「できないなら、できないという」:ノーといいはじめた従業員たち

DIGIDAY

パートタイムのイベントマネジャーとして働くリネイ氏(仮名)は、目前に迫る資金調達の問題解決に当たるため、休日だというのに、ほとんど終日電話対応に追われていた。幼い息子とプールで遊ぶヒマもない。そろそろ潮時。そう悟った瞬間だった。

とはいえ、同僚たちに自分の仕事を肩代わりさせるのは本意でない。そこで彼女は、唯一有効な解決策として、週3日の勤務を週5日に戻すことを決断した。

「過剰な負担にノーというのはいまだに難しい」とリネイ氏は話す。「それでも、パートタイムで働くうちに、効率的な仕事のこなし方を学び、他者にうまく仕事を割り振ることもできるようになった。それはいまでもとても役に立っている」。

金融サービス業界で、クライアントマネジャーとして働くキャサリン氏(仮名)も同じ経験をしている。最近、末の息子の就学を機に、週4日勤務から週5日勤務に戻したが、追加の仕事を断るよりも、長時間勤務を選ぶ日々が続いているという。

キャサリン氏はこう振り返る。「柔軟な働き方が認められても、与えられた仕事は完了しなければならない。仕事と私事の境界はおのずと曖昧になる。なんとか時間を見つけて仕事をこなすしかなかった」。

「週5日勤務に戻しても仕事の量は変わらないが、精神的にはほっとした。恵まれた状況なのだから、『できない』といってはいけない。そういう気持ちから解放された」。

企業評価サイトのグラスドア(Glassdoor)が、英国の従業員2000人を対象におこなった調査によると、リネイ氏とキャサリン氏のように、仕事で私生活を犠牲にしていると認める者が52%にのぼる。

一方で、仕事と家庭生活のバランスを改善するために、行動を起こす人も48%に達する。リーダーシップスキルの学習アプリを運営する「バンチ(Bunch)」によると、2万5000人が利用するこのアプリで一番読まれている人気コンテンツは、「できない仕事を断る」技術を身につけるための手引きだという。

「彼らのようにはなりたくない」

では、仕事が私生活を浸食しようとしているときに、「ノー」というのがなぜそれほど難しいのだろうか?

以前、メディアエージェンシーでディレクターを務めていたロバート・ウェザーヘッド氏は、クライアントを常に満足させなければならないという文化、競合プレゼンに勝たなければならないという強烈なプレッシャー、さらには仕事に対する献身を疑われることへの恐れから、15年ものあいだ、長時間労働という職場文化に甘んじてきた。しかし、夜の11時半にプレゼンの打ち合わせを終えて、会議室から出てくると、プレゼンには関わりのない20人あまりの同僚がまだデスクに向かっているのを見たとき、突如こう考えた。

「彼らのようにはなりたくない」。

2017年にリストラで解雇になったあと、ウェザーヘッド氏は自分のコンサルティング会社を立ち上げた。現在は、アフォーダブルワイン(Affordable Wine)というワイン販売のオンラインショップを経営している。

「もっと働けと迫られることもないし、子どもたちと過ごす時間も増えた」とウェザーヘッド氏は述べている。

まずは自己肯定感を持つ

認知行動療法士のソミア・ザマン氏はこう論じる。「仕事量を調整するにせよ、会社を辞めるにせよ、あるいはアプリに相談するにせよ、『ノー』といえる自分への近道はなく、まずは自己肯定感を育て、非現実的な完璧主義を解決することが先決だ」。

ザマン氏はさらにこう助言する。「過去にノーといいたくなった状況を書き出してみよう。なぜノーといいたかったのか、なぜノーというのが難しかったのか、そして実際にノーといったら、どうなっていたかを考えてみよう」。

「ノーということへの不安を理解したら、次はその不安に立ち向かうことだ。具体的には、起きたかもしれない別の結果を考えてみる」。

これは「文化の問題」

だが、そもそも自分の心の内と向き合ったところで、反論を許さない有害な職場文化に太刀打ちできるわけがない。そう話すのは、元コミュニケーションマネジャーのジュリア氏(仮名)だ。膨大な仕事量と、度重なるサービス残業を見直してほしいと会社に訴えても、まったく聞き入れてもらえず、結局は転職したという。

「『できない』といえば、落伍者のような気持ちにさせられる」とジュリア氏は話す。「ノーというべきだと分かっていても、従業員にとって有害な職場文化のなかでは、そうすることがとても難しい。個人の資質というよりも文化の問題だと思う」。

ジュリア氏は、現在の職場における自分の価値に自信を持っており、ノーということに何のためらいもない。それが自分の健康に関わることであれば、なおさらだ。

「できないなら、できないとはっきりいう。基本的にはそれは私の責任であり、そこから優先順位の変更について、現実的な議論がはじまる」。

管理職者や経営者はどう向き合うか

学習管理プラットフォームを運営するタレントLMS(TalentLMS)のデータによると、働く者に苦痛を与える有害な職場文化のせいで、会社を辞めたいと考える米国の技術系労働者は39%にのぼるという。こうなると、従業員から発せられる「ノー」の捉え方を見直し、彼ら彼女らが自信を持って「ノー」といえる環境を作るのは、もはや管理職者や経営者の責任だろう。

人材斡旋プラットフォームのマーケターハイヤー(MarketerHire)で、マーケティングディレクターを務めるトレイシー・ウォレス氏によると、同氏の部署ではニュースレターを週2回のペースで配信していたが、作業負担の割には開封率が低かったため、配信を取りやめたという。

ウォレス氏はこう話す。「『ノー』という反応は『部下の話をよく聞け』というサインだ。これは帯域幅の問題なのか。戦略に関して同意できない部分があるのか。これは彼らの責任なのか。そして彼らの責任ということに、誰もが納得しているのか。誰かが『ノー』という理由は、『ノー』といえる環境と同じくらい重要だ」。

企業にとっても学習と成長の機会

マーケティング素材のオンライン編集を支援するチリパブリッシュ(CHILI publish)の共同設立者、ブラム・ヴァーニエスト氏にとっても、従業員が追加的な作業に対して発する「ノー」という返答は、解決すべき課題となっていた。同氏は、従業員ごとに達成すべき「目標」と、進捗を表す「主要な結果」を定めることにより、この問題の解決をめざしている。

「明確な優先順位と線引きには、『ノー』という権限が含まれる。異論があれば、従業員たちとの対話を通じて状況を分析し、評価しなければならない」と、ヴァーニエスト氏は述べている。

同氏はさらに、こういい添えた。「企業は、従業員から返される『できません』の言葉を、学習と成長の機会と捉え、この『できません』が『辞めます』に転じる結末を未然に防がなければならない」。

[原文:‘If I can’t deliver, I’ll say I can’t’: How employees are learning to say no

MARYLOU COSTA(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)

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