介護現場でカギになるのはDX推進 – みんなの介護

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慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏は、データサイエンスを駆使した社会課題の解決に注力する。医療をフィールドに、介護問題にも明るい宮田氏に介護現場での「データの力」について伺った。

テクノロジーで生み出した時間で心のケアへ

みんなの介護 介護現場は「データの力」によってどう変わっていく可能性があるのでしょうか?

宮田 データや新しいテクノロジーのサポートを得ることで、介護を効率化できます。

今までの介護は、食事と排泄と入浴といった直接的なケアが中心になっていました。体力が消耗し、時間に追われる。その過程で多くの方が疲弊してしまっている。しかし、その負担が減らせると、入居者さん一人ひとりと向き合う心のケアに時間が使えるわけです。

例えばある入居者さんが「人生を捧げてきた田んぼを見に行きたい」と望んでいる。これまでのケアで考えると、それを実現するのは難しいかもしれません。

しかし、データやテクノロジーの活用によって時間を十分につくることができれば、介護者と一緒に田んぼを見に行くことも可能になるでしょう。入居者さんは、心から望んでいたことが実現して涙が溢れるような嬉しさを味わう。そのようなケアは、介護を提供する側がやりたいことにつながっていくのではないでしょうか?

豊かさは「つながり」の中で考えるべき

みんなの介護 認知症の方のケアなどはいかがでしょうか?認知症は進行性の病気ですが。

宮田 おっしゃるとおり、認知症は現代の医学では、中等度以上になると治療ができません。認知症の方へのケアは「治すこと」や「効率」という点から考えると非常に難しい。

しかし、「命の尊厳を守りその方に寄り添う」ケアを目的とするならできることがあります。いわゆる伴走型介護です。

一人ひとり幸せの拠り所にしているものは違います。手芸が好きな方がいれば、お喋りを楽しみたい方、散歩したい方などもいる。そういったことを対話によって理解していく。一方でデータやテクノロジーによって健康や生活をサポートする。そうして多様な価値に寄り添う介護が実現されます。

みんなの介護 ちなみに、宮田さんは「その人らしい幸せ」とは何だと思いますか?

宮田 多様性に基づいた価値観が実現されることではないでしょうか。日本では豊かさ=物質の所有とされてきた時代が長く続きました。古くは、洗濯機・冷蔵庫・テレビが「3種の神器」と言われていたことに象徴されます。

しかし「これがあれば幸せになれる」という時代はもうとっくに過ぎている。多くの人たちは「本当の豊かさは所有ではない」ということをわかっています。しかし、国の指標はずっとGDPが基準。「何をどれぐらいつくったか」というモノサシなのです。

「ウェルビーイングが大切だ」ということは、ノーベル経済学賞を取ったジョセフ・E・スティグリッツたちが10年前から言っていました。確かに、ウェルビーイングという言葉は「幸福」を考える上での一つの指標になりました。しかし、本当の豊かさや幸せというものは一人ひとり感じ方が違い、多様なものです。また、豊かさが自分の欲を満たすための独りよがりのものであれば、幸福は続きません。

いきつくのは「つながる中で互いがどう豊かであるか」を考えることです。この幸福のあり方については、社会と個人とがつながりあって影響を与えていく。これを私自身は“BetterCo-Being”と呼んでいます。「ともにより良くあること」という意味です。

例えば、仕事のストレスで心を病んでしまった方が、治療を受けて元気になったとする。しかし、元いた職場の同じストレス環境に戻してしまうと、ぶり返してしまう可能性が高い。これが、つながりによる影響です。元気でい続けるためには、その方を取り巻く環境やその環境との関わりを変えていく必要があるのです。

「質の高い介護」を提供した人たちが報われる仕組みを

みんなの介護 環境というところでは、介護現場の環境が良くなるためには何が大切でしょうか?

宮田 介護に携わる人が報われる、インセンティブが付くような仕組みをつくっていく必要がありますね。そこに対してもデータの力を活かすことができます。例えば過去の蓄積データを見て、「平均的な経過を辿れば、数ヶ月後から悪化して、1年後に要介護3になる可能性がある」という方がいるとします。

そのような方を施設の取り組みによって、介護度を上げずに現状を維持できたとする。そこで、要介護3の場合に必要になったであろうコストをインセンティブとして乗せられる可能性がある。データを蓄積するということは、そのような価値につながることだと思います。

ケアの仕事の尊さに、もっと社会が目を開かなければなりません。そのためには、現場側からも取り組みの状況を社会にしっかりと示していくこと。そこで「論より証拠」として必要となるのが、データなのです。

その中でも一番大事なのは、サービスを受ける当事者の声ですね。介護を受ける人たちが大切にしている価値や実現したいことを情報としてまとめておく必要があります。

介護認定の矛盾をデータがあぶり出す

みんなの介護 介護認定において、努力して介護度が軽くなった場合に生じる不利益についてもご本に書かれていましたね。

宮田 介護認定の制度がつくられた当時は、十分に過去のデータがありませんでした。そのため「提供した介護の量」で認定を決めることになりました。その結果、要介護認定1の人を一生懸命サポートして要支援に戻ったとすると、給付限度額が少なくなってしまう。そのような現象が起こることになります。

本来、良くなろうとすることはとても良い努力で、報われるべきです。介護を提供している量ではなく、質で評価すべきだと思います。介護保険の仕組みにもまだ改善の余地があるわけです。

基準をつくった人たちが悪いということではありません。介護認定制度をつくった人たちも、このような矛盾が起こっていることを悔しがられています。

みんなの介護 今後、介護認定の基準が見直される可能性はありそうでしょうか。

宮田 今、新しいデータ収集の仕組みが走り始めています。しかし、これだけですべて解決可能かどうかはまだわかりません。データと現場の取り組みをうまく組み合わせられれば、状況の改善につながるのではないでしょうか。

撮影:花井智子

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