TPP加入で民進党政権存続に弾みをつけたい蔡英文総統(総統府ホームページより)
中国と台湾の相次ぐ加入申請でにわかに中台対立の舞台となったTPP。台湾の蔡英文・民進党政権にとってTPP加入は「一丁目一番地」とも言える重要課題だが、そう簡単には進みそうもない。中国の反発だけでなく、日本との間にも食品輸入規制問題が横たわる。
9月22日、台湾が環太平洋パートナーシップ協定(TPPまたはCPTTP)への加入を正式に申請した。バラク・オバマ米政権が推進したTPPは、ドナルド・トランプ政権での脱退を受けて、日本が音頭をとって残った国々をまとめあげ、2018年に発効した。
欧州連合(EU)から離脱した英国が加入を目指し、バイデン政権の出方にいかなる変化があるかが関心を集めているなかで、中国に続き、中国との対立関係を孕んだ台湾の参加申請が飛び込んだだけに、世界的に注目されるニュースとなった。
台湾参加に反対する中国と、TPP現議長国の日本の動きが、今後の展開を見定めるカギとなりそうだ。
想定外だった中国申請のタイミング
中国の申請から台湾の申請までわずか6日間。何らかの相互作用がなかったと考える方が不自然だ。
日本では一部で「中国が台湾の申請を察知したため、台湾に先んじて申請した」という分析が流れたが、台湾の関係者に取材したところ、このタイミングでの中国の申請は台湾にとっても想定外の事態であり、蔡英文政権内では、自らの対中インテリジェンス能力を問題視する声も上がっているという。中国が参加して2022年1月の発効を目指す「地域的な包括経済連携協定(RCEP)」に比べて、関税撤廃や産業保護政策などに高い水準の自由化を要求するTPPについて、中国はそう簡単には加入申請できないと踏んでいた可能性がある。
蔡英文政権にとってTPP加入は政権発足以来掲げてきた「一丁目一番地」と言ってもいい重要政策だ。水面下で複数の関係国と非公式の協議を進めるなど、それなりの準備を進めていたが、国会にあたる立法院には、TPP加入に必要な法改正などの法案は送っていなかった。状況を総合すれば、申請のタイミングを計ってはいたが、年内の申請はまだ決断していなかったのではないかと思われる。
「名」を捨て「実」を取った台湾
本来なら今年2月に英国が正式表明した際に台湾も同時に表明するという手もあったはずだ。思いとどまった背景には、日本との福島など5県の食品輸入規制問題がある。現在のTPP議長国である日本は台湾の味方になりうる存在だ。台湾に対して、日本は一貫してTPPでの協力の代わりに食品輸入問題の解決を求めてきた。しかし民進党政権は解決を望みながらも、世論の強い反対の前に、解決を先延ばししてきた。
TPPの加入申請の前に日本の理解は得ておきたいが、食品輸入問題の解決をバーターで求められて立ち往生することは目に見えていた。
加えて、同じ食品問題で、成長促進剤「ラクトパミン」が残留する米国産豚肉の輸入解禁を昨年表明したところ、蔡英文政権の支持率は一時的に10%以上も下がったと言われる。今年12月には野党国民党が提案した米国産豚肉の輸入解禁の賛否を問う住民投票が予定されており、米国産豚肉と日本の食品問題が政治的にリンケージされるのは避けたかった。
一方、日本政治も自民党総裁選、衆議院選挙と年内は慌ただしい。12月の住民投票を否決に持ち込み、日本の食品輸入問題にも解決の道筋をつけてTPP加入申請へ、というシナリオを蔡英文政権は抱いていたと筆者は見ている。
だが、中国の申請で状況は一気に変わった。台湾政府は会見で、中国が先にTPPに入ることで「リスクが生じる」と述べた。新規加入には全加盟国の同意が必要となるため、実際はリスクどころか、台湾の加入は事実上不可能になる。最悪でも2001~2002年に中台同時期加入を果たした世界貿易機関(WTO)と同じ「引き分け」に持ち込むため、慌てて申請を表明したと見るべきだろう。
台湾は今回のTPP加入申請に際して、実現を優先させるため、「名」を捨てて、「実」を取ることにした。その象徴が加入の名義である。
本来ならば、台湾主体性を掲げる民進党政権としては「台湾」の名義で加入したいところだろう。しかし、そうすると各国はより中国からの圧力を受けることになる。
そこで今回は9月23日の会見のなかで、参加名義については「台湾・澎湖・金門・馬祖個別関税領域」を使うことを表明した。これはWTO加盟と同じ名称で、国際的にもすでに受け入れられているため、ハレーションが最も低いものだという現実的な判断があった。