盆栽や巨大トマトをうまく育てるうえで最も重要な要素のひとつは、刈り取りや剪定のタイミングを見極めることだ。トラクション(Traction)の創業者でCEOを務めるアダム・クラインバーグ氏は、盆栽と家庭菜園に熱中するなかで得たこの知識を、自身のエージェンシーにも適用した。
インターネットが広告の有力な選択肢になりつつあった1990年代後半にエージェンシー業を始めた同氏は、トラクションを 「マーケティングアクセラレーター」と自身がいう存在に変化させた。そのために、同社はフルタイムのスタッフを大幅に減らして、フリーランスを中心とした無駄のない経営体制に移行し、対象分野の専門家をその都度集めることで、クライアントのあらゆるニーズに対応している。しかも、手数料をかけることなくだ。
同社は、クラインバーグ氏がサンフランシスコのアパートの一室で2001年に立ち上げた会社で、独立系としては当時やや珍しい統合エージェンシーとしてスタートした(その頃のエージェンシーは、大半がクリエイティブ系かメディア系、あるいは新たに生まれたデジタル系だった)。
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順調に成長したが、クライアントのあいだでインハウス化の動きが見られ始めた2016年頃に転機が訪れる。クラインバーグ氏は当時、インハウス化をすぐに廃れる一時的な流行と予測したが自身が認めているように、この読みは誤りだった。
数年後には、トラクションが人員過剰であることが明らかとなる。80%という収益基準を下回るフルタイムのスタッフが増えていたからだ。そこで同社は、2018~2019年にかけて、コンサルティング重視のマーケティングアクセラレーターに変化するための取り組みに着手した。
フルタイムのスタッフは100人にまで削減され、250人のコンサルタントが同社を離れた。そのなかには、ユニリーバ(Unilever)の元幹部バブス・ランガイア氏、ルルレモン(Lululemon)の元マーケティング責任者ローレン・エヴァンス氏、ノードストローム(Nordstrom)の元マーケティング責任者ブライアン・ホビス氏のようなマーケターも含まれていた。
以下は、クラインバーグ氏へのインタビューをまとめたものだ。なお、スペースの都合と読みやすさを考慮して編集を加えている。
◆ ◆ ◆
――トラクションが変化する必要性に、いつどのように気づいたのだろうか?
きっかけは、一歩下がってクライアントのニーズを再検討し、クライアントの問題を解決する方法を見直したことにある。18年ほど関係が続いているクライアントがいたのだが、そのクライアントのインハウスチームとの連携は実にうまくいっていた。そこで、こうした取り組みをもっと進めるべきだと判断したのだ。そのために、我々はいくつかの厳しい決断を下し、素晴らしい人材の一部を手放すことを余儀なくされた。
我々がオフィスを引き払ったのは、パンデミック前の2019年のことだ。その後、自社の位置付けをインハウスチームのためのマーケティングアクセラレーターに変えることにした。そして、これを実現するために、リキッドワークフォース(流動的な労働力)と我々が呼ぶ雇用体系に大きく移行したのだ。
――具体的には?
我々のやり方は、クライアントのニーズに合わせて対象分野の有能な専門家を集め、タレント集団を結成するというものだ。そのため、戦略、運用コンサルティング、クリエイティブ、メディア、テクノロジー、制作など、幅広い分野に対応できる。
これが可能になったのは、エージェンシーモデルに存在する肥大化、非効率性、エゴといった要素をすべて取り除き、クライアントのビジネスに直接携わる有能な人材に再投資したからだ。我々は人材派遣会社ではなく、チームとして活動している。そして今では、よりコンサル的な立場でブランドと関わるようになった。それぞれのブランドに合わせた形で、ブランドと提携している。
外部のエージェンシーがあらゆる点で優れているわけではないのと同じように、インハウスエージェンシーにも得意なこととそうではないことがある。
――インハウスチームのための企業として活動するうえでの、チャンスや課題は?
中規模企業では、社内の中心的なチームがもっぱら制作に従事し、壮大なアイデアやブランド戦略を実現できる有能なクリエイティブ能力を持ち合わせていないことが多い。メディア側でも同じで、バイイングの点が弱点になっていることがある。その一方で、彼らはサイトの構築、マーケティングテクノロジーの導入、評価といったニーズに関心を持っている。そこで、我々がそのギャップを埋めているのだ。
最近獲得したあるクライアントは、大規模なインハウスチームを抱えている。だが彼らは、当社以外のブランドクリエイティブエージェンシーを迎え入れ、さらに我々とも提携している。デジタル戦略を完全に実行し、マーケティングテクノロジーを評価し、カスタマージャーニーを設計し、ペイドメディアからeメールやメッセージングまで、さまざまなチャネルにテクノロジーを導入するためだ。
このような取り組みで難しいのはオンボーディングの経験で、これが最大の課題といえる。自社のスタッフには、Googleドライブ(Google Drive)での整理の仕方や署名ファイルの使い方など、細かな点まで理解してもらわなければならない。また、文化やモデルに対する正しい理解も必要になる。
――報酬面の設定はどうか?
我々が行う仕事のほとんどは短期集中型だが、クライアントのニーズによっては、その期間が年単位になるケースもある。それでも、我々はリテーナー契約(固定報酬型の契約)を避けている。エージェンシーが抱える課題のひとつは、プランニングのために誰もがリテーナー契約を求めることだ。
だが、「その金で何をしたのか」と疑問を持たれることがある。たとえエージェンシーが何も悪いことをしておらず、クライアントが一緒に行動してくれなかったりフィードバックをくれなかったりしたことに原因があるとしてもだ。その一方で、リテーナー契約を結んだエージェンシーがリソースを3週間放置しているといったことも少なくない。
我々は業務の範囲を明確にしている。そして、自社のコンサルタントに適切な額の報酬を払いつつ、その金額がクライアントにとって法外な額にならないようにしている。なぜなら、手数料の多くはエージェンシーのモデルに原因があるからだ。一般的なエージェンシーの計算を見ると、彼らが気にかけているのは、ロードファクター、つまり給与にどれだけの手数料を上乗せして利益を出せるかということだ。このロードファクターは80~100%ほどになる。しかし、我々はこれを25%程度にまで減らした。
――このような変化がトラクションにもたらした成果は?
我々はリンクトイン・マーケティング・ソリューションズ(LinkedIn Marketing Solutions)との契約を獲得したほか、GEヘルスケア(GE HealthCare)やハローフレッシュ(HelloFresh)と仕事をしている。また、中規模企業との取引も多い。たとえば、動画コンテンツのセキュリティを手がけるベリマトリックス(Verimatrix)という会社は、我々と提携してブランディングキャンペーンとブランドポジショニングに取り組んだ。
その後、CMOが私のところに来て、「UIの設計はやっているだろうか。SaaS製品のリリースに向けて準備しているのだが、繁忙期に間に合いそうにない」と相談してきた。実は、我々はソフトウェアの設計も行っている。UXのためのアプリの設計は、中核事業のひとつと言えるものだ。そのため、我々は新しい専門家を加えてチームを強化し、プラットフォームの再設計を支援できた。
そして、2019~2022年の3年間で当社の売上は倍増した(ただし、クラインバーグ氏は実際の金額を明らかにしていない)。創業から何年も経っている企業にとって、これは簡単にできることではない。
――あなたが市場に持ち込んだこのやり方は、クライアントを獲得しやすくするのだろうか?
我々はエージェンシーではなく、インハウスチームのためのマーケティングアクセラレーターだが、そう話すときにちょっとした説明や啓蒙が必要になることは確かにある。だが、その後チームと会って考え方を知ったクライアントは、優れたコンサルティング能力をエージェンシーの価格設定なしに活用できるという事実を理解してくれる。
[原文:Media Buying Briefing: How Traction evolved into a marketing accelerator, and what that means]
Michael Bürgi(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:島田涼平)