになるだろう、という考えです。公平を期すために言えば、コントロールはすでにユーザー側に存在していました。アプリにデータを共有したくない人は、デバイスの設定でそう指定するだけでそれを実現できたのです。しかし、そのためにはユーザーがわざわざそのやり方を知っておく必要があり、ATTはユーザーたちにさらに明確なコントロールを与える形になりました。
開発者たちは、アプリがトラッキングをしてもいいかどうかをユーザーに確認することを義務付けられました。ユーザーがイエスと言えば、すべてが以前と同じように動作します。しかし、もし彼らがノーと言った場合、開発者はアプリ内でデータを使用しているそのユーザーを追跡したり、他の企業にデータを販売したりすることはできません。
――ユーザーにとってはよい話だが、広告主にとってはよくない話、ということでしょうか?
簡単に言えば、そうなります。しかし、細部にも注意を払う必要があるでしょう。Appleデバイス上のユーザーを追跡することは、ATTが登場して以来はるかに困難になっています。そのことは、個人データのために使用されていた識別子が、アプリによる追跡を拒否した場合には実際になくなる、という事実からも明らかです。データの収集、処理、販売に関わる企業にとっては悪いニュースです。少なくともAppleが個人プライバシーの審判になる、という提案を受け入れた企業たちにとっては、悪いニュースでした。これらの企業は基本的に、従来のアプローチの破綻を宣言し、新たなデータ方針を採用することになりました。
その一方で、(予想されたように)明確な同意があるかどうかに関係なく引き続きユーザーたちを追跡する企業もいたため、(大人しくAppleに従った企業たち)は不利な立場に置かれました。ユーザーの同意に関係なくユーザー追跡を継続した企業たちは、Appleがデバイスから収集されるユーザーデータの量を監視・判断するのは難しいだろうという推測に賭けたのです。そして、彼らの推測は正解でした。ATTが登場したあとも、悪名高い「フィンガープリンティング」の慣行が続いていることは、このことを証明しています。
実際、多くの企業にとって、Appleの規則を無視していることが発覚するリスクと比べても、やるだけの価値があるようです。もちろん、発覚した場合は問題となりますが。
モバイル測定プロバイダーのブランチ(Branch)でプロダクト・マーケティング部門責任者を務めるアレックス・バウワー氏は、「このような(規則を無視する)行為は、故意にルールを押し曲げている企業たちがちゃんとトラブルに遭うからこそリスクとなるのであって、そうでない場合はリスクとならない」と指摘します。「アップルが積極的にATTが正当に運用されているか監督しないのであれば、(ルールを破る企業たちは)わざわざ自らの能力を制限することもないだろう」。
――でも、Appleはプライバシーを重視しているのでは?
思い出してほしいのですが、アップルはここ数年、プライバシーに対する強い姿勢を貫いています。2017年にブラウザーにおけるトラッキング機能を制限して以来です。だから、同じ試みをアプリに対して行うことは間違いなく消費者のためのものでしょう。とはいえ、他社がAppleのユーザーから収集したデータから利益を得ることを困難にすることは、Appleにとって利益ともなっています。もちろん、このことは(消費者のためのプライバシー対策)の有効性を低下させることはありません。しかし、Appleのビジネスを助けていることは確かです。
最近のAppleの検索ビジネスの好調ぶりは、その好例でしょう。昨年以来、Appleの検索広告枠を買えば、競合他社から購入するのと比べて、広告がどのように表示されるか、広告主たちがより網羅的に把握できるようになりました。Appleの検索広告の市場シェアは大きく成長しています。プライバシー分野は特に、囲い込みが行われた状態ではいいビジネスとなり得るのです。
「Appleはプライバシー分野の審判になりたがっているが、その役割を果たすのがいかに難しいかを理解するのに時間がかかった」とアドテックベンダーのローテイム(Lotame)の最高執行責任者であるマイク・ウーズリー氏は述べています。「彼らはこれから相手をじわじわと消耗させる争いを戦っていくことになるだろう。彼らはプライバシー保護の名目の下で多くのことを行い、それがビジネスに直接的な経済的影響を与え、市場に冷笑的な態度を招くことになるだろう」。
――このような疑念を払しょくするためにAppleができたことは、ほかにあったのでしょうか。
Appleがすべきことがほかにもあった可能性はあります。現状では、Appleの真意についてシニカルな態度を取るのは簡単です。エプシロン(Epsilon)の最高アナリティクス責任者であるロック・ローズ氏はこう説明しています。「もしAppleの第一の関心事がプライバシーだったら、GoogleがAndroid MAIDでやるように、IDFAを完全に廃止していただろう。ATTにおけるオプトアウトの運用とロジックを、他社のアプリに適応しているようにAppleのサービスとアプリにも適用しただろうし、他社が利用可能なアトリビューションソリューションを彼らも使用していただろう」。この3点はいずれも、ユーザーのプライバシーを犠牲にしてAppleのソリューションを優遇していることは間違いない、とローズ氏は続けています。
Appleだけが利用できる優れたアトリビューションソリューションの存在は、彼らが他社を競合相手と見なしていることを明確にしている。こうしたアトリビューションへのアクセスの違いにより、AppleはATTの開始以来、アプリストア(App Store)の広告売上に占めるシェアを3倍に増やすことができたとローズ氏は述べている。
とはいえ、Appleがこれらの疑惑のいずれかに直ちに応える必要はありません。結局のところ、完全に施行されていない状態にもかかわらず、同社はすでにATTを通じて、市場での良いポジショニングを獲得しているからです。言うまでもなく、規制当局からはまだ大きな反発も出てきていないことも理由となっています。
――1年前にATTにうろたえていたマーケティング担当者たち。今はどうでしょう。
だいぶ落ち着いてきているようです。もちろん、マーケターは状況に満足しているわけではありません。しかし、1年前ほどパニックに陥ってもいません。そうではなく、彼らは、通常は統計的なメディアミックスモデリングかAIのいずれかを通して、何がうまくいっていて、それが十分にうまくいっているか、のためのベースラインを確立しているのです。
しかし、この状況は控えめに言っても厄介です。特に、キャンペーンの指標が底をついていたからです。マーケターたちは、この数字の落ち込みのどれくらいが、自分たちが実施しているテストの結果として受け取るべきなのか、それとも通常の市場力学なのか、あるいは広告が購入されたプラットフォームの影響なのか、を理解しようとしました。最終的には、これは購入された広告に効果に起因するものではなく、効果があるかどうかを知ることがいかに困難かに起因することが明らかになりました。
たとえば、Facebookの広告主たちは、完全にログインしたオーディエンスのおかげで、ATTが実施された後も効果的に広告を投稿することができました。ただFacebookは、Appleデバイスから取得したデータがないなかで広告が機能することを示すのに、ほんの少しの時間がかかりました。そしてこのあいだ、多くの小規模なマーケターが苦しんだのです。
ベラルディ・ウォング(Belardi Wong)のデジタル戦略・統合マーケティング部門バイスプレジデントであるカラ・マーフィー氏は、「D2C分野のクライアントの多くは、AppleのATT変更の影響を直接受けている。これは、メタ(Meta)のプラットフォーム全体でターゲティング、そしてその結果として広告のパフォーマンスが低下したためだ」と述べました。「クライアントは、オンライン(たとえばTikTok、SMS、マイクロインフルエンサー)とオフライン(ダイレクトメール、テレビ、オーディオなど)の両方のチャネルを活用しマーケティングミックスを多様化することによって、変化に適応している」。
――マーケターたちにとっては、ここからはぐんぐんと成長だけが期待できる、ということですか?」
そんなことはないでしょう。Appleデバイスからの細かいデータがない広告運営は、多くのマーケターにとって今でも厳しいままです。とくに小さな企業の成長を助けるマーケターたちにとっては困難でしょう。
プレイブック・メディア(Playbook Media)のCEOであるブライアン・カラス氏はこう語っています。「大局的に見ると、ATTが登場してから1年が経ち、Facebookの広告は平準化し始めている」。以前であればユーザーのiOSデバイスからデータポイントを収集してサイトに広告を出していた広告主に関して、同氏はFacebookが昨年行ったコンバージョンAPIの構築が、すべてのウェブベース広告主にとって「非常に役立った」と語っています。
しかし、最近のデータが示すように、小規模な広告主にとっては厳しい状況が続いています。インモビ(InMobi)のモバイル広告インテリジェンス事業であるアップシューマー(Appsumer)のデータによると、月間25万ドル(約3260万円)以下を広告に費やす広告主は、iOSデバイスへの広告費がATT導入前の41%からATT導入後は35%に低下する傾向がありました。ちなみに、モバイルアプリインストール広告に毎月100万ドル(約1億3000万円)以上を費やしている最大規模の広告主たちは、同時期に44%から46%にシェアを増やす傾向にありました。
「今後さらなる変化が予想される中、マーケティングはさらに複雑になるだろう。それはどうしようもない現実だ」と、ハンドメイドジュエリーのオンライン小売業者ノエミエ(Noémie)の創設者でありCEOであるユーヴィ・アルパート氏は述べています。「買収コストの上昇により、私たちは顧客との関係における長期的な価値によりフォーカスせざるを得なくなっている」。
ATTから1年、アルパート氏のようなマーケターにとって明らかなことがひとつあります。自己資本のみの企業でありながら、健全なペースで成長を続けたいのであれば、新たな顧客獲得に可能な限りの資金を投入し、ロイヤルティプログラムのようなサービスを通じて顧客の生涯価値を高め続けなければならないということです。
[原文:The Rundown: Apple’s ATT Privacy crackdown, a year on]
Seb Joseph(翻訳:塚本 紺、編集:黒田千聖)