ドイツ社会に広がる「エイジズム」:世代間で拡がるあからさまな対立

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ドイツ週刊誌シュピーゲル最新号(3月25日号)は社会の高齢化とそれに伴う高齢者への差別について8頁にわたり著名な高齢者のコメントや社会各層の意見を特集している。同号の表紙のタイトルは「突然、歳を取り過ぎた?」だ。換言すれば、ドイツの「エイジズム」だ。以下、その特集の概要を紹介する。

ドイツのエイジズムを特集したシュピーゲル誌最新号の表紙

ジュネーブに本部を置く世界保健機関(WHO)は2021年、「エイジズム」(Ageism)への戦いキャンペーンで「Age doesn’t define you」(年齢であなたを定義できない)というキャッチフレーズを掲げていた。「エイジズム」とは年齢による差別や偏見を意味するもので、「年齢主義」ともいわれる。

WHOの調査によると、世界的に2人に1人の成人は高齢者に対して偏見を持っているという結果が出ている。年齢問題研究者で心理学者のクラウス・ロータームンド氏は、「高齢者に残りの人生への期待を少なくするように要求することは非人間的だ。年を取ればそれだけ価値がなくなるとほのめかしているようなものだ」と指摘している。

英国では社会保障制度の充実を「ゆりかごから墓場まで」というスローガンで表現された時代があったが、ここにきて人は自分も年を取って高齢者になるとは考えない。「今日の高齢者」を批判している人は「明日は我が身だ」という認識が乏しい。社会自体に年を取ることを伝染病と考え、それを回避しようとする傾向が強まってきている。

シュピーゲルは高齢者への差別、偏見等を社会の各層から聞き出している。銀行は高齢者にはクレジットカードを発給せず、住居探しも若い世代と比べむずかしい。自動車の事故保険でも高齢者の場合、事故が多く発生しやすいという理由から保険代は高くなる。実際は高齢者の事故発生率は他の世代より多いという数字はない。欝などの精神的病になった場合も、高齢者は「当然の現象」と受け取られ、真摯に対応してくれなくなる、といった差別に遭遇している。

欧州の経済大国ドイツでは保護が必要な高齢者の人口は30歳以下の国民より多くなるのは時間の問題という。2030年には4人に1人は65歳以上になるという。ドイツ国民の平均年齢は現在44.7歳で世界の平均年齢より約15歳高齢だ。そしてドイツ政府は社会の高齢化という人口学的な動向を久しく軽視してきたという。社会学者でジャーナリストのシュテファン・シュルツ氏がそのベストセラー「Opakalypse now」(オパカリプス)の中で指摘している内容だ。

Nastco/iStock

社会自体に、「高齢者を差別することは良くない」という認識が余りない。シュピーゲルによると、最新の「差別問題報告書」では、高齢ゆえの差別件数は昨年573件で、民族的差別(2080件)や身体障害による差別件数(1775件)より少なかったのは、「高齢者も若い世代も高齢者への差別が禁止されていることへの認識が十分ではないからだ」と分析されている。

ポップ歌手のマドンナさん(64)は、「年齢差別は世界にとって有毒な現象だ」と批判する。美顔手術をし、派手な服装で舞台で歌うマドンナさんは最近、「そんな姿で舞台に再び登場しないでくれ」といった憎悪コメントを受け取った。その辛辣なコメントはネット上でシットストーム(炎上)した。マドンナさんは、「私は歌唱力や外貌問題でファンに負債などない」と反論している。

中国武漢発の新型コロナウイルスは世界のエイジズムを加速化させたという。高齢者は一般的に感染危険率が高いと受け取られ、隔離が強化されていった。すなわち、高齢世代と若い世代間の世代対立を激化させたわけだ。哲学者ヨハネス・ミュラー=サロ氏は新著「Offene Rechnungen」(世代間の冷たい闘争)で、「若い世代」と「高齢者世代」の間であからさまな対立の時を迎えている、と主張している。

ヘルシンキ大学神学部から名誉博士号が与えられたスウェーデンの環境保護活動家グレタ・トゥーンベリさんが、「あなた方(高齢者)は私の夢と子供時代を奪ってしまった」と非難した有名なセリフを思い出す。換言すれば、「高齢者は久しく多くを消費し、未来に投資せずに、若い世代に負債を残している」といった内容だ。

ドイツのショルツ連立政権は政権発足時に連立協定で「社会全般のデジタル化の促進」を目標に掲げたが、IT技術の普及によって高齢者はますます疎外感を深めている面も否定できない。航空チケットの搭乗券を空港内で入手するのにも自動発券機で処理しなければならないから、ITの使用に慣れていない高齢者にとっては若者の厳しい目を気にしながら汗を流さざるを得ない。高齢者への差別はモダンな西側社会では広がっているわけだ。

ソフトウェア開発。ITサービス企業「サン・マイクロシステムズ」社の創設者の1人、ビノッド・コースラ氏は、「新しいアイデアという観点からみれば、45歳以上の人間はもう死んでいる」と主張。また、メタ最高経営責任者(CEO)のマーク・ザッカーバーグ氏は、「若い人間のほうが賢い」と言い切っているほどだ。

IT関連知識や操作能力に関してはIT企業トップの意見は正しいかもしれないが、IT関連の知識やノウハウだけが人間の能力を図るものではないことはいうまでもない。ただ、IT社会で生きている現代人にとって実際、スマートフォンやコンピューターを駆使できなければ、さまざま困難が出てくることは事実だ。

米国では行き過ぎたエイジズムに対して批判的な声が上がってきているが、ドイツでは高齢者問題では対応がまだ遅れている、と同情せざるを得ない。シュピーゲルは「ドイツでは高齢者は差別されている。時には緻密に、時には残酷に」と述べている。

当方はこのコラム欄で「あのエレファントを見ろ!!」を書いたばかりだ。動物学者によると、エレファントは人間の高齢者を襲う認知症にかからず、目撃し、体験したことは絶対に忘れない。長く生きたエレファントであればあるほど、体験を蓄積し、群れを安全な場所に引率できるノウハウを知っているから、エレファントの世界では最高齢者は仲間から尊敬され、通常、指導者、引率者となる。そのエレファントの世界と比較して、人間の世界では高齢者は差別されるなど、弱肉強食の様相を深めているわけだ(「あのエレファントをみろ!!」2023年3月21日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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