昨日(10月31日)投票が行われた衆議院議員選挙、神奈川13区の甘利明氏と同8区の江田憲司氏と落選運動を行った(【甘利氏・江田氏の落選運動を振り返る ~政党内の「権力者」にNO!を突き付ける機会は選挙しかない】)
その結果は、甘利氏は、自民党幹事長としては初となる小選挙区落選、比例復活したものの、幹事長辞任の意向を表明した。江田氏は、当初圧勝の予想だったが、結果は、同じ自民党の対立候補との票差が前回は4万5000票だったのが、今回は約1万3000票という僅差、得票率は前回の54%を下回る52%、候補者擁立を見送った共産党票(絶対自民には入れない)の前回選挙での得票率が10%であったことを考えると、実質的には大幅な得票減。こちらでも、落選運動の効果が相当あったと言えるだろう。
甘利氏を小選挙区落選で幹事長辞任に追い込んだのは、神奈川13区(大和市、海老名市、座間市、綾瀬市)の有権者の勝利だ。日本の公職選挙の歴史に残る「市民の良識の勝利」だと思う。
今回の落選運動では、選挙期間の最終日に街頭演説も行った(ダイジェスト版をYouTubeでアップ⏩ https://youtu.be/bip5RZFuqjA)。
海老名駅でコンコースに集まってくれた市民の人達に最後にこのように訴えた。
「このまま甘利氏を小選挙区で当選させてしまうことは、単に国会議員として議席を占めるだけではなく、神奈川13区の皆さんが甘利幹事長を信任したことになります。全国の国民が、神奈川13区の皆さんがどんな判断をされるのか注目しています。」
私の訴えが届いて、有権者の判断に、なにがしかの影響を与えることができたとすれば、こんなにうれしいことはない。
一方の、江田氏の方は、残念ながら、「落選」という結果を生じさせることはできなかった。しかし、落選運動は、冒頭に書いたような江田氏の得票の実質的な大幅減少に、少なからず寄与できたのではないかと思う。
神奈川8区だけではなく、横浜市内の選挙区では、立憲民主の候補者の多くが小選挙区で落選した。山中市長が圧勝した8月の市長選挙での「野党共闘」とは様変わりの結果になった。
市長選挙で江田氏が擁立を強行し、圧勝して新市長に就任した山中氏は、多くの疑惑に対して「説明不能」の状況に陥り、市議会では、選挙で掲げた公約や今後の施策をめぐって答弁の混乱が続くという悲惨な状況になっている。それについて、「山中氏を強引に擁立した江田氏に製造物責任がある」というのが落選運動で神奈川8区の有権者に訴えたことの中心だった。今回の選挙結果は、立憲民主党にとって、「市長選での山中氏圧勝」という「追い風」が、完全に「逆風」に変わっていることを示している。
日本の公職選挙は、基本的には、政党中心の選択が行われるが、特定の候補者に注目して投票の判断をすることが重要な場合もある、政党の中で、大きな権限を持ち、国政全体に大きな影響力を与えるようなポストに就いている政治家であれば、その候補者の当落や得票は、そのような政治家が権限を行使する立場にいることの是非を有権者に問うという意味もある。
今回、私が行った落選運動は、まさに、そのような観点からの与野党の内部で大きな権力を持つ政治家に関して、有権者に事実を伝え、それを踏まえて選挙での選択してもらうことを目的とするものだった。
立憲民主党内で候補者選定に大きな権限を持つ江田氏は、横浜市政を「惨憺たる事態」に陥らせている「横浜市長選での圧勝」を、野党共闘によって「政権交代」をめざす選挙戦略のスタンダードとすべき成功事例であるように喧伝していたが、それは、今回の選挙結果で否定されたと言ってよいだろう。
公職の候補者の選定、政治資金の配分などについての政党内部での決定が不透明極まりなく、民主的なプロセスを経ていない現在の日本の政治状況の下では、落選運動は、極めて重要な意味を持つ。
今回の私の落選運動が、有権者の判断に少なからず影響を与えることができたとすれば、そこに、日本の民主主義の微かな光を見ることができるように思う。