世界の若者が東京に住みたい理由 – PRESIDENT Online

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いま海外の若者から東京はどのように見られているか。マーケティングアナリストの原田曜平さんは「先進国に比べて、物価が安くて過ごしやすい都市だと思われている。アメリカのドラマには、日本に移住した友人に対して『ゆっくり人生を楽しむことを覚えたのね』と声をかけるシーンもある」という――。

※本稿は、原田曜平『寡欲都市TOKYO 若者の地方移住と新しい地方創生』(角川新書)の一部を再編集したものです。

浅草、東京スカイツリーの上空からの撮影
※写真はイメージです – iStock.com/ansonmiao

ドラマ『GIRLS/ガールズ』が描いたアメリカの若者の困難

アメリカで2012年から2017年まで、全6シーズンが放送された『GIRLS/ガールズ』(HBO)という大ヒットしたTVドラマシリーズをご存じでしょうか。ニューヨーク(NY)に暮らす、夢はあるものの人生がうまくいかない20代男女の毎日を描いたラブコメ作品です。日本ではあまり有名になりませんでしたが(恐らく日本人は『SEX AND THE CITY(SATC)』や『ゴシップガール』のように、裕福だったりイケてるアメリカ人の物語を見たいのかもしれません)、本国アメリカでは、若者たちを中心に圧倒的な支持と共感をもって受け入れられ、数々の賞を受賞した作品です。

高評価の理由は、2010年代にアメリカの若者が直面した、そして現在も直面し続けている就職難、恋愛難、経済的困難といった、あまり日本人が知らないアメリカの若者の「生きづらさ」が、高いリアリティをもって克明に描かれていたからです。

「仕送りは打ち切るわ」主人公が親から受けた宣告

ドラマのシーズン1の冒頭のシーンは、主人公のハンナとその両親が久しぶりに一緒にディナーを食べているシーンから始まります。最初は娘の近況を聞いていた両親でしたが、急にハンナの母親が話を切り出します。「仕送りは打ち切るわ」。

その後、ハンナとお母さんは言い合いになります。「でも私は無職よ」「大学卒業後2年も養った。十分だわ」「不景気で友達も皆、親がかりよ。(中略)一人っ子で浪費もしないのに一方的すぎる」「うちに余裕はないの。(中略)家賃に保険代、携帯代まで親持ちよ」「(中略)友達のソフィーは親に援助を断たれて転落よ。頼る人もなく二度中絶。私の夢が叶う直前なのにバッサリと手を切るわけ?」「もうお金は出せない」「いつから?」「今すぐよ」。

コロンビア大学出身でも十分に稼げない

多くの日本人には想像できないかもしれませんが、実はこの冒頭のシーンが、アメリカの大都市部の若者たちのリアルを象徴しているのです。コロナで日本以上の多数の死者を出した現在のアメリカでは、この若者の状況がもっと深刻化しているかもしれません。

世界中、そして、アメリカ全土から人が集中し、物価が上昇し続け(日本が長く続いたデフレで物価が落ち込み続けたのとは対照的)、超名門大学であるコロンビア大学出身の主人公のハンナでさえ、高い家賃や保険代を自分で出すことができません。超格差大国アメリカで、中流階級であるハンナの親も余裕がなくなり(両親2人とも大学教授なので、日本の感覚で言えば「上流」家庭と言えるかもしれませんが、物価の高いアメリカの大都市部では必ずしもそうではありません)、大切な一人っ子の娘への援助の打ち切りを申し出るに至ったわけです。

このドラマにはハンナ以外にも、様々なタイプの若者たちの「生きづらさ」や「転落」がリアルに描かれています。これがアメリカの「今」なのです。

地味でモテないキャラが日本で解放感を味わう

さて、こうして「生きづらい」若者たちがたくさん描かれる中、2016年に放映されたこのドラマのシーズン5では、主要登場人物のひとりであるショシャンナという女性が急遽転勤を命じられ、東京で働くことになったシーンの描写があります。そのシーンをざっと拾ってみましょう。

まずはシーズン5の第3話「JAPAN」です。

地味でモテなくアメリカで生きづらいオタクキャラのショシャンナでしたが、移り住んだ東京で水を得た魚のようになり、自信満々に肩で風を切って出勤します。オフィスでは笑顔で朝の挨拶。日本人は皆、笑顔で挨拶を返してくれます。

会社帰りには同僚の日本人の女子たちと銭湯へ。湯船につかりながらのガールズトークで、ショシャンナが想いを寄せている上司・ヨシ(水嶋ヒロ)の話が出て周りから冷やかされますが、悪い気はしません。そこでショシャンナはこう言います。

「(日本に)来たばかりだけど、皆が家族みたいに感じるの。アメリカなんて恋しくない」

自宅PCのビデオ通話でアメリカ本社の同僚女性と話す時も、「この仕事環境、最高よ。毎日がまるで夢みたい。本当にもう最高。“問題から逃げるな”って人は言うけど、私は逃げて成功した。皆、間違ってる」とご満悦のショシャンナ。しかしその直後、アメリカの同僚から会社の業績悪化を理由に、彼女は突然クビを言い渡されてしまいます。

「ゆっくり人生を楽しむことを覚えたのね」

次に、同じくシーズン5の第5話「TOKYO LOVE STORY」です。

結局日本に残り、東京の猫カフェで働くショシャンナ。ある日、彼女に解雇を言い渡したアメリカ本社の同僚女性が店にやって来て彼女に謝罪します。しかしショシャンナは怒るでもなく、「本当に日本が気に入ってるの」。その言葉に驚く彼女を原宿の竹下通りに連れて行き、こう言います。

「日本人のいいところは、好きなものを全力で突き詰めてかわいくするところ。どこを見ても私が大好きなものばかり。自分が心の中で作り上げた国じゃないかって思える」

その後、ふたりは銭湯へ。同僚女性はショシャンナに感心して、しみじみこう口にします。

「あなた仕事に燃えてたのに、ゆっくり人生を楽しむことを覚えたのね」

穏やかで満ち足りた表情のショシャンナ。

「ええ、桜の開花と同じ。ゆっくり待つものよ」

同僚も「ほんと同感」とすっかり意気投合します。

桜が咲いている東京
※写真はイメージです – iStock.com/frentusha

アメリカの異常な住みづらさを凝縮したワンシーン

最後はシーズン5の第8話「早く家へ帰りたい」の冒頭です。

結局、ホームシックにかかってNYに帰ってくるショシャンナでしたが、到着した空港で、動く歩道を走ってきたアメリカ人にぶつかられて怒り心頭。こう叫びます。

「あなたたち、マジ? これ(動く歩道)を降りるまでの短い時間も待てないの? 最低な国ね。マナーなし。あなたたちが自分勝手な人間だから。その態度がまさにそうよ。……なぜ私はここ(アメリカ)に? 何でいるの!」

一連のシーンにはアメリカ人の一般的な20代の若者から見た「東京の魅力」と「アメリカの絶望」が凝縮されているように思います。

ショシャンナが自分の国であるアメリカやアメリカ人を悪く言い、日本(東京)は最高だと絶賛するのは、アメリカのごく普通の若者たちにとって、アメリカ、とりわけ大都市部が異常に住みづらい場所になっているからです。

新進政治家はなぜニューヨークの若者から支持されたか

アメリカの若者が大変生きづらくなっていることを表す一つの大きな現象として、ここ数年、アメリカの特にNYの若者たちの間で最も注目を集めている政治家の存在があげられます。アレクサンドリア・オカシオ=コルテスです。2018年に行われたニューヨーク州第14選挙区予備選挙で、下院議員を10期務めた現職大物候補ジョー・クローリーを破り民主党下院議員となり、2018年米中間選挙最大の番狂わせなどと報じられ、メディアの注目を浴びるようになりました。

彼女は政治家になる前に、高すぎるアメリカの大学の学費ローンを返済するためにウェイトレスやバーテンダーをしていたこともあり、また、「民主的社会主義者(democratic socialist)」を名乗り、格差反対を訴え、アメリカの若者の代弁者ととらえられています。

そんな彼女が最大の番狂わせとして突如登場する程、今、アメリカの若者は大変生きづらくなっているのです。

だから、本国でイケてなかった『GIRLS』のショシャンナは「私は(NYから東京に)逃げて成功した」と言う。その結果、彼女の同僚女性が指摘したように「ゆっくり人生を楽しむことを覚え」ました。彼女にとって東京での暮らしは、現在のアメリカ、特に大都市部の若者には実現できない精神的に豊かな人生の送り場所になったのです。

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