2022年に登場したトレーラーハウス「CUBE BASE」には、建築の未来がつまっている。開発したのは2019年に創業した建設スタートアップのエリアノと窓とドアなど建材を幅広く扱うYKK AP。外装にWHCの高断熱複合パネルユニット「未来パネル」を用い、トレーラーハウスでは当たり前となっていた「夏暑く、冬寒い」といった快適性への課題を解決した。
深刻な人手不足、脱炭素が叫ばれる中で住宅に求められる断熱性の確保など、多くの課題を抱える建築業界において、CUBE BASEにはどんな未来が詰め込まれているのか、YKK AP 事業開発統括部統括部長の東克紀氏とエリアノ 共同代表CDOの鳥海宏太氏に聞いた。
YKK AP 事業開発統括部統括部長の東克紀氏(左)とエリアノ 共同代表CDOの鳥海宏太氏(右)
家のように快適に過ごせるトレーラーハウス「CUBE BASE」
CUBE BASEのベースになっているのは、2020年にYKK APが発表した移動もできる小屋「HACOBASE(ハコベース)」だ。固定タイプに加え、車で引っ張り移動ができるタイヤタイプ(トレーラー)の2種類をそろえたHACOBASEは、性能断熱材とトリプルガラス樹脂窓を備えた高断熱仕様で、過ごしやすいことが特徴。二拠点生活や週末の別荘としてなど、新たな家の形として提案された。
トレーラーハウス「CUBE BASE」
エリアノの鳥海氏はHACOBASEを報道で知り、YKK APに連絡。「その時に東さんにつないでいただいて今に至る。エリアノが製造、販売窓口、設置までを手掛けているが、当時は資金力、開発力の点でスタートアップでは難しい部分もあった」(鳥海氏)と振り返る。
一方、YKK APの東氏も「HACOBASEとして形にできたが、トレーラーハウスは車と同じ扱いで、ナンバーの取得など取り回しが独特。YKK APが持つ住宅商流の中では展開しきれなかった。そんなときにエリアノから連絡をいただき、手を組めば製造、販売の流れを連結してできると思った」と思いを明かす。
「窓とドアを中心とした建材を手掛けるYKK APと可動空間の活用に取り組むエリアノでは、業界の課題もわかりあえているし、つながりやすいと思った」(東氏)と話す通り、話しは急ピッチで進む。CUBE BASEは、出会いから製品化まで約1年というスピード開発を実現。コロナ禍ということもあり、「最初はオンラインで、実際にお会いしたのは途中から。その時に『あ、こんなに背の高い人なんだ』みたいな(笑)」(東氏)と、オンラインを活用しながらスピード感をもって進められたという。
断熱性と重量の課題をクリアした未来パネルが本当に解決すべきこと
スピード開発の裏には、未来パネルが大きな役割を果たしている。トレーラーハウスはコロナ禍もあり、セカンドハウスやワークスペースとしてのニーズが高まっている分野。しかし「夏暑く、冬寒い」といった快適性の問題は根深く、我慢して使っていたり、冷暖房器具で補っていたりする人が多かったとのこと。
未来パネルは、YKK APが開発したパネル専用窓(トリプルガラス樹脂窓)と面材、断熱材を1つにした高断熱複合パネルユニット。開発、製造はワールドハウジングクラブ(WHC)が手掛け、YKK APは応援企業として参画している。
パネル専用窓(トリプルガラス樹脂窓)の断面図
パネル専用窓(トリプルガラス樹脂窓)と面材、断熱材を1つにした高断熱複合パネルユニット「未来パネル」を使用
トリプルガラス樹脂窓は上部のほか、サイドから開けられる2ウェイ
木造住宅の最高耐震等級を実現しているほか、高性能断熱材を採用した高断熱樹脂窓トリプルガラスにより、快適に過ごせる居住空間を確保。「住宅と同等もしくはそれ以上の快適な室内を実現できる。北海道でも使えるほど、満足できる環境になっている。トレーラーハウスは山の上や湖など自然が豊かなところに求められるケースが多い。そういった場所でも光熱費を抑えた形で居住できる」(東氏)と自信を見せる。
一方で、トレーラーハウスならではの注意点である重さにもパネル化構造は効果的だ。「通常の住宅建築とトレーラーハウスが最も異なる点は重量制限。住宅であれば重さは安定性につながるが、トレーラーハウスは積載重量の制約がある。本トレーラーはパネル自体を構造体として解析し、パネル以外の部材を原則用いない設計をしているため、重量に制限がある中でも使いやすい」(鳥海氏)とメリットは大きい。
CUBE BASEは、未来パネルを組み合わせた木質パネル構造。高さ2460mm×幅2460mm×奥行き5700mmのキューブを2つ組み合わせて1つの空間を作る。キューブは、水回りを集約した「Water Cube」、リビングスペース用の「Living Cube」、ワークスペースとして使える「Work Cube」、寝室になる「Bed Cube」、フリースペースの「Free Cube」を用意。外装もガルバリウム鋼板、木板張、アスファルトシングル、コルクから選べるほか、床材も畳、なぐり床から選択可能だ。LED照明、コンセント、換気扇、給気口を標準装備する。
「人気があるのは柔らかさのある畳の床。サイズが約2.4mなので、4畳半程度という日本古来のスケール感覚にもフィットする。大きすぎることなく、狭すぎることもない。そういう意味でもCUBE BASEは、日本人にしっくりくる住まいの形だと思う」(鳥海氏)と分析する。
トレーラーハウスの断熱、重量問題に大きく寄与する未来パネルだが、東氏は「最も大きく貢献できるのは、建築業界全体に及ぶ人手不足」と業界全体の課題に切り込む。職人の高齢化、後継者不足などが重なり、建築業界の人材難は待ったなしの状況だ。
「今まで第一線で活躍していた職人の方たちが退きはじめ、後継者もいないため、技術は継承されていかない。これを解決するには、工業化して、研修を受ければ誰でも家が作れるような形にしないといけない。その1つの答えがパネル化。これが普及すれば、少ない人手で、今と同等の家が建てられ、海外などへの展開も容易。日本の家づくりを輸出できる」(東氏)と建築業界全体の未来を描く。
本体価格は現在650万円~のCUBE BASEだが「普及すれば、価格は抑えられるはず。エリアノは建築事務所として、不動産も手掛けているが、これから先を考えたとき、大きな不動産を作り続けるのと同様に、小回りがきく『動産』を作りたいと思い始めた会社。CUBE BASEのような断熱性も高く、快適な住み心地を提供できれば、災害時の避難場所としても活用できる。家と車の間に位置するトレーラーハウスを日本に根付かせていきたい」(鳥海氏)と意気込む。
「CUBE BASE」の室内
大企業とスタートアップが築いた「持ちつ持たれつ」の関係
スタートアップと大企業とのコラボとなったCUBE BASEだが、両者はこの1年をどう見ているのだろうか。
東氏は「大企業は実際に動くまでに時間がかかり、遅かったり、やりたくてもできないこともあるが、そうした部分をエリアノの皆さんがカバーしてくれた。スピード感を持って非常に早く具現化でき、ワクワクする仕事だった」と振り返る。
鳥海氏は「エリアノは設立4年目の会社。にもかかわらずCUBE BASEを『東京インターナショナル・ギフト・ショー春』で展示できる機会を与えていただけたことは大きい。私たちはスピード感をもって実物を作り上げられるが、そこに資金がついてこないケースも多い。今回そうした部分を補っていただけた」と話す。
東氏は「大手企業でも新しい事業を作ろう、取り組もうとしているところは多いが、なかなかものづくりまで進まないのが現実。これは大企業であるがゆえにスピード感をもって動けなくなるから。一方で、企画を通すことである程度の予算を確保できるのは大企業ならでは。今回は、大企業とスタートアップのお互いの足りない部分を補い合い、持ちつ持たれつの関係で作り上げられた。ただ、現物ができただけではなく、エリアノは事業として成功していかなければならない。トレーラーハウスのニーズも高まっている状況を追い風に、海外展開なども含め、ぜひ成功してほしい」と話した。
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