2019年末に発生して2021年8月になっても世界中で猛威を振っている新型コロナウイルスは、咳やくしゃみによって拡散する飛沫(ひまつ)が主な感染経路とされており、飛沫を吸い込んだり汚染された物体の表面と接触したりすることで感染が広がるとされてきました。しかし、世界保健機関(WHO)やアメリカ疾病予防管理センター(CDC)が「新型コロナウイルスが空気感染する可能性」を認めました。さらに、専門医や大気化学者などの専門家で構成された研究チームが、「これまで使われていた空気感染の定義を根本的に見直し、新型コロナウイルスを含めた呼吸器症候群への対策を強化するべきだ」と主張する論文を発表しました。
Airborne transmission of respiratory viruses | Science
https://science.sciencemag.org/content/373/6558/eabd9149
新型コロナウイルスをはじめとするいくつかの病原体は、空気の流れに乗って浮遊する「エアロゾル」と呼ばれる、非常に小さな飛沫粒子を介して拡散することがわかっています。液滴やエアロゾルは、普通の呼吸や会話、咳など、さまざまな呼気活動で発生します。技術の進歩によってエアロゾルの大きさを測定することができるようになり、呼気に含まれるエアロゾルの大部分が5μm以下で、呼吸や会話、咳には1μm以下のものも存在することがわかっています。
WHOは空気感染を「長距離および長時間空気中に浮遊したときに感染性を維持する飛沫核の拡散によって引き起こされる感染性病原体の拡散」としていますが、一般的には「感染者から1~2m以上離れた場所で、5μm以下の感染性エアロゾルや飛沫核を吸引して感染すること」と定義されており、これまで液滴とエアロゾルの差は、「直径が5μm以下であればエアロゾル」というように区別されてきました。飛沫の直径が5μmより大きい場合は液滴となり、空気感染の定義には含まれないため、空気感染する病原体は非常に少ないとされていました。
しかし研究チームによれば、新型コロナウイルスやSARSコロナウイルス、中東呼吸器症候群コロナウイルス、インフルエンザウイルス、ヒトライノウイルス、RSウイルスなどは空気感染することを裏付けるエビデンスがすでに存在しているとのこと。研究チームは、飛沫感染や付着物感染だけでは、新型コロナウイルスのパンデミックでみられるような「スーパースプレッド」や、屋内と屋外での感染の差を説明できないと指摘しています。
研究チームは研究チームはエアロゾルの定義を刷新し、「1.5mの高さから静止した空気中に5秒以上浮遊する」「放出者から1~2mの距離に到達する」「最大の粒子径は100μm」とするべきだと主張しています。ウイルスを含むエアロゾルの移動は、エアロゾル自体の物理化学的特性や温度、相対湿度、紫外線量、気流などの環境因子に大きく影響を受け、吸入されたエアロゾルは大きいと上気道辺りまで、小さいものだと肺胞の奥深くまで入り込むと研究チームは述べています。
以下のグラフはエアロゾルの大きさ(横軸)と滞空時間(縦軸、対数表示)を示したもので、放出した高さで線が色分けされています。エアロゾルの大きさが小さくなるほど滞空時間が長くなっていることがわかります。また、高さ1.5mから放出されたエアロゾルの滞空時間は、直径が100μmだと5秒、5μmで33分、1μmで12時間以上になるとのこと。確かに飛沫でも新型コロナウイルスの感染は十分あり得ますが、飛沫は数秒以内に地面や物体表面に速やかに落下するので、飛沫感染が猛威を振るうのは20cm以内の距離で会話をする時に限られる、と研究チームは論じました。
また、換気が感染に大きく影響を与えること、マスクやゴーグルをつけても新型コロナウイルスに感染する可能性があること、屋内でのスーパースプレッド、動物実験、気流シミュレーションの結果は、新型コロナウイルスは空気感染であることを示す明白な証拠だ、と研究チームは主張しています。
研究チームは「病原体の空気感染はこれまで十分に評価されてきませんでした。その理由のほとんどはエアロゾルの空気中での挙動に対する理解が十分でなかったこと、また一部の観察結果が誤解されていたことにあります」と指摘。新型コロナウイルスだけではなく、すべての呼吸器感染症の病原体について、エアロゾルによる感染経路を再評価すべきだと主張し、換気・空気清浄機などによる空気のろ過、紫外線消毒、マスクの装着に注意し、短距離と長距離の両方でエアロゾル感染を軽減するための予防措置を講じるべきだと述べました。
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