ナイフ製造における当たり前を覆したナイフ界の革命児「MagnaCut」を冶金学者が作るまで

GIGAZINE
2022年01月09日 22時00分
メモ



ナイフにはステンレスやバナジウム、炭化クロムなどのさまざまな物質が使用されており、その含有量の違いにより耐久性が大きく変化します。物質の含有量やナイフの製法に関して研究を重ね、2021年に「MagnaCut」というナイフを発売したラリン・トーマス氏が、開発の歴史を語っています。

CPM MagnaCut – The Next Breakthrough in Knife Steel – Knife Steel Nerds
https://knifesteelnerds.com/2021/03/25/cpm-magnacut/

トーマス氏はコロラド鉱山大学で冶金(やきん)および材料工学の博士号を取得した冶金学者。普段は自動車産業向けの鋼の専門的な開発に取り組んでいますが、ナイフに使用されている鋼にも幼少期から個人的な興味を寄せてきたとのこと。

トーマス氏が新しいナイフの構想をスタートさせたのは2010年代のことでした。この頃はちょうどトーマス氏がさまざまな鋼の特性についての研究を開始し、鋼の歴史についてブログを書き始めたころ。鋼について解説するうちに実際に作ってみることにも興味を抱き始め、まだ見ぬナイフ組成について可能性を感じ始めたといいます。

ナイフに使用される合金の1種であるステンレス鋼は、当初耐食性のために高いクロム含有量(17~20%)が使用されていました。ただし、これらの鋼はクロムの割合が高いせいで生じる粗めの微細構造から、靭性(じんせい)が比較的低くなるという欠点があります。反対に、非ステンレス鋼はクロムの割合が低いため靱性に優れており、靭性と耐摩耗性に優れた炭化バナジウムもバランスよく配合されています。ステンレス鋼のクロムについては、後の技術向上により含有量を10.5%程度にまで減らすことが可能になっています。

トーマス氏がこだわったのはステンレス鋼。クロム含有量を減らすことでその特性が改善されたのであれば、さらに減らすことができなかったのはなぜかとトーマス氏は考えます。ステンレス鋼のクロム含有量を減らす場合、クロムが適切な温度で溶解するように炭素含有量も減らす必要がありますが、炭素含有量の低下は同時に硬度の低下にもつながります。そこで、トーマス氏はシミュレーションによる物質の適切な配分を模索。後に硬度や耐食性に優れ、かつクロムを完全に排除した組み合わせを発見します。

適切な配分を予測立てたはいいものの、実際に製造するにあたっては大きな壁が立ちはだかりました。通常、製鉄会社は内部の技術者が研究したアイデアを採用しており、外部の技術者のアイデアが採用されることはありません。それでも、トーマス氏は「ナイフでワクワクさせてくれた」という製鉄会社のCrucible Industriesに声をかけ、アイデアのプレゼンテーションを行いました。Crucible Industriesの主任冶金学者であったボブ・スキビツキー氏は、トーマス氏が知識を持った専門家なのか、単なるナイフオタクなのかを知るためにいくつかの質問を返したとのことですが、最終的に納得を得られ、アイデアの実現が確約されたとのこと。この1年半後、トーマス氏が考え出した鋼「MagnaCut」の製造が完了します。


トーマス氏が発見した組み合わせは、既存の鋼よりも優れた特性を持っていました。例えば炭化物のサイズについては、一般的なステンレス鋼や、炭化物のサイズが小さい非ステンレス鋼よりも微細になっているとのこと。このことは靱性が優れているということを意味します。また、耐食性につながるクロムの除去にも成功し、耐食性・靱性・硬度・研磨性に優れた鋼に仕上がっているとのこと。このほか製造における熱処理にも研究が重ねられ、より耐食性や高度に優れた処理温度および処理時間が導き出されています。

その切れ味についても十分であり、MagnaCutの試作品を使用した専門家が切れ味を試している様子は以下の動画で確認できます。


専門家やメーカーからもお墨付きを得られたMagnaCutは2021年に製品化に至り、4月1日から販売されました。トーマス氏は「MagnaCutは私の情熱の結晶です。以前のステンレス鋼よりも優れた特性の組み合わせが実現し、硬度と耐食性のバランスが非常に印象的です」と述べています。

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