露を追い込む民間企業の「排除」 – 宇佐美典也

BLOGOS


元経産省官僚の宇佐美典也さんに「私が○○を××な理由」を、参考になる書籍を紹介しながら綴ってもらう連載。第27回のテーマは、ロシアの侵攻に関連して「世界の警察」の存在について。ウクライナ危機はアメリカの国力が相対的に落ちる中で発生し、伝統的な軍事による安全保障の仕組みが機能しない一方で、民間企業のサービス提供停止がロシアを苦しめているといいます。その背景には、21世紀になってから国連が取り組んできた「人間の安全保障」の概念がありました。

私がウクライナ危機を機に、国連の安全保障の枠組みに画期的な変化が起きていると思う理由

ルーブルやロシア株が暴落するなど、ウクライナ危機に対する各種の経済制裁でロシア経済が追い込まれている。

これまでと異なるのは、こうした制裁にあたって、資産凍結、SWIFT排除のような国家主導の取り組みだけではなく、企業単位の取り組みもまた大きな影響を与えていることだ。

Apple、Visa、Microsoft…ロシア国内でサービス提供停止

Getty Images

特に金融分野においてApple、Google、Visa、Mastercardといった決済サービスの停止や、保険会社のサービスからの排除が大きな効果を上げており、今後は石油大手Shellのロシア・サハリン2からの撤退などロシアの主要産業であるエネルギー分野にも影響が広がっていくことが見込まれる。またMicrosoftやAdobeやOracleといったIT分野の大企業もサービス提供を停止しており、こうした取り組みも今後じわじわとロシアの民間企業のビジネスに深刻な影響を与えていくことが予測される。

従来国際的な安全保障というのは国単位の取り組みが中心で、まず国連の安全保障理事会(安保理)が対応を図り、それが機能しない場合は超大国であるアメリカが中心となって有志国連合で制裁を科すというのが一般的な枠組みであった。

しかし、21世紀に入ってから「人間の安全保障」という概念が定着し、国連の活動範囲が国家という枠組みを超えて広がったことでそうした構造に変化が生まれつつあるように思う。そんなわけで、これを機会に一度国連の国際的な安全保障における役割を一度考え直してみようと「入門 人間の安全保障」という本を読んでみた。

ロシアの侵攻は何が国際法違反か

AP

今回の一連のロシアの行動については「国際法違反」という批判がよくなされている。同書によると、武力紛争に関する法というのは【①武力行使そのものの合法性を規律する規則(ユス・アド・ベルム)】と、【②戦争・武力紛争中の交戦者の行為を規律する規則群(ユス・イン・ベロ)】に分かれているらしい。

①については国連憲章の2条4項にあたり具体的には、

「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」

と規定されており、この意味でロシアのウクライナ侵攻は国際法違反といって間違いないだろう。

他方②については、毒ガスやクラスター爆弾などの兵器使用や、武力紛争の犠牲者保護等に関して「軍事的利益に照らして、その手段が過度に非人道的なものであってはならない」という相対的な趣旨になっている。

このようにロシアの行動を国際法に照らして評価すると、①に関しては明確に違法、②に関しては今のところ情報が足りずグレーと評価できるといったところであろう。

国際法を守らせるための「警察」は?

ただ実際にロシアが国際法に違反しているとして、問題となるのは「どう律するか?」ということである。

国際法における「警察」は誰かと言うと、これは複雑だ。本来の制度設計では安保理が随時「国連軍」を組成して、規律を維持するはずだったのだが、ご存知の通り重要問題では安保理で常時米英仏と中露が対立する構造が続いており、この仕組みは全く機能していない。そのため超大国たるアメリカが「世界の警察」の役割を務めてきたのだが、アメリカも相対的に国力が落ちる中でその役割を縮小しようとしている。

その最中に起きたのが今回の事態というわけである。例の如く安保理が機能せず、今はアメリカを中心に有志国がロシアに対して経済制裁で圧力をかけている状況ではあるが、未だ決定力に欠けロシアがウクライナ侵略を断念するまでには至っていないというところである。

企業やNGOを巻き込む「人間の安全保障」

こうした伝統的な軍事の安全保障の仕組みとは別に21世紀になって発展して来たのが「人間の安全保障」という概念である。

Getty Images

これは安全保障の議論を従来の国単位から一人一人の人間単位に捉え直したもので、故・緒方貞子氏曰く「人々一人ひとりに焦点を当て、その安全を最優先するとともに、人々自らが安全と発展を推進することを重視する考え方」といったものである。

こうした考え方は冷戦終了に伴い、1990年代以降米ソ超大国の対立という伝統的構図の中で軽視されたり押さえ込まれたりしていた地域的、国内的問題が顕在化したことに伴い、国連として新たなアプローチが必要になり提唱され始めたもので、その範囲は環境破壊、難民、貧困、ジェンダー、人種差別と広く人権問題を対象としている。

過去に提唱されたミレニアム開発目標や、昨今話題となっているSDGsはこうした国連の「人間の安全保障」の考え方をベースに作られた概念である。この人間中心の安全保障の実現を目指すために国連が取り組んだことは、企業やNGOといった非国家のプレイヤーを巻き込むということである。

例えば民間企業に人権・労働基準・環境・腐敗防止の各分野で示す10原則を遵守するよう求める取り組み「国連グローバルコンパクト」は、1999年アナン国連事務総長(当時)によって提唱されて翌年発足し、2021年段階で世界約160カ国、17500を超える企業・団体が署名している。先に挙げたMicrosoftやShellといった企業もこの枠組みに参加する。そしてこうした公式の枠組みに加わらずとも、昨今企業が事業活動においてSDGsを標榜することは、当たり前のことになっていることは言うまでもない。

Source

タイトルとURLをコピーしました