毎月、現金が支給される“ベーシックインカム”。実現はまだまだ先か

ベーシックインカム、あり?なし?

3年前、OpenAIのCEOサム・アルトマンは「すべてのためのムーアの法則」と呼ばれる投稿をブログにしました。その中でアルトマンは、人工知能がまもなく私たちの世界を劇的に再形成するだろうと主張しています。「AIが世界の基本的な商品やサービスの大部分を生産するようになれば、大切な人と過ごす時間を増やしたり、人を思い遣ったり、芸術や自然を鑑賞したり、社会的善のために働いたりする時間を多く持つことができるようになるでしょう」と述べています。アルトマンは、ソフトウェアとロボットがまもなく世界経済の大部分を担うようになり、事実上、人間をほとんどの形態の労働から解放することになると考えていたのです。

アルトマンの中ではこれは人間にとって良いことという認識ですが、同時にアメリカの福祉に対する考え方の根本的な変化も必要になってきます。新しい自動化の結果として起こりうる経済的な混乱(つまり、AIが数百万の仕事を奪うという事実)を相殺するために、アルトマンは、失業者を経済的に支援できる大胆で新しいシステムをアメリカが導入する必要があると感じていました。アルトマンが描いていたのは、すべての人に最低限の生活を保証するために政府から一定金額を無条件で支給するユニーバサル・ベーシックインカム制度(UBI)でした。

UBIの実験プログラムは近年非常に人気になっています。ある調査によると、2017年以降、アメリカでは最大で120の実験が実施されています。実験プログラムは一般的に地方政府によって実施されているのですが、経済的不安を軽減し、受給者により良い生活水準を提供するという目的を達成しているとのことです。現在は小規模で実験的なプログラムではありますが、UBIの支持者は将来的には国家的なシステムに拡大できる未来を想像しているのです。実際、テック系企業の幹部や未来を信じる学者たちは、これは可能であるだけでなく、来たるべき自動化の波を緩和するために必要だと主張しています。

しかし、国家的なUBIが支持する人たちの主張通りに実際に機能することはありうるのでしょうか?そして、余剰予算支出によって資金提供されている小規模な地域実験プログラムから、生き残るために深刻な継続的な収入の流れを必要とする大規模な国家プログラムへと、どのようにシステムを拡大することができるのでしょうか? 今回私たちはUBIシステムがどのように機能するか、基本的なことから辿ってみようと考えてみました(でもこれはまるで急な坂道を登るようなものだなと感じていますが…)。

ベーシックインカムにはいくらかかる?

ベーシックインカムに関して最もよく尋ねられる質問はコストについてです。アメリカの人口は約3億3000万人。全員に毎月一括で支払うためには、膨大な現金が必要となってきます。

「今日、アメリカの人口は3億人以上です。UBIが全員に年間10,000ドル(約150万円)を供給すると仮定しましょう。すると年間3兆ドル(約460兆円)以上、10年間で30兆から40兆ドルのコストがかかることになります」とブルッキングス研究所の客員研究員で予算政策優先センターの創設者であるロバート・グリーンスタイン氏は2019年の時点でこのように説明していました。

2019年にアスペン研究所向けの政策メモでも経済学者のメリッサ・カーニー氏は「すべてのアメリカ成人に10,000ドルを支払うUBIを制定すれば、毎年約2.5兆ドルの給付金を配布することになります。それは2018年の米国政府の収入のおよそ75%に相当します」と同様の主張をしています。

UBIの支持者でさえ、このプログラムのコストを見てみぬふりはできないことを認めています。スタンフォード大学のベーシックインカム研究所の前所長シーン・クライン氏は「コストは大きな、そしてよくされる質問であり、ご想像通り、その計算はUBIがどのような形をとるか、そして他の公的給付を代替するかどうかによって異なってきます」と述べています。しかし、クライン氏は多くのUBI批評家がUBIシステムの実際のコストを過大評価している可能性があると言います。

ジョージタウン大学の経済学者カール・ワイダークイスト氏も、UBIシステムの実際のコストは批評家が主張するもコストは誤っていると示唆しています。ワイダークイスト氏は、UBIのコストに関するほとんどの予測がプログラムの純コストとシステムの結果として交換される総額を混同していると述べています。

つまりワイダークイスト氏によると、2、3兆ドルという予測は単なる計算間違い。単純な計算では、アメリカの人口(約3億3000万人)にUBIの平均支給額(約10,000〜12,000ドル)を掛けたものです。この計算はシステムに関わる金額を正確に出していますが、その大部分の金額が税を通じて交換されるという事実を考慮していないのです。多くの人がお金を支払いますが、結局そのお金を取り戻すことになるため、実質的には「新しい」収入を生み出す必要はないのです。つまり政府が実際に新たに生み出す必要がある収入の総額は約5390億ドル、またはGDPの約3%に過ぎません。ワイダークイスト氏によれば、その新たな収入のほとんどはアメリカの最富裕層に対する課税で賄うことができ、約9900万人、つまりアメリカの人口の約3分の1に対するベーシックインカムの資金となるそうです

この考え方で見てみると、ワイダークイスト氏は国家的なUBIシステムは連邦支出の比較的小さな部分になると言います。「このUBI計画の純コストは、現在のアメリカの給付金支出の25%未満、全体の連邦支出の15%未満、そして国内総生産(GDP)の約2.95%です。平均的な純受益者は、市場収入で年間約27,000ドルを稼ぐ約2人家族です」と2015年に書かれた記事で主張しています。

支払いはどこから?

UBI制度の実施には、新たな税金によって資金を調達しなくてはいけないというのは避けて通れない事実。重要な問題としては、どのような種類の税金になるか、そして誰に対しての税金になるか、です。資金をどこから調達できるかについては、多くのアイデアが存在します。サム・アルトマンは、大規模な新しいUBI制度は、すべての米国の土地保有に対する税金と、国内最大企業の資産に対する国税によって資金を調達すべきだと提案しています。また他には、相続税から十分な収入を得られる可能性があると提案する声もあります。ワイダークイスト氏は、主にアメリカの最富裕層から収入を得る段階的な新税制度を提案しています。アメリカのすべての人に対する税金は恐らく上がることになりますが、新しいシステムを支援するために必要な数十億ドルの大部分は、国内の上位1%の所得者からの税金で賄われることになるでしょう。

「私が推している計画は、70%の人に純便益をもたらします。つまり2億3400万人です。その半分の約1億1700万人が『大いに』恩恵を受けると合理的に言えます。そして、ほぼ同数の人が『わずかに』恩恵を受ける純受益者であると言えるでしょう。そして再び、この2つのグループを合わせると全人口の70%になるというわけです。さらに所得分布の上位30%に入るが上位10%には入らない20%の人は、税金をわずかに多く支払うことになるでしょう。上位10%は大幅に多く支払う可能性があります。これはたった2300万人です。私が推す方法で実施するならば、新しい税金を上位1%の約235万人に集中させるでしょう。そして、たとえ上位1%の人たちの税金をUBIの全費用とそれ以上を支払えるくらい大幅に増やしたとしても、それでも上位1%の人たちは1970年代の1%の人たちよりも裕福さをキープできます。それほど不平等が拡大しているということです」とワイダークイストはメールで述べています。

ベーシックインカムで最も恩恵を受けるのは誰?

ワイダークイスト氏のビジョンの通りの全国的なUBI制度ができれば、ルーズベルト大統領やジョンソン大統領が過去の数十年間に導入したような典型的な反貧困プログラムに非常によく似たものになるでしょう。ワイダークイスト氏は前述の5390億ドルの大部分がアメリカの最富裕層から、現在貧困線以下で生活している約4300万人(1450万人の子供を含む)へと移転すると言います。したがって、このプログラムの施行で圧倒的な税負担はアメリカの上位1%の人たちということになりますが、圧倒的な恩恵は経済の底辺にいる人たちへと行くことになります。

経済の上位中間層の人たちはあまり恩恵を受けることはありませんが、同時に損失もないでしょう。一定の所得値を超える世帯は、大まかに収支が均衡することになります。つまり、その人たちが受け取るUBIと支払う税金が実質的に相殺されるということです。しかし災害などの際にある程度の収入の安全網があるという安心感を得ることはできます。

UBI制度がしないこと

一部のUBI支持者は、AIの進歩によってまもなくロボットとソフトウェアがほとんどの仕事を担う時代が到来すると主張しています。昨年、イーロン・マスクは、将来的には「誰かがおこなう仕事は全て任意になり、趣味のような感じで仕事をするようになる。AIとロボットがあらゆる商品やサービスを提供するようになるだろう」と予測しています。アルトマンも「ムーアの法則」の記事で、ほぼ同じことを言っています。左派の未来学者たちでさえ「完全自動化された贅沢な共産主義」と呼ばれるものの到来を告げており、イーロンやアルトマン同様に仕事のない未来を描いているようです。

これらの予測は、大規模な福祉制度が全ての人に恩恵をもたらし、9時5時の仕事に縛られることなく人が夢を実現できるようになるというものです。しかし、UBIの実際の力を信じるとしたらこういった予測は空想となってしまいます。というのも、UBIはほぼ確実に仕事の代替にはなりえないからです。せいぜい、補助的な収入形態にしかなりえないのです。

長年のUBI支持者であるスコット・サンテンス氏は、UBI制度の潜在的な財政的出力について、最良のシナリオでは標準的なUBI支給額は「月額1300ドル程度」になるだろうと語っています。しかし、月1300ドルでは誰も豊かにはなりません。なんなら今の時代では、家賃にもならないくらいです。UBIができることは、働く人の生活をわずかに楽にし、生活費であっぷあっぷしないように少しだけ助けることだけです。

サム・アルトマンが資金提供した今回のベーシックインカム研究でさえ、毎月の現金給付が大きな変革をもたらさないと示しています。3年間に渡っておこなわれたこの研究では、イリノイ州とテキサス州の低所得参加者グループに月1,000ドルを送金。研究結果によると受給者が食料品、交通費、家賃などの基本的なものを支払うのに役立ちましたが、より良い仕事を見つけるのには役立たず、「より良い医療へのアクセスや身体的・精神的健康の改善」も限られていました。また、この研究では現金給付が「人的資本への投資」、つまりより良く、より満足のいく雇用形態につながるような訓練や教育に大きな投資をもたらさなかったこともわかっています。「金額の面では、現金給付に対する支出増加が最も大きかったのは基本的なニーズ—食費、家賃、交通費でした」と研究は述べています。

スタンフォード大学のクライン氏は「実験プログラムが、全く働く必要がないほど十分な資金を提供した例はこれまでまだ見たことがありません。AIが仕事を完全に代替した場合に生活費を完全に補完するようなUBIについては、まだ議論されていません」と語っています。

実現に向けての政治的問題

そしてUBIは、資金の問題よりも政治的な問題の方が大きいのです。現在、アメリカの立法府は高度に分極化しており、国防支出以外のことで合意に達することはなかなか難しくなっている状況です。大胆な新しい給付プログラムは、3兆ドルであれ5000億ドルであれ、実現する可能性は大変低いように思われます。特に給付のような政府支出は削減されるべきで、拡大されるべきではないという共和党の主張を考えるとさらに難しくなってきます。

政治に詳しい人の視点をと、私たちはブルッキングス研究所の客員経済学フェローであるウェンデル・プリムス氏にも話を聞きました。プリムス氏は約20年間、下院議員ナンシー・ペロシ氏のオフィスで健康と予算問題に関するシニア政策アドバイザーを務めていた人物です。プリムス氏はまた、医療保険制度改革法(オバマケア)の政策立案プロセスにも深く関わっており、大規模な連邦給付プログラムを実現するためには何が必要かを実際に経験してきているのです。連邦のベーシックインカムプログラムが近い将来に制定される可能性について尋ねると、プリムス氏は即座に「ああ、ゼロか0.1パーセントですね」と答えました。

プリムス氏は、UBIの支持者たちはそういったプログラムが最終的に「現在のシステムとどのように噛み合うか」について考える必要があると述べています。つまり、実際は噛み合うことはないということですね。代わりに、プリムス氏は民主党が今ある福祉プログラムを保護し拡大することに焦点を当てるべきだと主張しています。プリムス氏はパンデミックの最中の2021年にバイデン政権によって1年間大幅に拡大された児童税額控除を挙げました。この控除はその後、以前の率に戻っていますが、プリムス氏は拡大されたバージョンを今後復活する可能性のあるプログラムとして挙げています。「それが近い将来、安全網を改善するという点で民主党のエネルギーが向かう方向だと私は考えています」と述べています。

一方、スタンフォード大学のクライン氏のような人たちは、UBIの可能性について楽観な見方を続けています。現在の一般的な見解では、ベーシックインカムは政治的には実行の可能性が低いと言われていますが、クライン氏は適切な機会の窓が開くのを待つだけだと言っています。クライン氏は、政府が直接的な経済介入との関係を再考せざるを得なくなった過去の例として、コロナのパンデミックを挙げ、また「UBIを1930年代に導入された社会保障制度のように考えるのが有効だと思います」と話しています。

しかし、全国的なベーシックインカム制度を作る上で最も難しい側面の一つは、それがどのような制度になるのか全く分からないこと。これについてはクライン氏も率直に認めています。

保守派もリベラル派も近年、ベーシックインカム制度に興味を示していますが、その理由は大きく異なります。2016年、シンクタンクであるジェームズ・マディソン研究所が発表したマイケル・タナー氏による記事では「自由市場と限定的な政府を支持する人たちは、UBIについてどう考えるべきか」と問いています。タナー氏には、その支持者たちは、他の多くの連邦福祉および反貧困プログラムを改革、もしくは廃止し、すべてのアメリカ人に小額の定期的な現金を給付する機会を喜ぶべきだと述べています。タナー氏は以下のように述べています。

なぜ単純に全てを廃止しないのでしょうか?福祉、フードスタンプ、メディケイド、住宅支援、失業保険、そのほか全てを取り除いてしまうのです。チャールズ・マレー氏はメディケアと社会保障さえも取り入れるでしょう。これら全てを、一定以下の収入しかない人たちへの現金給付に置き換えれば、受給者は政府の干渉を受けずに自分たちの生活を管理できるようになります。

保守派勢力がUBIを支持する度合いは、貧困層を助ける政府支出を打ち砕くための破壊力としての役割に依存しているように見えます。UBIが福祉制度の代替ではなく拡張として提案されると、同じ勢力はそれを悪質な左翼の陰謀として非難します。今年2月に発表された記事で、シンクタンクである政府説明責任財団は、最近の州レベルのUBI実験プログラムを経済の足かせだと批判しています。

驚くことではありませんが、UBIプログラムは、米国内外で何十年も前から社会主義的政治家によって提案されてきました。これらのプログラムは労働意欲を削ぎ、個人の責任を犠牲にして政府の施しへの依存を促進するものです。

進歩的な政治勢力にとって、UBIの利点は基本的に正反対で現在の社会的セーフティネットを拡大する賢明な方法だと考えているようです。

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