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「D2C」という概念はもはや新しいものではない。誰もがD2Cというキーワードを口にし、その理解も多種多様だ。
ブランド戦略としての最適解が確立されているわけでもなく、国内外で模索が続く一方、スタートアップはもちろん大手ブランドがD2C的アプローチで市場に参入する事例も増加し、競争と淘汰は加速しつつある。こうしたなかで、D2Cブランドはどうあるべきなのか。2014年に創業し、国内におけるD2Cブランドのパイオニア的存在として知られる、FABRIC TOKYOの代表取締役CEOである森雄一郎氏は、コミュニケーションとブランドパーパスの「深さ」にフォーカスすべきだと指摘する。
同氏はDIGIDAYとGlossyが開催した「D2C STRATEGIES FORUM」において、「FABRIC TOKYO 森雄一郎氏と読み解く、国産D2Cの『いま』と『これから』」と題したセッションに登壇。そのなかで、「D2Cの強みは、顧客と純度の高いコミュニケーションが取れることだ」と語った。「コミュニケーションの深さは顧客をファンに変えていく。ファンの信頼を維持するにはブランドパーパスの深みが必要だ」。
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以下にセッションの一部を紹介する。なお、読みやすさを考え、多少編集を加えてある。
――FABRIC TOKYOの創業以来、印象に残っている「トライアンドエラー」の事例を教えて欲しい。
FABRIC TOKYO創業初月の売り上げはわずか25万円だった。翌月以降はさらに売り上げが落ち、スタートは大失敗だった。そこから見えてきたのは、「便利さ」や「モノの良さ」だけでは売れないということ。それが、最初に直面した印象深いトライアンドエラーだった。
D2Cブランドを構築するには初期投資も重要だが、ここでもトライアンドエラーの連続だった。VCからの出資が必要だったものの、今では考えられないが当時は投資家のD2Cに対する理解があまりなく、まずその啓蒙から始める必要があった。VCは基本的に投資領域を決めており、2014年ごろはC2Cやメディアに投資するVCが多く、D2Cを投資対象にするVCがそもそも少なかった。「国土が広く市場が大きいアメリカだからこそ、D2Cのニーズがある」と考えているVCも多く、アメリカよりも狭く、コンビニエンスストアや大型ショッピングセンターが全国に広まり、さらにECも十分に使える日本でD2Cのポテンシャルが本当にあるのか、という意見も聞かれた。
そうした意見に対しては、マクロの視点に立った話をすることで、理解を求めていった。まず、ビジネスウェアは根強いニーズがあり、マーケットサイズも大きい。また、当時でもアパレル全体のEC化率は8〜10%ほどだったが、ビジネスウェアは1%にも満たなかった。これは、ビジネスウェアを扱う既存の量販店が市場を押さえていたことが大きく、このカテゴリーにおいてイノベーションがほとんど起きていなかったのが原因だった。ここにデジタルの力を使ってイノベーションを起こせば、ビジネスチャンスが生まれる。このような話を繰り返し伝えた。
――D2Cブランドをグロースさせるにあたって、何を重要視しているのか?
さまざまな指標があるが、あえて挙げるなら「ターゲット層に対するリーチの総量」と「コミュニケーションの深さ」、そして「転換率」だろう。なかでも「コミュニケーションの深さ」は特に重視している。D2Cの強みは、いわば「純度100%」でターゲット層とコミュニケーションが取れることであり、それをどれだけ深くできるかが鍵を握っている。深度が増すほど、顧客の第1想起を得られるようになる。
そのためにFABRIC TOKYOが取り組んでいるのは、コミュニケーションを取るために必要な「コンテンツの質の向上」と、それを実現するための「ブランドパーパスの浸透」だ。なぜコンテンツの質にブランドパーパスが関わるのか。「コミュニケーションのためにコンテンツの質を上げろ」と私が社内に言ったところで、メンバーはどうすべきなのかわからないだろう。なぜなら、コンテンツの質を向上させると言っても、その方向性は多様だ。クリエイティブは重要だが、商品写真の質を上げればいいわけではない場合もある。
そんなときにブランドパーパス、「なぜ自分たちのブランドが存在するのか?」を明確にするミッションと、それを言葉で伝えることで、メンバーもすべきことが具体的に理解でき、コンテンツの質も上げられる。同時に、パートナー企業をはじめステークホルダーの方々も、ブランドに対する理解を深めてくれる。
――そうしたD2Cの強みや手法を取り入れ、大手ブランドが参入するケースも見られる。どうすれば差別化が図れるのだろうか。
そもそも、意識的に差別化する必要はないのではないか。むしろ大手のブランドが参入することで、D2Cのマーケットが広がり、広告のチャネルやアプローチできる顧客も増える。これは当社にとっても望ましい。ただし最後は我々が顧客に選ばれたい。そのため必要なのは、深みのあるコミュニケーションを実現し、顧客の信頼と想起を得られる「ブランドパーパスの深さ」になる。
スタートアップは大手ブランドのように、巨大なマーケットを押さえ続ける必要はない。商材や顧客を絞り、ニッチなマーケットを確保できればビジネスとして成立する。これは大手ブランドでは取りづらい戦略だ。そして、何より「スピード」という最大の競合優位性がある。近年は当社と類似したサービスも増えつつあるが、これまで積み重ねてきたトライアンドエラーは、大きな武器になっている。
パーパスとスピードというD2Cの武器を維持し続けるには、創業者がビジョン・ミッション・バリューを言語化して発信し続けることに尽きる。FABRIC TOKYOはブランド認知を取るために社名を変更しているが、「Lifestyle Design for All」というビジョンは、言葉としての表現のアップデートはあるものの、意図するところは創業時から変えていない。創業者がビジョンを持ち続けるのは最大の仕事であり、決して難しいことではないだろう。
――一方で、D2Cブランドでもマス広告や実店舗の展開、卸売への参入など、ある種、大手ブランド的なアプローチをとる事例が出てきている。この動きについてはどう捉えているか?
個人的にはポジティブな動きだと感じている。たとえば、卸売に関して言えば、直販よりもCPAがいいチャネルがあるのは事実だ。そこに商品や当社のようにギフト券などを卸すのは、ビジネスのグロースにもつながる。テレビCMなどのマス広告の出稿も同様で、多くの人が知っていることがブランド価値にポジティブな影響を与えることもあるだろう。
ただし、注意すべきなのはブランドに対する信頼の維持・向上だ。我々は「信頼残高」という言葉で表現しているが、卸売であれマス広告であれ、そこでのコミュニケーションは先述したD2Cのあり方と異なる。つまり我々から純度100%で顧客に伝わるわけではなく、マス的アプローチのなかでのコミュニケーションになることを注意する必要はあるだろう。
――最後に、D2Cとは何だと思うか?
答えるのはとても難しいが、わかりやすく答えるなら「地元の友人が立ち上げた魅力的なブランド」ではないか。身近な人が立ち上げて、それを欲しいと思えるか、リピートしたいと思えるような感覚を、顧客に持ってもらえるかがD2Cのキーポイントだ。それをスタートアップとして、よりスケーラブルに展開できるかが勝負の分かれ目だと思う。
Written by 山田雄一朗
Photo by 堤賢悟