河野氏 父と祖父は首相になれず – 田原総一朗

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共同通信社

菅義偉首相の後継を決める自民党総裁選が9月17日、告示された。河野太郎・行政改革担当相、岸田文雄・前政調会長、高市早苗・前総務相、野田聖子・幹事長代行の4氏が立候補した。29日の投開票で、新しい自民党の総裁が決まる。実質的に次期首相を決める選挙といえるが、今回の総裁選をどう見ればいいのか。田原総一朗さんに聞いた。【田野幸伸 亀松太郎】

自民党議員の「危機感」が菅首相を追い込んだ

今回の総裁選は当初、菅首相が再任されるとみられていた。しかし、内閣支持率の低迷を受けて、菅首相が「総裁選へ出馬しない」と表明したことから、事態が大きく動くことになった。

菅首相の不出馬の背景には、自民党の国会議員たちの危機感がある。このままでは今秋の衆議院選挙で自民党が大敗し、自分も落選する恐れがある。そういう危機意識を多くの衆議院議員が持っていた。

全国のどの選挙区でも菅首相の評判は非常に悪く、世論調査のたびに内閣支持率が下落していった。その結果、自民党の議員たちは、自分たちが当選するためには菅首相にやめてもらうしかないと強く思うようになった。

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菅政権の生みの親である安倍氏や麻生氏はもともと、今回の総裁選で菅首相を支持するつもりだったが、自民党議員たちの強い危機感を知り、考えが変わった。

幹事長として菅首相を支えてきた二階氏も、このままでは衆院選に影響すると考えていた。そこで、「人事を変更して、コロナ対策に前向きな姿勢を示したい」という菅首相の要望に同意し、「まず手始めに、僕が幹事長を辞めよう」ということになった。

菅首相は、二階氏の後継として小泉進次郎・環境相に白羽の矢を立て、「幹事長になってほしい」と4日間にわたり口説いたが、小泉氏は最後まで首を縦に振らなかった。他の候補者にも断られ、万策が尽きた。

つまり、菅首相は衆院選に備えて、党や内閣の人事を変えようと交渉したが、失敗したので、続投を断念せざるをえなくなった。しかし、そのことを正直に言うことはできないので、「新型コロナ対策に専念するため、総裁選には出馬しないことにした」と言い訳したということだ。

河野氏の出馬表明会見にはがっかりした

菅首相の戦線離脱を受け、すでに総裁選出馬を表明していた岸田氏のほか、高市氏や河野氏、石破氏、野田氏が立候補に前向きな姿勢を示すことになった。

このうち、石破氏とは二度、電話で話をした。僕は石破氏に「総裁選に出馬すべきだ」と伝えた。

「あなたは、安倍内閣のときから安倍批判をしてきた。おそらく国民の多くは、あなたが首相になれば自民党も変わると思って、あなたが首相になることを期待しているはずだ」

そう言って、石破氏に出馬を勧めた。1回目の電話のときは、石破氏も「出馬することを考えています」と話していた。

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ところが、2度目の電話のとき、石破氏は「出馬しない」と伝えてきた。

最大の理由は、仮に出馬しても当選する可能性が高くないとみられるからだ。むしろ、自分が出馬することで、河野氏と票を食い合って二人とも落選する可能性がある。ならば、自分は出馬しないで、河野氏を応援するほうがいい。そう石破氏は判断していた。

結局、総裁選に立候補したのは、河野氏、岸田氏、高市氏、野田氏の4人だった。

高市氏は当初、推薦人の人数が集まらないのではないかともささやかれた。だが、安倍氏が高市氏を支持すると表明したので、推薦人を集めることに成功し、出馬できるようになった。

ただ、安倍氏と麻生氏は本音では、岸田氏を応援したいと考えているのだと思う。岸田氏が主張している政策は、安倍氏や麻生氏の意向を踏襲したものだからだ。

問題は河野氏である。河野氏は麻生派に所属しているが、麻生氏はもともと、河野氏の総裁選出馬に難色を示していた。河野氏が何度も麻生氏に頼みに行って、最終的には麻生氏も了承したが、全面バックアップというわけではない。

河野氏は9月10日、自民党総裁選への出馬を表明する記者会見を開いた。その内容を聞いて、僕は正直なところ、がっかりした。

彼はこれまで「脱原発」を訴え、「女系天皇」についても肯定する姿勢を示していた。ところが出馬表明会見では、両方とも事実上撤回する形となった。

河野氏らしい政策が影を潜めたのは残念だが、おそらく、そうしないと麻生氏が出馬を認めなかったのだろうと思う。

記者会見の後、僕は河野氏と電話で話をした。僕は「会見の内容にはがっかりしたけれども、総理になったらがんばってほしい」と伝えた。河野氏からは「がんばります」という返事があった。

決選投票になるかどうかが勝負のカギ

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実は、河野氏には、父と祖父をめぐる2つの悩みがあった。二人とも自民党の大物政治家で、首相候補と言われた人物だったが、首相になることはできなかった。

祖父の河野一郎は、池田勇人元首相の後継と目されていたが、結局、首相になれなかった。父の河野洋平は自民党の総裁にまで上り詰めたが、そのときは野党だったため、首相になれなかった。

祖父も父も首相まであと一歩のところまでに行ったのに、その地位につけなかった。それはなぜなのかという悩みが、河野太郎にはつきまとっている。

だからこそ、今回の出馬表明でも、あのように言わざるを得なかったのだろう。

ただ、原発については「当面の再稼働はやむをえない」という姿勢を表明したものの、もともと自民党議員としては例外的に「原発ゼロ」を主張してきた政治家である。

東日本大震災のときの福島第一原発の事故を受けて、国民の中にも脱原発を支持する人は多い。世界もヨーロッパを中心に脱原発に向けて動いている。そのようなことを考えると、もし河野氏が首相になれば、日本の原発政策が変更される可能性は大いにあるといえるだろう。

逆にいうと、そのような河野氏が自民党の総裁に就任するのは好ましくない、と考える勢力もあるということだ。その筆頭が原発政策を推進する経産省であり、原発を運営する全国の電力会社だ。

こういう勢力が今回の総裁選にどういう影響を及ぼすか。そこも見どころの一つだろう。

自民党の総裁選は、約2週間の選挙戦ののち、9月29日に投開票が行われる。ポイントは、1回目の投票で決着するかどうか、だ。

最初の投票は、国会議員票と党員・党友票の合計で争われるため、国民的な人気の高い河野氏に有利だとみられる。しかし、得票が過半数に達しなかった場合、上位2人の決選投票となる。

決選投票は、国会議員票と都道府県連票の合計で決まるが、国会議員票の比重が大きいので、安倍氏や麻生氏が実質的に支持しているといえる岸田氏が有利になると考えられる。

河野氏としては、1回目の投票で過半数を獲得して、勝負を決めたいところだが、はたして実現できるか。これから本格的に始まる総裁選に注目したい。