AIの存在がマーケティングやメディアの世界の見渡す限りの至るところで強く感じられるようになるにつれ、この強力極まりない新テクノロジーが抱える特有のリスクもあるとの認識も広がっている。そうしたリスクを軽減するための方策が十分にとられているかについては、大きな疑問が残るところだ。
大手エージェンシーグループのピュブリシス・グループ(Publicis Group)は2023年6月5日、競合ひしめく同業界からは初めて、AIの責任ある使用と管理を提唱する「コンテンツの来歴と真正性のための連合(Coalition for Content Provenance Authority:以下、C2PA)」への参加を発表した。これはブランドセーフティの認識向上と確保のために「Global Alliance for Responsible Media(責任あるメディアに向けた世界同盟:以下、GARM)」が行っていることに似ている。
AIは広告支出に影響を与える
ピュブリシスの発表にあるように、アドビ(Adobe)、マイクロソフト(Microsoft)、インテル(Intel)、BBCなど複数の大手アドテク、ソフトウェア、メディア企業で構成されるC2PAは、「責任あるデジタルメディアの構築、公開、共有の未来を進める」ために2020年に創設された。
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C2PAは、コンテンツ検証のためのフレームワーク構築と標準化に取り組むと同時に、クリエイターだけでなく、ブランドや消費者までをも対象に、AI資産の真正性と来歴を保護するツールを作成している。メンバーの一部は、彼らが提供できるソリューションを基に選ばれている。たとえば、メンバーのトゥルーピック(TruePic)は、写真の真正性を検証するためのデジタル「署名」を提供できるモバイルソフトウェア開発キット(SDK)を所有している。
ピュブリシス・デジタル・エクスペリエンス(Publicis Digital Experience)のCEO、ジェム・リプリー氏は、「我々は、潜在的に非常に懸念されるかたちで(ジェネレーティブAIが)膨大な人口と(広告)支出に急速に影響を与え始めるものだと考えるようになった。それが、この問題の解決に貢献する一員になりたいと思うようになったきっかけだ」と話す。
大手エージェンシー各社の対応は
ピュブリシス以外の大手エージェンシーを調べたところ、オムニコム(Omnicom)の広報担当者は、同社がC2PAへの加盟を協議中であることを認めた。「さらに、C2PA標準の推進に向けた責任を負う『コンテンツ認証イニシアチブ(Content Authenticity Initiative:CAI)』に関してアドビと協働している」と、この広報担当者は電子メールで述べている。
電通の広報担当者は、「(同社でも)検討しているが、まだ決めていない」と述べた。
S4キャピタル(S4 Capital)傘下のメディアモンクス(Media.Monks)の広報担当者は、C2PAに参加する予定はないとしながらも、社として「AI生成コンテンツの透明性を懸念している」とし、「それを緩和するような業界基準の採用には前向きだ」と語った。
その他の大手エージェンシーは、すぐにコメントを返さない、もしくは態度を保留としている。
一方、マーケティング業界団体のMMAグローバル(MMA Global)は、会員企業108社を対象に実施したAIに関する調査結果を6月7日に発表した(ただしこの調査は、ChatGPTのリリースでジェネレーティブAIへの関心が爆発する直前に行われたものであり、ジェネレーティブAIを直接取り上げたものではない)。
この調査では、マーケターがAIの適用範囲、テスト、スケーリングに関して迅速に取り組んでいることが明らかになっている(回答者の約半数がスケーリングポイントにいると回答している)。主な用途としては、47%がアクティベーションとパーソナライゼーションを、36%がカスタマーサポートを挙げている。AIの効果を測定する方法としては、68%がマーケティング効果の向上(ROIやROASなど)が、圧倒的に多い回答となっている。
AIはマーケターの不得手をサポートする存在
そうは言いつつこの調査では、リーダーシップを発揮するための企業間の連携が、迅速な進展の障害となっていることも判明している。また、多くの企業で、未解決のデータ問題の上にAIが構築されているという危険性も潜んでいる。
MMAグローバルの業界研究部門責任者、バシリス・バコプロス氏はこう語る。「(AIの)リスクと、データの成熟度という、(業界が)まだすべてを解決していない昨今の問題という事実が組み合わさることで、データの質が完全ではなく、データの量や相互運用性が問題になっている。つまり、自分が理解しているもの、あるいは完全ではないものを基に何かを構築していることになる。それはある意味、なきに等しい。うまく行くわけがないだろう?」。
ピュブリシスのリプリー氏も、この技術を安全に使用する上では、AIシステムに与えられるデータがクリーンで正しいと保証することが非常に重要だと同意した。これが成功するのは「この技術を(データに)適用し、我々が大規模に行っているメディアオーケストレーションにつなげることができたとき」だとリプリー氏は言う。「しかし、実際のところ、それが本物であり、認証されて、クリエイティブなプロセスだけでなく、その意図も保護できなければ、すべてが崩壊する」。
それでも、MMAグローバルのCEO、グレッグ・スチュアート氏は、AIの可能性は、データの潜在能力を十分に発揮させることができるため、その落とし穴を上回ると見ている。AIは、「マーケターが、常にそうなりたいと思いながら、正直なところ多くの場合あまり得意ではなかった顧客体験や消費者志向のマーケターになることを手伝ってくれるツールだ」とスチュアート氏は言う。「我々はデータをたくさん持ちすぎていて、カスタマージャーニーを十分に処理できなかった」
[原文:As AI spreads across the marketing landscape, data’s role will be key to success or danger]
Michael Bürgi(翻訳:藤原聡美/ガリレオ、編集:分島翔平)