乗り物を動かす推進機関には車輪やプロペラといった機構を用いるのが通常であり、船舶の場合はスクリュープロペラやジェット噴射構造を利用しています。ところが、アメリカの国防高等研究計画局(DARPA)は可動部品を使わずに磁石と電流で推進力を得る「Magnetohydrodynamic drive(磁気流体推進、電磁推進)」という方式の実用化に向け、42カ月の長期的なプログラムを発表しました。
Taking a New Look at Fundamental Tech for Quiet Undersea Propulsion
https://www.darpa.mil/news-events/-2023-05-18
DARPA’s silent MHD magnetic drives for replacing naval propellers
https://www.naval-technology.com/features/darpa-silent-mhd-magnetic-drives-for-replacing-naval-propellers/
電磁推進とは、物体が存在する流体中に電流と磁場によるローレンツ力を発生させ、その力で物体を推進させる方式のことです。船舶の場合、電磁石によって水中に上下方向の磁場を発生させ、船体に設けた電極で船体の左右方向に電流を流すことで推進力を得ることが可能だとのこと。
スクリュープロペラやジェット噴射などの代わりに電磁推進を採用することの利点としては、可動部品がないため騒音や振動が大幅に軽減できるという点が挙げられます。そのため、ソナーによって船舶の位置を検出することが困難になり、潜水艦や水中ドローンのステルス性能を向上させることが期待されています。なお、電磁推進は大規模な磁場を発生させる構造上、磁気異常を検出するシステムによって船舶の位置を知ることはできるそうです。
また、電磁推進は電流や磁場の方向によってあらゆる力に推進力を働かせることが可能なため、船舶の操縦性を向上させる可能性もあるとのこと。
1960年代にはプロペラやドライブシャフトに代わる技術として電磁推進が研究され始め、1992年には日本で製造された実験船「ヤマト1」が、世界初の超伝導を利用した電磁推進による有人自力航行に成功しました。ヤマト1は総トン数185トン、全長30m、幅10mに及ぶ大型の船であり、約30%の効率性を維持しながら時速6.6ノット(約12km)を記録しました。
これは電磁推進の歴史において印象的な事例ですが、ヤマト1は推進機構だけで30mある船体の多くを占めており、定員は乗員含めて10人と限られていたほか、起動するまでの予冷に10日以上かかるといった問題もありました。結局、ディーゼルエンジンとプロペラで推進した方が大幅に安価かつ効率的であり、その後も軍事目的を除いた実用的な開発計画はないとのこと。
by wikimedia commons
ところが近年では、高温超伝導を示す希土類バリウム銅酸化物(ReBCO)を使用した電磁石の開発において大きな進展があり、ヤマト1の航行中に使用された約4テスラの磁場を上回る、最大20テスラもの大規模な磁場を生成する能力が実証されています。この技術革新により、電磁推進において90%の効率性が実現できる可能性があるとのこと。
そこでDARPAは、軍用グレードの電磁推進を開発するため、42カ月間の長期プログラム「海底磁気流体ポンプ(PUMP)プログラム」を実施すると発表しました。DARPAのPUMPプログラムマネージャーであるスーザン・スワイゼンバンク氏は、「強磁場発生におけるガラスの天井が破られた今、PUMPは電極材料の課題を解決するためのブレイクスルーを目指しています」と述べています。
DARPAが取り上げている電極材料の課題とは、海水中の電磁推進システムの電極表面上に気泡が生成され、効率の低下や電極の劣化などが引き起こされてしまうという点です。PUMPプログラムでは加水分解と侵食の影響を軽減する方法を調査し、流体力学・電気化学・磁気を含む電磁推進システムをスケーリングするためのモデルやツールの開発を実施します。そして、有望な電極材料システムの開発やスケールアップ可能な電磁推進システムのプロトタイピングを行うとのことです。
DARPAは2023年5月下旬から6月上旬に、PUMPプログラムに関する詳細発表を行う予定としています。
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