「45歳定年制」が本来示したかった働き方とは?
サントリーホールディングスの新浪剛史社長の発言で物議を醸した「45歳定年」。経済界からも終身雇用の維持に難色を示す声が出る中、働き手が一方的に不利益を被らない定年年齢の引き下げなど本当にできるのか──。ワークスタイル研究家の川上敬太郎氏が、雇用システムの問題点を挙げながら考察する。
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高年齢者雇用安定法で、定年年齢は60歳以上と定められている。また、65歳までの雇用確保を会社の義務とし、今年4月からは70歳まで就業機会確保が努力義務となった。そのような流れの中、サントリーホールディングスの新浪社長が提案した定年年齢の45歳への引き下げは、国の施策に逆行していると言える。
そもそも定年とは何か──。会社から見ると一定の年齢で雇用契約を解消できる権利だが、働き手にとっては一定の年齢まで雇用され続ける権利だ。働き手の生活を考慮すると、定年年齢は老齢年金の支給開始年齢と連動させるのが基本となる。
もし45歳まで定年年齢を引き下げるのであれば、老齢年金も45歳から受け取れるようにしなければならないが、高齢化が進む中で支給年齢を下げるというのは非現実的だ。今は原則として老齢年金が65歳から支給されるので、定年を45歳まで引き下げれば20年もの空白ができることになる。
そのような、一方的に働き手が不利益を被る提案をすれば、強い反発が出るのは当然だ。定年は働き手の可能性を一定の年齢をもって切り捨てるような制度であり、年齢差別とも言える。45歳定年制は、“定年”という言葉が使われている時点で無理がある。
会社存続が危うければ定年延長も意味はない
9年前にも、同じようなことが話題になった。国家戦略会議のフロンティア分科会報告書に記された40歳定年制だ。
40歳定年制は、フロンティア分科会の中に設置された「繁栄のフロンティア部会」の中で提案された考え方だ。同部会の委員として、当時はローソンの社長だった新浪氏も名前を連ねている。つまり、45歳定年制は最近になって突然出てきたのではなく、以前からあった考え方を再提案したものに過ぎない。
40歳定年制と45歳定年制。どちらも、最大の問題は定年制という言葉を使っていることにある。しかし、本来議論したいのは定年制の話ではなく、雇用システムを転換する必要性の有無だ。45歳定年制が話題になった後、新浪氏自身も「首切りする」という意図ではなかったと釈明しているように、議論の主題は“定年”ではない。
働き手からすると、今の雇用システムを継続することで今後も長く安心して雇用されることが保証されるのであれば、敢えて変えてもらう必要はないはずだ。
しかし、40歳定年制や45歳定年制が提案される背景には、一般的に思い描かれているのとは異なる未来像がある。今から20年、30年後、本当に今働いている会社は存続しているのか? もし、会社の存続が見通せないとしたら、仮に定年が70歳にまで延長されたとしても意味はない。会社の倒産と共に、働き手は職を失うことになるからだ。
経済界も終身雇用に難色を示す「2つの背景」
45歳定年制が本来示したかったことは、一度会社に勤めると定年まで働き続けることができるという“終身雇用”が保証できない社会に適した雇用システムのあり方だ。つまり、日本社会が進むべき方向は、以下2つのいずれなのかを検証することに本意がある。
(1)今の雇用システムの維持
定年まで雇用保障されるが、外部で通用する能力は磨かれないまま会社と一蓮托生。
(2)45歳定年制など新雇用システムへの転換
雇用保障はない、もしくは弱まるかもしれないがエンプロイアビリティ(employability:雇用される能力)が磨かれる。
どちらにもリスクがあるが、これまでの延長で考えるなら(1)のほうが安全そうだと考える働き手が多いのではないかと思う。
しかし、前経団連会長は、公の場で終身雇用を続けるのは難しいと発言した。経済界が終身雇用維持に難色を示す背景には様々な事情が考えられるが、中でも大きい理由は2つある。
1つは、第四次産業革命時代に突入したと言われる経済環境の変化スピードの早さだ。環境変化に対して柔軟に対応しながら競争力を高めていくには、会社にとって必要な人材とそうでない人材とを素早く見極め、社内だけでなく外部からも人員を募って、人員体制を柔軟に入れ替えていく必要がある。
もう1つは、年功賃金を基本とする現在の給与体制の制度疲労だ。今は、若年層の社員ほど生産性に対して低い給与が支払われている。逆に、高齢層の社員には生産性より高い給与が支払われる。
それは以前からあった課題だが、少子高齢化が進む中で高齢層の人員比率がどんどん増える方向にあるため、会社からすると、費用対効果の低い社員が今後も増え続けることになる。さらに、今後の法改正で70歳まで定年延長する可能性も出てくるとなれば、今の体制を維持していくことは難しくなっていく。
以上2つの理由だけ見ても、会社の存続難易度が上がっていることがわかる。今は安定している会社でも、突然倒産の憂き目にあうリスクが読みづらい経済環境になったということだ。
45歳「定年」から「卒業」の雇用システム転換へ
今の雇用システムのまま、会社が倒産してしまうとどうなるのか。若年層であれば賃金水準は低く柔軟性は高そうなので新しい会社に移りやすいかもしれない。しかし、ミドルもしくはシニア層になっている働き手は、路頭に迷う可能性が高くなってしまう。
そのような状況を見越して対応策を議論し知恵を絞ることが、45歳定年制で伝えるべき本来の主旨なのだと思う。つまり、45歳で首を切られる社会ではなく、45歳になったころには、他の会社に移ることが可能なほどエンプロイアビリティが高まっているような社会へと、雇用システムを転換させるということだ。
もし、そのように雇用システムを転換させれば、社会を出て45歳に到達するまでの位置づけは、定年までの雇用安定と引き換えに会社内だけで通じる能力を磨く期間から、外部でも通用するエンプロイアビリティを磨くための期間へと置き換わることになる。
つまり45歳“定年”ではなく、45歳までに能力を磨き上げる「45歳“卒業”制」のイメージだ。
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