ジャーナリスト 明林 更奈
風車が与える国防上の脅威
今日本では、全国各地で風力発電のための風車建設が増加している。しかしこれらが、日本の安全保障に影響を及ぼす懸念が浮上しており、防衛省がその対応に苦慮し始めているという。
防衛省によると、風車の羽根の部分が自衛隊のレーダーサイトから発せられる電波を乱反射させるため、有事の際に敵の航空機やミサイルの接近を探知しにくくなるとのことであり、風車の高さによっては100キロ先のレーダー探知能力に影響が出かねないことが明らかになっているという。
実はこの風力発電用風車のレーダー探知能力への悪影響については、これまでも日本国内のみならず、海外でも安全保障上の懸念の声が挙がっていたが、最近この問題についてイギリスで新たな動きがあった。政府主導で風車によるレーダー探知への悪影響を是正するための新技術を公募するというのだ。
以下、独立系報道機関「UK Column」の2023年2月6日の報道ならびにイギリス政府のウェブサイトに掲載された概要を紹介したい。
【イギリスの洋上風力発電のレーダー干渉対策】
2023年1月27日、イギリスの国防・安全保障アクセラレータ(The Defence and Security Accelerator;DASA)ならびにビジネス・エネルギー・産業戦略省(Department for Business, Energy and Industrial Strategy; BEIS)が共同でウェビナーを開催。以下、3点における技術的な開発について公募を行う予定を明らかにした。
①風車の影響を緩和することができるような代替レーダー
②風車のタービンから跳ね返るレーダーシグナルを削減するようなステルス素材
③上空を監視するための代替システム
イギリスはこれまで、2030年までの洋上風力の導入目標を段階的に引き上げてきた。2019年3月の洋上風力産業政策(Offshore Wind Sector Deal)では30GWの目標だったのが、2019年6月の2050年ネットゼロの法制化を経て、2020年11月の気候変動対策に係る新政策「The Ten Point Plan for a Green Industrial Revolution」では40GWの目標に上方修正された。
さらに2022年2月にウクライナ情勢勃発後、2022年4月のエネルギー安全保障戦略(British Energy Security Strategy)では50GWに目標が引き上げられている。
一方で、イギリス政府の試算によると、こうして2030年までの導入目標とした50GWのうち、約32GWを発電する風車において何らかのレーダー対策が必要となる見込みだという。
国防上の懸念に取り組むイギリス
2021年秋に公表されたレポート「防空と洋上風力」(Air Defence and Offshore Wind)では「洋上風力発電所の設置は、英国の防空探知能力の基幹である長距離一次監視レーダー(Precision Approach Radar ;PSR)から得られるデータの質に悪影響を与える可能性がある」と書かれているが、「悪影響を与える可能性がある」のではなく、既にかなりの悪影響が出ているためにこの段階でタスクフォースを立ち上げ、公募を行うとしたのであろう。
今回の公募は洋上風力対策として募集しているが、陸上風力の風車もレーダーに影響があることに変わりはない。そのため、技術展開がうまくいけば陸上風力にも適用することを視野に入れているようだ。
実は今回の新技術の公募は、イギリス政府が数年前に始動させた風車によるレーダー干渉を緩和するためのタスクフォースが定めたプログラムの一環である。
2020年10月~2021年3月にかけて、風車のレーダー不干渉対策に関する実現可能性の調査のための6つのプロジェクトが、まず「フェーズ1」として始動し、その後、2021年10月から2023年2月にかけて、今度はそのリスク削減に向けた7つのプロジェクトを「フェーズ2」として展開していた。今回開催されたウェビナーで明らかにされた計画は「フェーズ3」に該当するものだ。
ちなみにこのウェビナーでは、UK Columnのコラムニストからは、風力発電はイギリスの防空能力に対する悪影響があるのみならず、風力タービンの回転により鳥が多く殺傷されていることも忘れてはならないとのコメントもあった。
筆者はかねがね、一般的に動物愛護に熱心な印象がある欧州で、なぜこのことについて批判の声が少ないのかと疑問に思っていたが、川口マーン惠美氏の『SDGsの不都合な真実』の第2章「過激化する欧州『脱炭素』政策の真相 環境NGOとドイツ政府の‟親密な”関係」にその答えのヒントが記載されている。ここではその紹介は紙幅の関係で割愛するが、大変興味深いのでぜひおすすめしたい。
日本は大丈夫か
一方、日本政府は「2050年ネットゼロ目標」を掲げ、その下で2030年までに10GW、2040年までに30~45GWの洋上風力発電を導入することを目標に掲げている。洋上風力発電の導入を進めるということは当然ながら、これからも多くの風車を建設していく、ということである。
しかし、ウクライナ情勢以降、安全保障への危機感は高まるなか、このような風車のレーダー干渉の問題を放置し、技術的な手当を怠るのであれば、それはやがて日本の防空能力に大きな影響が出ることになるのは必至であり、日本政府としても早急にそれらの技術的な対処を考案すべきであろう。
2023年1月27日のウェビナーを聞く限り、イギリスとしては風車干渉の問題への技術的な対策が進めば、それを海外展開していくことも視野に入れているようであるが、日本が自前でレーダー干渉の技術的課題を克服しなければ、いずれ海外から輸入せざるを得なくなり、さらなる国富の流出に繋がってしまうことになるであろう。
このことは逆に言えば、日本が世界に先んじて先進的な新技術を開発すれば、それを逆に海外に販売することで経済成長につなげることも可能になることをも意味している。
また、仮にレーダー対策が電気料金に転嫁されることになれば、さらに消費者の負担は増大することになるが、日本が産学官の知恵を集結して新技術を開発し、それを海外に販売していけばその負担も和らぐことであろう。
このように、風力発電の展開には環境アセスメントや地元との関係構築といった事項のみならず、防衛力への悪影響の低減ならびにそのためのコストを全て勘案することが重要だ。
今回、風車のレーダー不干渉に関する新技術の公募を呼びかけたイギリスの「国防・安全保障アクセラレータ(DASA)」は、2016年に発足した国防において産学官間のイノベーションのネットワーク化を図るための組織であるが、ことさら軍事に関しては産学官の協力がなかなか進まない我が国にとっては一つの参考となるであろう。
とはいえ、そもそも論ではあるが、再生可能エネルギーの議論そのものについても冷静な見直しが必要であろう。ESGやサステナビリティは欧米からの発信が強いが、その欧米ではそれらに関する批判や懐疑論もまた多く出されている。しかし我が国では、それらはほとんど皆無だ。
海外発の威勢のよい掛け声に踊らされ、実は様々な問題を抱える風力発電やその他の再生エネルギーに関してなんの疑問も持たずにこのまま積極推進を行って良いものかどうか、一度立ち止まって再検討すべき時ではないだろうか。
編集部より:この記事は国際環境経済研究所 2023年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は国際環境経済研究所公式ページをご覧ください。