アドテク 業界の現状見取り図:データクリーンルーム、多様化するアイデンティティ、リテールメディアの覇権

DIGIDAY

高精度のトラッキングの終焉に関する詳細なタイムラインが明らかになるまで、アドテク業界の未来は暫定的でまとまりを欠いたものでしかない。改革の取り組みは進んでいるものの、依然としていびつな部分は多い。

以下に挙げるのは、業界の現状を象徴する出来事の数々だ。今後の方向性を定めるトレンドや、いま展開されている勢力争いの構図を解説している。

キックバック、リベート、不明瞭な料金からの脱却──データの正確性と正当性が最重要事項に

公正を期して言えば、データの出所はヨーロッパと米国でプライバシー関連法令が改定されて以来、ずっと問題となっていた。だが、「いい」データと「悪い」データを切り分けるために膨大な努力が必要であることを、マーケターがようやく実感しはじめたのはここ数カ月のことだ。

マーケターが複数の異なるアプローチを頼りに、これまでサードパーティCookieが勝手にやってくれていた仕事を自力でやらなければならない時代に、今まさに突入しようとしていることが、かつてないほど明白になりつつある。多くのマーケターにとって、こうした異なるアプローチを利用するにあたり、それぞれのデータの出所を把握できるようにしておくことが課題のひとつとなっている。これはとりわけ、今後もサードパーティデータの利用を続けるつもりのマーケターにとって重要だ。

サードパーティCookieが消えたからといって、こうしたデータが無用になるわけではなく、むしろ価値は大きく増すだろう。だからこそ、エージェンシーは今、ますます多くの広告主がサードパーティデータ契約の仲介を求める状況を目の当たりにしているのだ。「独占的サードパーティデータベンダーへの投資を検討するクライアントが増えている」と、ハバスメディアグループ(Havas Media Group)の最高データ責任者、マイク・ブレグマン氏は述べている。

「こうした交渉はまた、テクノロジープロバイダーとのあいだでも進められている。その内容は、プライバシーを保証するクリーンルーム、顧客データプラットフォーム、その他の高度なデータ保存機能を利用した、ユーザーレベルデータの将来にわたる安全な保管に関するものだ」。

プログラマティックの量からインベントリの質へ、変化を先導するアドテク

「量より質」はアドテク業界の決まり文句だが、これまで実態を伴っていたとはいいがたく、そこからPMP以上のものは生まれなかった。しかし、今度ばかりは本気のようだ。

もちろん、PMPは変わらず存在する。しかし同時に、データクリーンルームの普及、サプライパス最適化、パブリッシャーの復権、中間業者の排除が、サプライチェーン全体で起こっている。要するに、サードパーティアドレサビリティの価値低下の影響で、みな必死になっているのだ。サードパーティCookieが完全に消滅したあと、単一のソリューションがそれに代わることはない。

終焉がいつになるにせよ、以降は広告主がリーチできるオーディエンスの規模は縮小する。当然ながら、彼らはサードパーティCookieの穴を埋めるため、もっとも質のいいデータとインベントリを保有するプレーヤーに目を向けるだろう。アドテク業界において、こうしたアセットに影響を与え支配しようと、熾烈な競争が巻き起こっているのも当然だ。

アドテクサプライチェーンの反対側を見てみれば、DSPはパブリッシャーと直接契約し、エクスチェンジを回避する仕組みを構築している。これに対し、エクスチェンジは付加価値ターゲティングや広告配信の機能を高め、DSPの役割を縮小しようとしている。

どこもかしこもデータクリーンルーム

最大級の広告主が利用し、絶大な影響力をもつメディアオーナーが所有し、主要オンラインプラットフォームの野望に不可欠なデータクリーンルームは、業界の要となりつつある。データの利用に関して何が許され、何が許されないかを定める厳格な規則に対処するうえで、なくてはならない存在だ。データクリーンルームが登場したのはしばらく前だが、複数のソースに由来する匿名化されたマーケティングおよび広告データを統合する、安全で隔離されたプラットフォームの必要性が、かつてないほど高まっている。

過去1年間をみても、ディズニー(Disney)、NBCU、チャンネル4(Channel 4)、HSBC、ブーツ(Boots)など、そうそうたるメディア企業や小売企業が、データクリーンルームのトレンドに参入を果たしている。テック企業がクリーンルームソリューションの進化を加速させていることは言うまでもないだろう。これらすべてを理解するのは容易ではない。

まず、データクリーンルームがどれも同じではないことを知っておくべきだ。相互運用可能なものもあれば、そうでないものもある。当然ながら、セキュリティレベルや、データ分析におけるコントロールの度合いも、ソリューションによってまちまちだ。自然な流れとして、マーケターは専門家の協力を仰いでいる。

「データクリーンルームの利用には、アドテクとプラットフォームに関する知識だけでなく、しばしば高度な分析能力やテクニカルスキルも必要とされる」と、デジタルエージェンシーのジェリーフィッシュ(JellyFish)でシニアデータインサイトディレクターを務めるジェニファー・ジョーンズ氏は述べる。「このようなスキルセットを備えた人材を見つけるのは難しいが、こうしたスキルがなければ、マーケターは活用できないデータやミスリーディングなデータをつかまされるおそれがある」。

パブリッシャーの天下は夢か妄想か?

いま、優良パブリッシャーの広告部門幹部と話をすれば、例外なくこんな言葉を聞かされるだろう。「広告主はサードパーティCookieなしにトラッキングを実施する方法を模索している。彼らがテストできる、もっともスケール可能な選択肢は、我々のオーディエンスを利用することだ」。こうした幹部社員たちの多くは、控えめに言っても、この瞬間を心待ちにしていた。だが、このチャンスをものにするために、彼らにはまだやるべき仕事がたくさんある。

だからこそ、これほど多くのパブリッシャーが独占的データを収集し、収益化する方法を見つけ出そうと、広告サーバーの切り替えやデータクリーンルームの設置に動いているのだ。しかし、これはけっして容易なことではない。かつてのパートナーが今やライバルとなって、同じデータに対する影響力を拡大しようと競い合っているからだ。これにより、よくも悪くも緊張が生じる。もちろん、こうしたパートナーシップを通じより多くの広告費を確保できるかもしれないが、パートナーシップは結果的に、パブリッシャーを脇に追いやり、業界のほかのプレーヤーが最大のアセットから利益を得ることにつながる可能性もある。

鍵を握るのは、パブリッシャーがテクノロジーパートナーのインセンティブをどれだけうまく切り替えられるかだ。最重要事項を、できるだけ多くのインプレッションを売ることから、データをもっとも安全で収益性の高い形で整理することに転換しなくてはならない。

「パブリッシャーはヘッダー入札を通じ、インベントリーへのアクセスの支配権をある程度バイヤーサイドに移した。パブリッシャーはそうするためにヘッダー入札を採用したわけではないが、外部要因のひとつではあった」と、パブマティック(PubMatic)の南北アメリカ支部でCROを務めるカイル・ドーズマン氏はいう。「予想された通り、バイヤーはこうしたサプライパスを目的に合わせて積極的に最適化してきた。パブリッシャーはテクノロジーパートナーのインセンティブを転換しなければならない。システムとプロセスがオーディエンスターゲティングの新手法に対応して変わりつつあるいまがその時だ」。

Cookieなき世界で進むアイデンティティの断片化

Cookieなき世界はまだ不確実性にあふれているが、これだけは確かだ。アイデンティティへのアプローチは単一ではない。実際、マーケターはサードパーティCookie消滅の影響を緩和しようと、複数の選択肢をテストしている。アイデンティティに関するポートフォリオベースのアプローチと呼んでもいいだろう。まずは認証済みIDで、これはプラットフォームやパブリッシャーを超えたシングルサインオンを利用するものだ。

次に、確率論的IDは、グラフ照合ソリューションの発展形で、複数のファーストパーティIDのあいだの関係を推定し、ドメインを超えたターゲティングと測定を実現するというものだ。第三に、コンテンツ、時間、位置情報といったデバイスシグナルを利用し、機械学習を用いて類似のデバイスを興味・関心に基づいてクラスターに分類するソリューションがある。最後は、データパートナーシップ、すなわちパブリッシャーが保有し運営する空間内で適用されるファーストパーティIDを利用する方法だ。

「アイデンティティの世界が変化するにつれ、複数のアイデンティティが乱立し、それぞれのプロバイダーがオープンインターネットの覇権をめぐって競い合う時代に入るだろう」と、アドテクベンダーのメディアマス(MediaMath)で最高製品責任者を務めるアヌディット・ビクラム氏はいう。「だが、勝者総取りのマーケットにはならない。断片化の時代はしばらく続き、やがて少数の勝者がサードパーティCookieの代替手法として進化し定着する」。

リテールメディアの覇権

サードパーティアドレサビリティの崩壊は、小売業者とメディアオーナーを兼ねる企業にとって追い風になりそうだ。彼らは膨大なファーストパーティデータを、販売サイクルの全体にわたって保有している。これにより、彼らはサードパーティCookieの代替案の中枢要素として、多くのマーケターの注目を集めるはずだ。

ギャップ(GAP)の最高成長・転換責任者、サリー・ギリガン氏は、今年のIAB ALMイベントで、こうした変化に言及した。「重要なのは、我々が顧客について何を理解しているかだ。我々には顧客との長期にわたる確立された関係があり、膨大なファーストパーティデータの蓄積がある。我々は、顧客にいつ家族が増えたかを知っているし、いつ休暇を取りどこに行くかも、服装のパターンから把握している。どんな体験を好み、どんな活動をしたいかもわかっている。憧れのライフスタイルや、現在の生活状況も熟知している」。

こうした情報すべてが、人々の購買パターンや時間利用パターン、さらにはいつ目的をもって買い物をしているかのデータと共に保存されているのだ。Cookieなしにこれほど深い理解を生み出せるメディアオーナーはひと握りにすぎず、大規模に実行できるとなれば、さらに限られる。ウォルマートを考えてみよう。2億3000万人の顧客が、ウォルマートの店舗やオンラインストアで毎週買い物をしている。この数字が、同社の21億ドル(約2600億円)規模の広告事業を支えているのだ。

良質な顧客データを保有しているプレーヤーにとって、リテールメディア市場はチャンスの宝庫だといえるだろう。Amazonの広告ビジネスは中小企業に依存している。一方ウォルマートは、消費財カテゴリーの大規模広告主とより相性がいい。

[原文:A snapshot of the ad industry’s attempts to rewrite the identity narrative

Seb Joseph(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:分島翔平)

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