19歳少年の殺害放火事件:好意が凶行に変わった理由

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山梨県甲府市郊外、ぶどう畑が広がるのどかな田園地帯がほど近い住宅街で恐ろしい事件が起こりました。19歳の少年が、同じ高校に通う女子生徒宅に押し入り、両親を刺殺の上、放火したのです。

不幸中の幸い、女子生徒と妹さんは逃げることができましたが、この先、この事件のショック、ひいては両親を亡くしたことなど、大きなトラウマを抱えて生きることになります。いい支援者が暮らしを、そしてカウンセラーがお心を守ってくれることを切に願います。

※画像はイメージです。

きっかけは好意とLINE?

では、少年はなぜこのような凶行に及んだのでしょうか?少年は「LINEで連絡が取れなくなった」ことで凶行に及んだと供述しているようです。また、一方的に好意を寄せていたとも供述しているようです。

確かにLINEで既読がつかない、あるいはブロックされたことによる人間関係のトラブルは小学生から大学生まで、割と頻繁に起こっています。相手が好意を寄せていた異性であれば、なおさら心理的なダメージも受けるでしょう。

しかし、これだけの理由で両親を殺害し、さらに放火までするものなのでしょうか?

LINEをめぐるトラブルは、おそらく今も頻繁にどこかで起こっていることでしょう。このような理由による凶行があふれかえる可能性があるとしたら、とても恐ろしいことです。

そこで、何が少年を凶行に導いたのか、そしてこのような事件を未然に抑止するために何ができるのか、心理学で検討してみましょう。

そこには危険な本能が…

実は男性をこのような凶行に駆り立てるメカニズムが人間の本能に搭載されています。この本能はかなりパワフルで、ときに暴走します。暴走しはじめると、男性の頭の中はターゲットとなった女性のことしか考えられなくなります。その結果、良識や常識だけでなく、自分自身を守ることさえも忘れてしまいます。

その本能とは、「配偶者防衛本能」です。この本能は配偶者、すなわちロマンティックパートナーと脳が認識した異性の独占を求める本能です。もちろん、女性にもあります。ただ、男性と女性で少々表れ方が違います。

男女ともに、ロマンティックパートナーに自分以外の異性がロマンティックな興味を持って近づくことを嫌がるところは同じです。しかし、男性の場合は大切なパートナーに対して、自分のものにならないのであれば苦痛を与えても構わない、殺してしまっても構わない…という恐ろしい衝動に至ってしまうことがあるのです。

ストーカー殺人や嫌がらせの現況!?

実際、少年または青年男性によるストーカー的な嫌がらせ行為や、ストーカー殺人事件のニュースは驚くほど頻繁に起こっています。コロナ禍の影響でしばらく少なくなっていたようですが、ここまで燻っていた事件の火種が行動制限の撤廃の中で一期に形になることが心配です。

男性にとって女性は資産?

では、なぜ、男性は大切なパートナーに対してこのような衝動を持つことになるのでしょうか?それは、進化の過程でこの衝動を持つことが子孫を残すのに有利だった時代があったからだと考えられています。

少々、エコノミカルな表現になってしまいますが、子どもを自分で産めない男性にとって、女性は子孫を残すための貴重な資産です。自分の子孫を残すことに協力してくれる可能性がある限り、全ての女性は潜在的な資産です。むやみに傷つけないでしょう。

しかし、自分を拒むことが明らかになったら話は別です。自分の子孫ではなく、他の男の子孫を残すのです。他の男の子孫を残すということは、将来的に自分の子孫の生存競争のライバルを増やすということです。

自分のものにならないなら…の心理

もちろん、本人はそこまで考えていないでしょう。衝動的になっているときは、先の展望を見失いますので。

しかし、人類に至る進化のある段階では、殺してしまっても…となることで子孫が生存競争で有利になり、結果的にこの傾向をもつ遺伝子が支配的になったと考えられています。実は、遺伝子は極めて利己的なのです。

もちろん、このような利己的な行動は現代社会では許されません。少年は複数の刃物を持ち明らかな殺意を持って押し入ったようです。なぜ親から殺すことになったのか、経緯は不明ですが、激しい殺意は少年の本能を制しきれなかったことから始まったと考えてよいでしょう。

事件後、少年は自分の凶行について後悔しているとも供述しているようです。ですが、衝動から開放されて、我に返っても遅いのです。

このような不幸をなくすために私たちに何ができるのだろうか?

大事なことは、事前に私たち人間が持つ時に危険な状況を作る本能について知ることです。私たち人間は学ぶことで人類化してから進化したと考えられる「ヒトの脳」が活発になり、自分の衝動や感情をモニタリングできるようになります。

人は危険な本能も備えていますが、こういう能力も備えているのです。

私は心のリテラシー教育の必要性を常々訴えていますが、残念ながら今の教育行政には組み込まれていません。

実は私はかつて山梨県をフィールドとして心のリテラシー教育プログラムを開発した事があります。一時、山梨県の某市の教育委員会に採択していただいたのですが、その後は他の施策が優先されたようです。

この事件をきっかけに、今一度、心のリテラシー教育の必要性について、できれば社会のみんなのテーマとして考えていただけると幸いです。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
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