俳優、ポップスター、インフルエンサーに加え、美容ブランドは登山から料理にいたるあらゆる分野のプロフェッショナルを最近のキャンペーンに起用している。
この1カ月で複数の美容ブランドが、美容分野以外の有名人が登場するキャンペーンをローンチしている。3月21日、スマッシュボックス・コスメティクス(Smashbox Cosmetics)は、3人のビジュアルアーティストを支援するアートレジデンシープログラムを発表した。同じ日に、クリニーク(Clinique)は、障壁を打ち破った登山家など、5人の女性冒険家を起用した「フェイス・オブ・アドベンチャー(Face of Adventure)」キャンペーンを発表している。そして3月15日には、ネイルブランドのオーリー(Orly)が、リアリティ料理番組「Top Chef(トップ・シェフ)」の出場者で料理界のアカデミー賞といわれるジェームズ・ビアード賞受賞者クワメ・オンウアチー氏とのコラボレーションを発表した。インフルエンサーが飽和状態にある市場において、ブランドは信頼性を伝えることに取り組んでいるが、新しいタイプの著名人を起用して注目を集め、より幅広いオーディエンスにリーチしようとする美容ブランドが増えている。
Advertisement
「美容分野以外のインフルエンサーとパートナーを組むことは、ブランドにとってリーチを広げ、新たなコミュニティを開拓する効果的な方法だ」と語るのは、ミンテル(Mintel)のシニアビューティアナリスト、クレア・ヘニガン氏だ。ミンテルの調査データによれば、ビューティインフルエンサーのフォロワーの40%が、より多くの美容ブランドがほかの業界のインフルエンサーとコラボレーションすることに興味を示している。
アーティストを後援するキャンペーンをローンチ
スマッシュボックスの新しいアーティストレジデンシープログラムであるスマッシュボックス・オープンスタジオ(Smashbox Open Studios)は、同ブランドが3人の新進気鋭のアーティストを後援する4週間のインキュベーションプログラムだ。3月31日のプログラム最終日には、スマッシュボックスのロサンゼルスにあるライトボックススタジオ(Lightbox studio)で作品のグループ展が開催される。選ばれたアーティストは、ウォークイン・インスタレーションアーティストのウズマキ・セペダ氏、フォトグラファーのランディジャ・シモンズ氏、彫刻や映像、絵画、デザインを制作しているガブリエラ・ルイス氏である。
ウズマキ・セペダ氏とインスタレーション(提供写真)
アートバーゼルのイベントでアーティストと頻繁にコラボレーションをしているラ・プレリー(La Prairie)のキャンペーンシリーズに続き、スマッシュボックスはアーティストをキャンペーンに参加させた最新の美容ブランドとなる。
スマッシュボックスのグローバルマーケティング・エグゼクティブディレクター、ヘザー・ドゥカウニー氏は「これは当社にとって、これまでとは違う類のキャンペーンだ」と述べている。同ブランドは、これまでも製品コラボレーションのためにアーティストと組むことはあったが、今回のキャンペーンの目的は「クリエイターのために文化的かつ芸術的な出会いの場を作ること」だという。
有名シェフとのコラボでリーチを拡大
ブランドはコンセプトに叶う新たなキャンペーンのスターを探している。たとえばオーリーは、スターシェフのオンウアチー氏がマニキュアを愛用していることが知られるようになったのを受けて、3色のネイルポリッシュのセットでオンウアチー氏とチームを組んだ。
オーリーとのコラボレーションによる新しいネイルポリッシュをつけたクワメ・オンウアチー氏(撮影:ロバート・スミス)
「私は常に、食べ物、洋服、デザインなどさまざまなものを通じて自分自身ーー自分のルーツ、自分の考え、自分の創造性ーーを表現する方法を探している」とオンウアチー氏は語っている。「オーリーとのコラボレーションは、キッチン以外での私の姿を見せるクリエイティブな試みのひとつに過ぎない。私のファンにはシェフを目指す人たちだけでなく、あらゆる職業の人たちがいる」。
従来にはなかったこうしたコラボレーションは、ブランドが典型的な美容愛好家以外にもリーチを拡大するのに貢献するかもしれない。
「今日の市場では、セレブリティの美容パートナーシップや製品ラインは過飽和状態だ。なぜなら、それがうまくいっているビジネスモデルだからだ」と、オーリーのビジネス開発バイスプレジデントのタル・ピンク氏は言う。「オーリーは、現在の市場で目にしていることをただ再現するのではなく、業界を前進させる非対称的なパートナーシップをつねに注視してきた」。
同ブランドでは「その分野での功績がさらに認知されるに値する」人物と仕事をしたいと考えている、とピンク氏は言う。これまでにも、2019年にNFL初の女性コーチであるジェニファー・ウェルター氏とコラボレーションを行っている。
典型的なビューティインフルエンサーやセレブリティと同様に、ソーシャルメディアに熱心なフォロワーがいることは販売面での成功を意味する。オンウアチー氏はインスタグラムに17万5000人のフォロワーがおり、そうした熱いファンのおかげでクワメ×オーリーのコラボの売上はブランドの予測を上回ったとピンク氏は述べた。発売から最初の2週間で在庫の半分以上が売れている。同ブランドは「急いで補充」を行うとともに、オンウアチー氏とさらに3色のシェードを制作することに取り組んでいる。
ブランドはクロスオーバーに関心がある
「ほかのタイプの顧客にリーチできるので、美容ブランドはこのようなクロスオーバーに関心がある。ビューティインフルエンサーや皮膚科医のような専門家が、すでにこの種の製品を探しているニッチに入り込んでいる」と指摘するのは、インフルエンサーマーケティングエージェンシーのジ・インフルエンサーマーケティングファクトリー(The Influencer Marketing Factory)の共同創業者でCEOのアレッサンドロ・ボリアーリ氏だ。
ブランドのマーケティングにおいて信頼性というコンセプトが重要視されている時代に、これらのキャンペーンは単に多くのフォロワーにリーチするためだけではないことをブランドもすぐさま強調している。スマッシュボックスはソーシャルメディアでアーティストをフィーチャーしてTikTokのテイクオーバーをさせているが、ドゥカウニー氏はアーティストのうちふたりはTikTokのアカウントすら持っていないと話した。
「特定のプラットフォームなどに膨大なフォロワーがいるからという理由で、彼女たちを選んだのではない」と、ドゥカウニー氏は述べている。
モイスチャライザーのプロモーションに複数の冒険家を起用
一方、クリニークはモイスチャライザーのモイスチャーサージ(Moisture Surge)のプロモーションキャンペーンに、世界最高峰で非常に厳しい気候にさらされている冒険家たちを起用した。
その冒険家とは、アフリカの黒人女性として初めてエベレストに登頂したザンビア出身のサライ・クマロ氏、身体に障害のあるラテン系女性で初めてキリマンジャロに登頂したマルセラ・マラニョン氏、ヨーロッパアルプス山脈の4000メートル級のすべての山を初めて女性だけのチームを率いて登ったエマ・スヴェンソン氏だ。そのほか、近代的な登山用具を使わずに歴史上の女性たちの旅を再現する「ウーマン・ウィズ・アルティテュード(Woman with Altitude)」プロジェクトの創設者エリーズ・ウォートリー氏や、エミー賞にノミネートされた霊長類学者でナショナルジオグラフィック初のラテン系調査員ミレヤ・メイヤー氏がいる。
「通常はトップクラスのビューティインフルエンサーと仕事をしているが、美容カテゴリー以外のインフルエンサーを起用するという点では、これがもっと幅広いケースとなる」とクリニークのグローバルコンシューマーエンゲージメント・バイスプレジデントのロクサーヌ・アイヤー氏は述べている。
消費者はスポンサードコンテンツに警戒心を抱いている
「インフルエンサー」という言葉が有料コンテンツの概念とダイレクトに結びつくようになっているため、ブランドは新たなタイプの影響力のある人々を通じてオーディエンスにリーチするような、より信頼性の高い方法を模索している。インフルエンサー自身も、フォロワー数やブランドとの取引ではなく、みずからの仕事を強調するために「クリエイター」という言葉に移行している。
「消費者はスポンサードコンテンツに警戒心を抱いている。美容に高い関心を持っている消費者は、本物の製品のレコメンデーションを受けているのではなく、『売り込まれて』いるときにはそれを敏感に察知する」とヘニガン氏は指摘する。
スターアスリートも美容関連の広告で見かけることが増えた。ラグジュアリービューティブランドは、オリンピック選手のコマーシャル契約を獲得するためにスポーツウェアのブランドと手を組んでいる。SK-IIは2020年のキャンペーンでシモーネ・バイルズ選手をはじめとする夏のオリンピック選手を起用、一方エスティローダー(Estée Lauder)は北京オリンピックのスキー金メダリスト谷愛凌(アイリーン・グー)選手と仕事をしている。総合格闘技のスターファイター、ジャン・ウェイリー選手もエスティローダーのキャンペーンに加わった。そしてグロシエ(Glossier)は、2020年に美容ブランドとして初めてWNBA(女子プロバスケットボールリーグ)のスポンサーとなり、バスケットボールの女性スター選手を起用したキャンペーンをローンチした。フィジカルスポーツだけでなく、有名ゲーマーやeスポーツのスターも美容関連のコマーシャル契約を結んでいる。
インフルエンサーを超えた新たな肩書きも生まれている
美容の世界を超えて、ブランドが企業の社会的責任を目的とした著名人に目を向けるようになるにつれて、「ブランドアンバサダー」や「コラボパートナー」以外の新たな肩書きも作り出されるようになった。たとえば桂冠詩人のアマンダ・ゴーマン氏は、エスティローダー初の「グローバル・チェンジメーカー」として、キャンペーンとCSRイニシアチブの両方でブランドと協働している。
また、弁護士で活動家のミーナ・ハリス氏も、美容界におけるCSRに注力した「消極的なインフルエンサー」として台頭、ヘアケアブランドのマンデー(Monday)、メイクアップブランドのライブティンテッド(Live Tinted)、スキンケアブランドのナチュロパティカ(Naturopathica)といった企業と協力している。
専門家から支持を得ることも、サステナビリティを主張するブランドの信頼性を高めるのに役立つ。ラグジュアリースキンケアブランドのエマ・ルイシャム(Emma Lewisham)が2021年9月に初の「カーボンポジティブ」な美容ブランドになったと発表した際は、環境保護活動家のジェーン・グドール博士から推薦を得ている。
従来のインフルエンサーと提携しつつ、別分野の人材にも目を向ける
しかし新たなブランドの顔が出現したからといって、ブランドがビューティインフルエンサーから離れるということではない。ミンテルによれば、ビューティインフルエンサーをフォローしている成人の73%が、インフルエンサーが薦めた製品を購入したことがあることがわかっている。
今後ブランドは、従来のビューティインフルエンサーやセレブリティとの提携を継続しつつも、新たなタイプのプロフェッショナルにも引き続き手を広げていくだろう。
「もちろん私たちはビューティインフルエンサーの分野で活動しているが、そこが唯一の活動したい場所というわけではない」とドゥカウニー氏は言う。「私たちはオープンで、キャンペーンに関しては、従来のもの以外にも実際に目を向ける傾向にある」。スマッシュボックスは、誰と仕事をするかという点では引き続き「オープンマインド」でありながらも、将来のアーティストイニシアチブを検討していると、彼女は答えた。
「よい理由やストーリーにスポットライトを当てることができるという個人的な満足感以上に、この種のコラボレーションのビジネスケースは非常に明確だ」とピンク氏は言う。「ほかの誰もやっていない何かがあるなら、まさにそれを始めるのに絶好の機会だということだ」。
[原文:Mountaineer, artist, chef: Meet the new class of beauty influencer]
LIZ FLORA(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)