「ニューロンでゲームをプレイ」するために実際にニューロンを培養することに挑戦

GIGAZINE
2023年07月12日 20時00分
動画



ニューロンにゲームをプレイさせるべく、チャンネル登録者数129万人のサイエンス系YouTubeチャンネル・The Thought Emporiumが、実際にニューロンの培養に挑戦しています。

Growing Rat Neurons… To Play Video Games? – YouTube
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人間の脳は宇宙で最も偉大なコンピューターのひとつです。


一般的に、人間の脳は860億個のニューロンと、900億個以上のグリア細胞およびその他細胞で構成されており、これを何兆ものワイヤーがつないでいるとされています。そのため、脳は人類が知り得る中でも最も優秀な学習マシンのひとつと考えられているわけです。


人間は非常に素晴らしい脳を持っていますが、少数のニューロンだけでも複雑な行動を学習することはできます。例えば、数百個のニューロンがあればクマムシのような微小生物をコントロールすることが可能で、数万個のニューロンがあれば昆虫のコントロールを、数十億個のニューロンがあれば数学や芸術をたしなむことも可能になるとされています。


そんなニューロンをコンピューターに接続し、成長させることができるとしたらどうでしょう?


そうなると、人類は物事をコントロールするための道具としてニューロンを利用できるようになるかもしれません。なお、生きたニューロンは少なくとも理論的にはAIが使用する「シミュレーション上のニューロン」よりもはるかに学習能力が高いそうです。


そのため、生きたニューロンを活用するための研究として、「神経多電極アレイ」というものをThe Thought Emporiumは開発しています。


これはたくさんの微細な電極を持ち、その上で何万もの生きた脳細胞を成長させることができるというもの。神経多電極アレイの電極は単なる飾りではなく、コンピューターに接続するために設計されたものです。


そして、The Thought Emporiumは神経多電極アレイをコンピューターに接続し、ニューロンにDOOMをプレイさせることを目指しています。


これは不可能なことのように聞こえるかもしれませんが、実際には実現可能なことだとThe Thought Emporiumは主張しています。例えば、フロリダ大学の研究グループはラットのニューロンを使ってシミュレーションの中で飛行機を操縦させることに成功しています。


他にも、生きたニューロンを使って小さなロボットを制御するという試みが、イギリスのレディング大学主導のプロジェクトで実現しています。


これらの先行研究を踏まえ、「重要なのはニューロンは小さな予測マシンであり、与える刺激を正しく設計することで、理論上はどんなことでも制御可能になるよう学習させることができるということです」とThe Thought Emporiumは主張しています。


なお、ニューロンを用いてDOOMをプレイする理由について、The Thought Emporiumは「DOOMが十分に複雑なタスクだからです」と説明しています。


DOOMはゲーム画面が3Dであるかのようにレンダリングされていますが、プレイヤーの操作するキャラクターは矢印、敵は円、障害物は2Dマップ上の形状として表現することができます。


また、DOOMでは銃を画面の中央に撃つことしかできず、キャラクターは前後左右に回転したり、銃を発射したり、武器を変更したり、ボタンやオブジェクトと対話したりすることが可能です。


そんなDOOMをニューロンを用いてプレイする場合、ニューロンはキャラクターの近くに敵がいるかどうかを知覚したり、キャラクターの周辺に対話できるものがあるかどうかを確認したり、近くに壁がないかなどを把握したりする必要があります。


ここで知っておくべき事象のひとつが、「ニューロンは特定の電気ノイズを好んだり嫌ったりする」ということです。具体的には、ニューロンは単純な電気ノイズや繰り返される電気ノイズのような「簡単に予測できる反復電気ノイズ」を好むということ。


これを応用することで、ニューロンにDOOM上の敵を認識させることが可能となります。以下のように異なる方向から電気ノイズを放つことで、敵とプレイヤーの位置を把握することが「かなり簡単に可能になる」とのこと。なお、これは現実のミサイルの仕組みと似たものだそうです。他にも、「複数の敵がいる場合は最も近い敵を優先して攻撃する」といった具合にプログラミングすることで、複数の敵を対処することも可能となります。


このように電気ノイズを用いることで、多くの情報を得ることが可能です。ただし、DOOMをプレイするような複雑なアクションをこなすには、多くのチューニングが必要となり、ニューロンの各反応を学習するのにもかなりの時間がかかります。


しかし、この考えをベースにすれば、ニューロンにゲームをプレイさせることも可能となるとThe Thought Emporiumは主張しています。敵をキルするたびにニューロンが好む電気ノイズを発したり、危険な場所に入ったり体力が減少したりした際にニューロンの嫌う電気ノイズを発生させたりすることで、「ニューロンのトレーニングは加速度的に進むはず」と期待を寄せています。


しかし、これを実現するにはまず「神経多電極アレイ」を作成する必要があります。さらに、神経多電極アレイの中で動作する生きたニューロンを培養し、ニューロンから収集した信号を解釈し、アレイに送信するためのブリッジとして働くソフトウェアを開発する必要もあります。


今回の動画では、この中の「生きたニューロンの培養」に挑戦しているというわけ。ニューロンの培養について、The Thought Emporiumは「数えきれないほど論文を読んできましたが、わかったのはニューロンを成長させる最良の方法はまだ誰も知らないということです」と記しています。つまり、実際にニューロンを培養して知見を得るしか方法はないというわけ。


培養するニューロンは購入することが可能。市販のニューロンはドライアイスで凍らせた状態で届けられるそうです。


幹細胞由来のヒトニューロンもありますが、ラットのニューロンを使う方がコスト面で優れている模様。


ただし、ニューロンを培養皿やウェルプレートに一度載せると、それ以降はいじることができなくなります。ニューロンが多すぎても少なすぎても問題になってしまうため、The Thought Emporiumは12個のウェルプレートでニューロンを培養し、それぞれの細胞量をベースに密度を計算することに決めたそうです。


そして、培養したニューロンを載せるためのアレイとして、The Thought Emporiumは透明なPETフィルムを採用。


当初はPETフィルムをガラスに貼れば透明な電極が完成すると考えていたそうですが、PETフィルムを用いた電極は普通のプリント基板のようには機能しなかったそうです。そこで、2枚のPETフィルムで金属を挟むアレイを作成しています。しかし、電極が小さすぎるとPETフィルムを上手く接着することができなくなり、電極が大きすぎるとニューロンからの電気ノイズが平均化されてしまうため何も検出できなくなるという問題があったそうです。そのため、最終的にエポキシ樹脂でコーティングした電極を利用することとなったそうです。


PETフィルムを用いたアレイのサイズをカナダの25セント硬貨と比べるとこのくらい。


このアレイの上に載せられた筒状の部分でニューロンを培養します。


ニューロンを培養するには適した培養液を用意する必要があります。The Thought Emporiumはニューロンの培養液にB27サプリメントを使用しており、これは製造元から2液で送られてくるため、使用時に混ぜ合わせる必要があるとのこと。


ここにニューロンを健康で無菌に保つための抗生物質の混合物であるPen-Strepを加えます。The Thought Emporiumはオートクレーブを持っていないため、Pen-Strepを使った滅菌は特に重要だそうです。


アレイにニューロンを入れる前に、まずは液漏れしているアレイがないかをチェック。アレイを水洗いします。


液漏れしているものがあれば水洗いし、99%の高濃度エタノールで滅菌処理。


続いて、アルコールと3%の過酸化水素を混ぜたものを投入。数分の浸漬後、液体を排出して滅菌水で数回洗います。


次に、ウェルプレートの底にガラスのカバースリーブを入れます。このカバースリーブは薄い円盤状で非常に壊れやすいため慎重に扱う必要アリ。


ニューロン培養時にウェルプレートからこのカバースリーブ取り出すことで、培養中のニューロンを顕微鏡で観察することが可能となるわけです。


ニューロンを加える前に最後にしなければいけないのが、ポリリジンというポリマーでウェルプレート全体をコーティングすることです。この作業は非常に簡単で、ウェルプレートとアレイにあらかじめ作っておいた溶液を1mlずつ加えるだけでOKとのこと。なお、ポリリジンを加えてから少なくとも1時間置いた後、滅菌水で数回すすぎ洗いする必要があります。


ここまで準備が完了したら、アレイに1ml、ウェルプレートにはそれぞれ2mlずつ培養液を投入。


そしてCO2インキュベータに入れます。ウェルプレートやアレイをCO2インキュベータに入れたままにしておくことで、培養液が温まり均一化し、ニューロンを培養するのに最適な状態になるとのこと。


この間にニューロンを素早く解凍。


そしてスプレーで培養皿にニューロンを吹きかけます。


ニューロンが入った液体1ml当たり、100万個のニューロンが入っているそうです。


ニューロン培養1日目の様子を顕微鏡で観察した結果が以下。


ニューロンは時間の経過とともに大きく成長し、何百、何千という樹状突起の束のようなものを形成していきます。2~3日の培養で高密度なニューロンネットワークが形成されているのがわかります。


なお、ニューロンの様子を観察しやすくしたい場合は、カルセイン(Calcein AM)という染料を使用すればOK。以下のようにニューロンが蛍光グリーンになり、その様子を確認しやすくなります。


ニューロンを成長させることに成功したため、「結果は大成功」とThe Thought Emporium。


さまざまな量のニューロンを吹きかけて培養した結果を分析すると、Thought Emporiumの培養方法の場合、1平方cm当たり1万5000個ほどのニューロンを培養するのが適切であることが明らかになりました。


実際にニューロンを培養した結果、「ニューロンが正しく成長する」という知見を得られたものの、悪いニュースとして「ニューロンを染色するとアレイが壊れる」「ニューロンを観察するために窓を設けたものの、観察できる範囲はかなり限られている」などの問題が明らかになったとThought Emporiumは説明しています。


それでもThe Thought Emporiumはニューロンの培養結果に満足しているとしており、今後はニューロンにDOOMをプレイさせるべく、さらなる研究を進めていくとしています。

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