重度の統合失調症と診断された女性の脳が自己免疫疾患で損傷していたことが判明、治療を受けて20年ぶりに家族と会話できるように

GIGAZINE



かつては精神疾患と聞くと「心や気持ちの問題」と考える人も多くいましたが、近年では精神疾患が身体のさまざまな問題と密接に関連しており、身体的な原因で精神疾患が引き起こされるケースもあることがわかっています。重度の統合失調症と診断された女性が、実は自己免疫疾患により脳が損傷を受けていたことが判明し、適切な治療を受けて20年ぶりに家族と会話できるようになった物語を日刊紙のワシントン・ポストが伝えています。

How autoimmune disease can attack the brain, cause psychiatric symptoms – The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/wellness/2023/06/01/schizophrenia-autoimmune-lupus-psychiatry/


アメリカのメリーランド州ボルチモアで育ったエイプリル・バレルさんは、高校生の頃はバレーボールと勉学に打ち込み、高校の卒業生総代を務めるほど優秀な学生でした。大学では会計学を専攻し、精神疾患の兆候はまったく見られませんでしたが、1995年に起きたトラウマ的な出来事によって精神病院に入院することとなりました。プライバシー保護のため、ワシントン・ポストは具体的にどんな出来事だったのかまでは記述していません。

バレルさんは重度の統合失調症と診断されたほか、異常行動や奇妙な体勢のまま動きが止まってしまう重度の緊張病(カタトニア)でもあり、入浴や日々の生活にも介助が必要なほど深刻な状態だったため、2000年に長期ケアのためにニューヨーク州のピルグリム精神医学センターへと移りました。家族は片道4時間もかかるピルグリム精神医学センターへと毎月通いましたが、バレルさんは自分自身の世界に閉じこもり、計算式のように見えるものを指で書いたり、金融取引について独り言をつぶやいたりするだけで、コミュニケーションを取ることはできなかったとのこと。

バレルさんがピルグリム精神医学センターに移った2000年、当時はまだ医学生だったサンダー・マークス氏は、オランダからの奨学生としてピルグリム精神医学センターを訪問しました。そこでマークス氏は、入院患者の中でも特に重症だったバレルさんを目にしたそうです。

マークス氏は当時のことを回想し、「彼女はただナースステーションに立っていました。彼女はシャワーを浴びず、外に出ず、笑いませんでした。看護スタッフは彼女を物理的に『操縦』しなくてはならなかったのです」「彼女はこれまで私が見た中で最も重症の患者でした」と述べています。


そしてマークス氏は研究者の道へと進み、2018年にはコロンビア大学の精密精神医学ディレクターとなって自分の研究室を持つようになりました。そんな中、ある研修生がマークス氏の提案でピルグリム精神医学センターを訪れた際、「看護師の机のそばで立っている緊張病の患者を目撃した」というエピソードをマークス氏に話しました。その話を聞いたマークス氏は約20年前のことを思い出したそうで、「彼が話を始めるとデジャヴを感じました。そして『彼女の名前はエイプリルですか?』と尋ねたのです」と述べています。

実際にその研修生が目撃した女性はバレルさんであり、実に20年にわたり病状にほとんど変化がないことを知ったマークス氏はあぜんとしたとのこと。マークス氏がバレルさんと初めて会った後も、医師らは抗精神病薬や精神安定剤の投与、電気けいれん療法などを続けてきたものの、すべて役に立たなかったそうです。

マークス氏らはバレルさんの家族の同意を得て、世界中から70人以上の専門家からなる学際的なチームを招集し、バレルさんの体に何が起きているのか徹底的な調査を実施しました。血液検査の結果、バレルさんの免疫系が自分自身の体を攻撃する大量の抗体を生産しており、これらの抗体が統合失調症に関連する脳の側頭葉を攻撃していることが判明しました。

バレルさんは確かに統合失調症の臨床的症状を示していましたが、その原因は免疫異常によりさまざまな臓器に症状が現れる全身性エリテマトーデスの、外部に症状が現れず脳にだけ影響する特殊なタイプである可能性があると研究チームは考えました。そこで、研究チームは「これらの抗体が重要な神経伝達物質であるグルタミン酸に結合する受容体を変化させ、ニューロンの信号伝達が混乱しているのではないか」と仮説を立て、集中的な自己免疫疾患の治療を開始したとのこと。


静脈内のステロイド注射や抗がん剤としても使用されるリツキシマブの集中投与と、免疫系が回復するための休息を含む数カ月単位のサイクルを繰り返した結果、バレルさんはすぐに回復の兆しを見せました。

以下の画像は、認知テストの一環として「時計を描く」というタスクをバレルさんに行ってもらった結果です。一番左の絵は治療が行われる前のもので、かろうじて時計の針らしいものと「11」「10」という数字が見えるものの、時計だと判別できるレベルではありません。しかし、1サイクル完了した真ん中の絵を見ると、円の中に数字らしきものと時計の針らしいものが収められており、3サイクル完了後に描かれた一番右端の絵を見ると、時計だとはっきりわかるレベルに回復しています。


それでもバレルさんには精神疾患の症状が残り続けましたが、もはや治療前とは比べものにならないほど回復していたとのこと。2020年にはピルグリム精神医学センターを退院してリハビリセンターに移り、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による面会制限が解除された2022年、ついにバレルさんは家族と対面することができました。

完全に回復したわけではなかったものの、バレルさんの家族はバレルさんが子ども時代や兄の結婚式に出席した思い出など、過去のことを覚えていると述べています。また、バレルさんは発症前はまだ子どもだっためいが成長して大人になったことを認識できたほか、年を取って髪が薄くなった父親を見て「ああ、髪がなくなってる」と言って笑うことすらできたそうです。

兄のガイ・バレルさんは、「彼女は私を抱きしめて、私の手を握っていました」「まるで彼女が家に帰ってきたようでした。私たちはそれが可能だとは思ってもみませんでした」と述べています。


バレルさんが回復した事例を得て、研究チームは他にも自己免疫疾患を持っている患者がいるのではないかと調査範囲を広げました。その結果、ディバイン・クルーズさんという9歳の時に統合失調症だと診断された女性が、14歳の時に全身性エリテマトーデスであると診断されていたことが判明。しかし、自己免疫疾患と統合失調症が関連付けられることはなく、20歳だった2022年の時点で日常生活を送ることすら困難な状態でした。

研究チームが、2022年8月からバレルさんと同様にステロイドと免疫抑制剤による治療を行ったところ、わずか2カ月後の10月には劇的に症状が改善しました。クルーズさんは脳内で複数の声が聞こえる幻聴やさまざまな幻覚に悩まされていましたが、次第に「頭の中の声は現実のものではない」と認識することができ、2023年1月に治療サイクルを終えました。3月にはワシントン・ポストの記者のインタビューに応じることもできる状態で、子ども時代に自分が経験していた症状や、たびたび自分を襲った妄想について話すこともできたとのこと。

記事作成時点でクルーズさんの幻聴や幻覚は収まっており、もはや統合失調症の基準を満たしていないそうです。クルーズさんは母親と一緒に暮らしており、料理や買い物を手伝ったり、公共交通機関に乗ったり、幼い兄弟の世話をしたりすることもできるほどに回復しています。クルーズさんは医療チームに深く感謝しており、「彼らの助けがなければ、私はここにいなかったでしょう」「まるで人生の新しい章が始まったようで、私は興奮しています」とコメントしました。

バレルさんやクルーズさんの事例を受けて、コロンビア大学は国際的な慈善団体・Stavros Niarchos Foundation(SVF)から拠出された7500万ドル(約104億円)の助成金を使用して、精神疾患の原因遺伝子や自己免疫的アプローチの治療法開発などを行うSNF精密精神医学・メンタルヘルスセンターを設立しました。

SNF精密精神医学・メンタルヘルスセンターはニューヨーク州保健精神衛生局と提携して、長期入院中の精神疾患患者をスクリーニング検査し、自己免疫疾患が原因の患者を見つける試みも進めています。すでに約40人の患者に対して自己免疫疾患のアプローチに基づいた治療を開始しており、今後スクリーニング検査を外来患者にも拡大する計画だとのことです。


この記事のタイトルとURLをコピーする

Source

タイトルとURLをコピーしました